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「バツイチ」という肩書は、意外と武器になる!?離婚して10年、45歳広告代理店男の恋愛事情とは

  • 2025.4.28

男という生き物は、一体いつから大人になるのだろうか?

32歳、45歳、52歳──。

いくつになっても少年のように人生を楽しみ尽くせるようになったときこそ、男は本当の意味で“大人”になるのかもしれない。

これは、人生の悲しみや喜び、様々な気づきを得るターニングポイントになる年齢…

32歳、45歳、52歳の男たちを主人公にした、人生を味わうための物語。

▶前回:アプリで出会った女性と2回目のデート。32歳男が帰りに女を家に誘ったら…

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Vol.2 馴染みの店にひとりで行くと落ち着くけど… 広告代理店勤務の45歳、大野木志郎の場合


「シローさん、やばいですよ。それ完全にパワハラですからね…」

部下からのつれない返事を思い出して、俺は1人ため息をついた。

「なんだかなぁ。俺があいつの年齢の頃は、上司にはこっちから飲みに連れてってくださいって頼み込んだもんだけどなぁ」

電子タバコの妙に軽い煙と共に、ボヤキを吐き出す。

この10年ですっかり人口密度が低くなってしまった喫煙所には、俺の他には誰もいない。45歳のオッサンの独り言も、言い放題というわけだ。

「10年も経てば、常識も変わるってもんか…」

45歳。

時代の最先端を走っていたつもりだったのに、いつのまにか時代に追い抜かれていたような気分だ。

いくらボタンを押しても点滅しなくなった電子タバコを胸ポケットに入れると、俺は社を出てタクシーに乗り込む。

「銀座まで」

後部座席にもたれながら考える。別に、ウサギとカメのウサギみたいにのんきに昼寝をしていた覚えはない。

新卒で大手広告代理店に入社して23年。その間ずっと、仕事に、飲みに、趣味に、遊びに、全身全霊で挑んでいた。そういう時代だったから。

その結果、誰よりも早く管理職に就くことになったし、仕事にはそれなりのやりがいを感じている。

だけどこうして、ちょっとしたズレを突きつけられる度に感じるのだ。

45歳になった俺は、今でもまだ“現役”でいられているのだろうか───と。

“現役”とは、別に仕事においての意味だけではない。

公私において、カッコよく人生の主役を張れているかどうか…みたいな感覚のことだ。

正直に言って、45歳にしては俺は、かなり頑張れているほうだと思う。

週3のジム通いで、テニス部だった大学生の頃から体形はほとんど変わっていない。身長はもともと高いし、髪も多い。

仕事柄、世の中の流行にも詳しいし、ファッションだって、ブルネロクチネリやロロ・ピアーナをうまく着こなせている自信がある。

周囲からは「玉木宏に似てる」と言われることが多いから、自分で言うのもなんだけれど、世間的には“イケオジ”というやつに分類されるはずだ。

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だけど…ここのところ、どうにもこうにも、ある種の感覚に欠けるのだ。

何かに燃えるような、熱い、情熱みたいな気持ち…。

仕事はすっかりプレイヤーの域を超えてしまった。部下の評価や育成もやりがいはあるけれど、さっきの加川との会話のようになる時には、言いようのない虚しさに襲われてしまう。

恋愛の面でも、定期的にデートする機会は、ある。

「バツイチ」であることは、マイナスになるどころか武器になるというのは、きっと45歳ならではの現象だろう。

一度は結婚していた、という過去は意外にも、女性に安心感を与えるらしい。デートの相手は同年代なこともあれば、若い女性の場合も少なくない。

それなのに。

「はい、お客さんつきましたよ」

タクシーが到着した先は、フレンチビストロの名店『マルディグラ』。

肉が美味いことで知られているこの店だが、俺にとっては20年近く通っている馴染みの店だ。若い頃に上司に連れられてきて、あまりに美味い肉料理に感動し、以来行きつけになった。

今日は、最近仕事面で少し焦りが見える様子の加川と、たまには腰を据えてメシでも食うかと密かに予約していたのだが…結局は1人で訪れることにした。

「いい店の予約、空きが出ちゃって」と声を掛ければ、ついてきてくれる女性のひとりやふたり、心当たりがないわけではない。

それなのに1人で来ることを最終的に選択したのは、ちょっといいレストランにひとりで入店するのが落ち着かないような歳でもないから。

それに何より、女性を誘うことを少し面倒に感じているせいだ。

― なんていうか、いまさら自分のペースを誰かに乱されたくないのかもしれないな。この歳になると。

そんなことを考えながら、しっくりと体に馴染むカウンター席に腰をおろす。

基本的に外食が多い生活を送っているが、最近はこの店みたいに、若い頃夢中になった店に原点回帰しがちになっている。

無意識のうちに、ズレを感じることのない安全地帯で過ごすことを求めているのかもしれない。

いや。反対に、まがうことなき“現役”でいた過去の栄光に縋っているのだろうか?

