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【ネタバレ】映画『サブスタンス』ボディ・ホラーである理由は?スー、エリザベスの名前の意味は?徹底考察

  • 2025.5.18

若さと美に執着する、元トップ女優の狂気。アカデミー賞で作品賞ほか計5部門にノミネートされ、カンヌ映画祭では脚本賞を受賞した異色のホラー映画『サブスタンス』(2024年)が、全国の劇場で公開中だ。

監督を務めるのは、アクション映画『REVENGE リベンジ』(2017年)で長編デビューを飾り、本作が2作目となるコラリー・ファルジャ。主役のエリザベスをデミ・ムーアが演じるほか、『哀れなるものたち』(2023年)のマーガレット・クアリー、『ライトスタッフ』(1983年)のデニス・クエイドが共演。R15+指定の容赦のないゴア描写が、観客を恐怖のどん底に叩き落とす。

という訳で今回は、阿鼻叫喚の話題作『サブスタンス』についてネタバレ解説していきましょう。

映画『サブスタンス』(2024)あらすじ

元トップ人気女優エリザベスは、50歳を超え、容姿の衰えと、それによる仕事の減少から、ある新しい再生医療「サブスタンス」に手を出した。接種するや、エリザベスの背を破り脱皮するかの如く現れたのは若く美しい、“エリザベス”の上位互換“スー”。抜群のルックスと、エリザベスの経験を持つ新たなスターの登場に色めき立つテレビ業界。スーは一足飛びに、スターダムへと駆け上がる。
一つの精神をシェアする存在であるエリザベスとスーは、それぞれの生命とコンディションを維持するために、一週毎に入れ替わらなければならないのだが、スーがタイムシェアリングのルールを破りはじめ……。(公式サイトより抜粋)

※以下、映画『サブスタンス』のネタバレを含みます。

社会的テーマとホラーを融合させる試み

『サブスタンス』の監督・脚本・製作を務めたのは、コラリー・ファルジャ。彼女は2014年に、『Reality+』という短編映画を発表している。首にチップを埋め込むと理想の容姿を手に入れることができるが、その効果は12時間しか持続しないという、近未来を舞台にしたSF映画。①エリザベスを母体として、若く美しいスーが誕生する。②エリザベスとスーは、1週間ごとに入れ替わらなければならない。……という『サブスタンス』の風変わりな設定は、おそらく『Reality+』が下敷きになっている。

コラリー・ファルジャは、映画の構想から公開までおよそ5年を費やした。そのあいだに『ブラック・ウィドウ』(2021年)の監督を打診されたこともあったが、興味すら示さなかったという。女性の外見に対する社会的圧力、若さへの執着というフェミニズム的なテーマを、彼女はなんとしても自らの手で作り上げたかったのだ。ボディ・ホラー(身体の変容を描く恐怖映画)という形式を用いて。彼女は、インタビューでこう語っている。

「ボディ・ホラーは、女性監督にとって実に強力な表現の武器になります。(中略)人形遊びや料理をするよりも、男の子のおもちゃで遊んだり、男の子の映画を見たりするのが好きでした。このことは、私がどのように公共の場を占拠し、自分自身を表現することができるかを理解する上で、とても重要なことだったのです」
(出典:vogue.com)

社会的テーマとホラーを融合させる試みは、近年数多く実践されている。画鋲や電池などの異物を飲み込んでしまう新婚女性の心理を描いた『Swallow/スワロウ』(2020年)。奇妙な卵の孵化をきっかけに、ある家族の隠された一面が露わになっていく『ハッチング―孵化―』(2022年)。強烈な承認欲求に取り憑かれた女性が、周囲からの注目を集めるために違法薬物に手を出してしまう『シック・オブ・マイセルフ』(2022年)。そして、交通事故で頭蓋骨にチタンプレートが埋め込まれた主人公が、自動車と一体化しようとする『TITANE/チタン』(2021年)。

特に『TITANE/チタン』と『サブスタンス』は、ボディ・ホラーという手法、妊娠と出産というモチーフ、女性監督作品という意味で、緩やかな相似系を成している。『TITANE/チタン』が第74回カンヌ国際映画祭でパルム・ドールを受賞した際に、監督のジュリア・デュクルノーは「審査員の皆様に感謝します。モンスターを解放してくださり、ありがとうございます」という謝辞を述べていた。ここで言う「モンスターの解放」とは、おそらく「ステレオタイプな“女性らしさ”からの解放」という意味だろう。それは、まさしく『サブスタンス』のテーマと合致する。

インタビュアー:「若さへの執着、男性の視線の有毒性……この映画は最終的に、女性の自己嫌悪というテーマを扱っていますね」

スタジオに設置されたカメラは、女性たちの身体を観察する“男性的な眼差し”として機能している。我々は映画を通して、若く美しいスーを商品化させ、性的客体化させてしまっている。最後に登場する変異体“モンストロ・エリザスー”は、そんな男性の視線を回避する存在だ。文字通り「モンスターの解放」。クライマックスがグロテスクの極みのような鮮血オンパレードであるにも関わらず、どこか清々しさが感じられるのは、そんなところに起因しているのかもしれない。もうひとつコラリー・ファルジャのコメントを引用しよう。

「女性である以上、身体は公共の場において中立的なものではありません。常に精査され、判断され、分析され、空想され、性的に扱われる。それを無視することはできないのです」
(出典:elle.com)

エリザベスという名前、デミ・ムーア起用の意味とは

この映画は、極端にセリフが少ない。スーもほとんど言葉を発することがない。それでも周りの男性たち…TVプロデューサーのハーヴェイやマンションの隣人は、その容姿に激しく惹かれ、性的な眼差しを浴びせる。彼女は、マリリン・モンローやブリジット・バルドーのようなセックス・シンボルなのだ。

