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緊急搬送された80代男性「腹減ってるんや、帰らせて」現役看護師が語る"わがままの正体”に「切実な思いがあった」

  • 2025.6.20
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出典:Photo AC ※画像はイメージです

皆さま、こんにちは。現役看護師ライターのこてゆきです。

病院で働いていると、私たち医療者は患者さんの思いがけない言動に戸惑い、どう対応すべきか悩むことがあります。たとえば、「なぜ大事な治療を拒むの?」「どうしてそんな行動を?」と、理解に苦しむ場面にであうことも少なくありません。

しかし、そんな困った行動には、私たち医療者が気づけていない「その人の背景」や「本人の切実な思い」が隠れていることが多いのです。

今回は、緊急搬送されてきた80代男性の叫び声が病棟に響いた夜の出来事を紹介します。

「困った患者」ではなく、「困っている患者」として、本人の思いをどう受け止めるべきか考えるきっかけになった、忘れられない一夜の出来事です。

救急外来にやってきた「元気な」80代男性

それは、私が病棟に勤務していたある夜、救急外来に80代男性が搬送されてきたときの出来事です。

意識も会話もしっかりしていて、「なにが悪いんや?わしは元気やぞ」と笑顔で話すその男性Aさんに、最初は特に緊張感を持っていませんでした。

しかし、血液検査の結果が出た瞬間、医師の表情が変わりました。

血糖値が…300を超えてる。これはパニック値だね

通常、空腹時血糖値は70から110mg/dl。300mg/dl超は意識障害や昏睡を引き起こす危険がある緊急状態です。

医師からは「持続インスリン点滴(血糖値を下げる薬を点滴で少しずつ体に入れていく治療)出すから、すぐに行って」と指示が出され、入院が決まりました。

なんで入院や!わしはなんともない!腹減ってるんや、帰らせてくれ!

Aさんは、ベッドの上で腕を組み看護師を睨んでいます。入院も点滴も全く納得していない様子でした。

「帰るんやあああ!」廊下で点滴を引きちぎって…

その数時間後、消灯して静まり始めた病棟に突然怒鳴り声が響き渡りました。

わしは帰るんやあああ!腹が減ったんじゃあああ!

慌てて廊下に出ると、Aさんが点滴ラインを自分で引きちぎり、ふらつきながら廊下に寝ころんでいたのです。看護師が駆け寄り、「Aさん、今ご飯を食べると危ないんです。血糖がまだ…」と声をかけたのですが、

知らん!殺されるわ、こんな病院におったら!

そう叫びながら、Aさんは手足をバタつかせていました。

本来ならば、インスリンで血糖値を安定させてからでないと食事は禁止。ですが、Aさんはその理由が理解できる状態ではありませんでした。

なんで食べさせてくれへんのや…もうやめてくれや」その目には、怒りの中に悲しさがにじんでいました。

その日は夜だったこともあり、一旦ベッドへ戻ることに。「明日になったら帰るからな。点滴なんかいらんわ!」と強い口調で言い放ったあと入眠されました。

翌朝、主治医とも話し合いが行われましたが「知らん!わしは何も悪うない!」の一点張り。

治療にも同意が得られず、状況を総合的に判断した結果、退院していただくことになりました。

わがままの正体は、「切実な思い」だった

実はAさん、過去に糖尿病の診断を受けていながら、薬の服用も自己判断で中止。

定期受診もしておらず、「症状も出てないし、元気だから」という理由で、日常生活を続けていたそうです。血糖が高い状態が続くと、体は栄養をうまく取り込めず、異常な空腹感が強く出ることがあります。

つまり「何も食べてない」「ずっとお腹がすいている」という訴えは、実際に本人が感じていたつらさだったのです。

そして、なにより「帰りたい」という言葉の裏には、病院という他人のペースに縛られることへの強い抵抗と、「自分の生活や自由」を取り戻したいという切実な思いがあるのだと感じました。

この日、私は「治療を拒否している人」ではなく、「治療より大事な何かを守ろうとしている人」として患者さんを見つめ直すことができました。

医療者の「寄り添う」姿勢の重要性

患者さんの中には、「治ること」よりも「自分らしく生きること」を選びたい人がいます。特に、高齢な方ほどその思いは強いものです。

「好きなものを食べられないなら、生きている意味がない」「点滴や薬に縛られるくらいなら、家で自由に過ごしたい」そう感じている方も少なくありません。

だからこそ、医療者として問われるのは「正しい治療を提供する」だけではなく、その人が「どう生きたいのか」を理解し、寄り添う姿勢だと考えさせられました。

患者さんの叫び声を、「困った患者」としてみるのではなく、「困っている患者」として立ち止まることの重要性を、あらためて私たちに教えてくれました。



ライター:こてゆき
精神科病院で6年勤務。現在は訪問看護師として高齢者の方から小児の医療に従事。精神科で身につけたコミュニケーション力で、患者さんとその家族への説明や指導が得意。看護師としてのモットーは「その人に寄り添ったケアを」。