おそらく“スー”という名前にも、コラリー・ファルジャの想いが込められている。スタンリー・キューブリック監督の『ロリータ』(1962年)で、中年男性が虜になってしまうティーンエイジャーの少女を演じたのは、スー・リオン。かつて銀幕を彩った女優のスーザン・ヘイワード(スーザンは略称でスーを呼ばれる)は、初期キャリアは男性スターの添え物という扱いだった。スーとは、性的客体化の象徴なのである。

一方のエリザベスは、オーストリア皇帝フランツ・ヨーゼフ1世の妃で、絶世の美女と呼ばれたエリザベート皇后にインスパイアされているのではないだろうか。彼女は美しさを保つために過酷なダイエットを続け、加齢と共に自分の顔を黒のベールで覆い隠すようになり、晩年は写真を撮ることも肖像画を描かせることも許さなかったという。若さと美しさに執着し続けた彼女の人生は、完全にエリザベスと付合する。

しかもエリザベスを演じるのは、デミ・ムーア。90年代は『ゴースト/ニューヨークの幻』(1990年)や『ア・フュー・グッドメン』(1992年)などのヒット作に次々出演し、最も高給なハリウッド女優となった。だが彼女は若い頃から薬物とアルコールの依存症に苦しみ、ゼロ年代に入ると順風満帆だったキャリアも下降線をたどりはじめる。3度の離婚を繰り返し、タブロイド紙からは全身整形疑惑を書き立てられた。『チャーリーズ・エンジェル フルスロットル』(2003年)など単発的に話題になることはあったものの、彼女はすっかり過去の人になってしまったのである。

再びスポットライトを浴びる契機となったのが、2019年に発表した回顧録『Inside Out』。波瀾万丈な人生を赤裸々に綴った自伝がベストセラーとなり、その後はAmazon制作の『Dirty Diana』や、エミー賞で10部門にノミネートされた『フュード/確執 カポーティ vs スワンたち』といったドラマに出演。そして『サブスタンス』では、若さと美に執着する女優を怪演し、みごとゴールデングローブ賞の主演女優賞に輝いた。

演じる俳優と役柄が、まるで地続きになっているような感覚。思えば、2008年に公開された映画『レスラー』もそのような作品だった。かつては人気レスラーだったものの、今ではすっかり落ちぶれてしまった主人公ランディが、再起をかけてリングにのぼるヒューマン・ドラマ。主演を務めたのは、80年代は人気スターとして鳴らしたものの、90年代に入ってから凋落の一途を辿ってしまったミッキー・ロークだった。デミ・ムーアの起用は、『レスラー』と同趣のキャスティングといえる。

溢れ出る80年代的テイスト

コラリー・ファルジャは、若い頃に出会ったホラー映画が『サブスタンス』に直接的な影響を及ぼしていることを明言している。

「これまで観てきた映画や好きな映画はすべて、私のキャリアを通して影響を与えてきたと言えるでしょう。同じテーマを扱った映画や、映像的によく似たシーンがあったりするので。強いて挙げるなら、デヴィッド・クローネンバーグ監督の『ザ・フライ』でしょうか。SF映画やボディ・ホラーは常に、人間の姿から逃れたい、変身したい、身体が受け付けないことをしたいという願望を扱っています。ジョン・カーペンターの映画も、テーマ的に『ザ・フライ』や肉体改造のテーマと関連しています。『レクイエム・フォー・ドリーム』もまた、強迫観念…つまり愛されたい、注目されたいという願望を扱った映画ですし、その強迫観念が、食事をとらなかったり、外見を変えたりする非常識な行動に導きます。(中略)私が愛したすべての映画が、私の映画を形成し、創造性を掻き立てるのに役立っています」
(出典:inreviewonline.com)

もちろん、この映画にインスパイアを与えているのは、デヴィッド・クローネンバーグやジョン・カーペンターだけではない。赤と白で統一されたテレビスタジオのトイレは、まんまスタンリー・キューブリックの『シャイニング』(80)だし(極端なワイドショットやクローズアップもキューブリックっぽい)、最後に登場する変異体“モンストロ・エリザスー”はデヴィッド・リンチの『エレファント・マン』(80)のようだし、大晦日の特番放送で、スタジオを血まみれにしてしまうクライマックスの展開は、ブライアン・デ・パルマの『キャリー』(76)にも酷似している。

時代設定は現代のはずなのに、エリザベスが出演するエクササイズ番組(まるで、かつてジェーン・フォンダが出演していた『若返りエクササイズ』のようだ)や、大晦日の特番が妙に80年代っぽい感触なのは、参照元がまさにその時代だったからだろう。ちなみに6月6日からは、『X エックス』(2022年)、『Pearl パール』(2022年)に次ぐ3部作の完結編『MaXXXine マキシーン』(2024年)が公開される。こちらも、ブライアン・デ・パルマの『殺しのドレス』(1980年)や『ボディ・ダブル』 (1984年)を思い起こさせる、80年代を舞台にしたホラー映画。いま映画界で一番アツいのは、80’sテイストなのかもしれない。

クローネンバーグやジョン・カーペンターやキューブリックやリンチといった神々を召喚し、ステレオタイプな“女性らしさ”からの解放というテーマを、80年代的ボディ・ホラーとして昇華してみせた『サブスタンス』。『ANORA アノーラ』や『名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN』や『教皇選挙』など、第97回アカデミー賞の作品賞にノミネートされた作品のなかで、ズバ抜けて特異な位置を占めている映画が、この作品であることは間違いない。

※2025年5月16日時点の情報です。

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