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1人が気楽だ。

そう自分で決めたはずなのに、いざ1人でビールを飲んでいると、どうにも勝手にいろいろなことが思い出されてしまうことが煩わしかった。

― あーあ、加川のやつ。せっかく美味い肉食わせてやろうと思ったのに。

そんなことを思いながら、俺は自然と加川と昔の俺を重ね合わせる。

― 上司の誘いよりもデートか。まあ、よく考えればそりゃそうだよな。俺だって似たようなものだったか。

落ち着いてみれば、仕事よりもデートを優先することは俺にもある。特に20~30代の頃は、かなり激しく色んな女の子たちと遊んだものだ。加川の今回の選択だって、特段嘆くようなことじゃない。

さらに言えば、俺が32歳のころには既婚者だったのだから、加川よりもタチが悪い。

― そういえば、この店は美玖子ともよく通ったよな。

美玖子というのは、元妻の名前だ。

結婚記念日を覚えていないことで美玖子には何度も責められたものだけれど、結婚した年だけは妙に覚えている。2008年、俺が28歳の時。

青春時代に擦り切れるほど聞いていたDragon Ashの降谷建志と同じ年の結婚だったから、妙に頭に残っているのだ。

そして離婚したのは…たしか10年前。

ここでもやはり10年でガラリと状況が変わっているという事実に、俺は思わず苦笑いをこぼした。

「は〜、なんかつまんねぇな」

パラパラとメニューに目を落としていると、どの看板メニューにも美玖子との思い出が結び付いていることに、俺はまたしてもあの虚しさを感じる。

― いや、俺だってまだまだ現役だぞ…!

ふと年齢に抗いたいような気持ちになった俺は、せめてもの抵抗のような、挑戦のような気持ちで、店員を呼んだ。

「すいません、注文お願いします…」


注文を済ませて料理を待つ間、俺は久しぶりに美玖子とのことに想いを巡らせた。

― 元気にしてるかなぁ、あいつ。

離婚の理由は、これといって無い。

…というのは、きっと俺だけの側の見解なのだろう。「これといって無い」ということは、「ほとんどが理由だった」とも言い換えられるはずだから。

あの頃──平成の頃は当然だったように思うけれど、美玖子からしてみれば、俺はあまりにも自分勝手な男だったらしい。

仕事に、飲みに、趣味に、遊びにがむしゃらに全力投球していたら、いつのまにか美玖子は俺の元を去っていた。

子どももいない、夫は帰ってこないでは、結婚生活も続ける甲斐もなかったということなんだろう。

でも──これが男のサガというものなのだろうか?

ひどい別れ方をしたのに、俺の方はといえば不思議と、美玖子とのいい思い出しかしか思い出せないのだ。

一緒に過ごした時間は楽しかった。俺の周りにいた女性の中では珍しく、よく食べてよく飲む女だった。それもあって、この店にか細いだけの美女を誘う気持ちになれなかったのかもしれない。

― あいつの美味そうに食べる顔を見て、結婚しようって思ったんだっけな。

しみじみとそんなふうに考えていたその時。ついに料理が運ばれてきた。

けれど、肉汁の滴る極上の料理を前にして、俺はつい声に出してしまったのだ。

「うぉ…」という、情けない声を。

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目の前に並んだのは、どでかいステーキ。さらにはナポリタンが乗ったハンバーグに、ザクっとジューシーそうなカツレツだ。

どれも、美玖子とよく食べたメニュー。

“現役”に戻ってやろうと意気込んで注文したものの、こうして1人のカウンター席に並べてみると、溢れんばかりの肉汁を認めた肉料理はとてつもないオーラを放っていた。

「…よし」

気圧されてたまるか、と、俺は料理に手をつけ始める。とてつもなく美味い。

美味い、けれども、現実は容赦なく俺に詰め寄りはじめる。

変わらない体形も、磨かれたセンスも、セクシーなバツイチの経歴も関係ない。

― 美味いけど、美味いけど…これは───。

食べきれない。

「負けをみとめろよ」と、胃袋が語りかけていた。

胃袋だって、45歳。素直に負けを認められる分、どうやら俺よりも大人みたいだ。



20分後。俺の隣に座っているのは、学生時代からの腐れ縁・洞沢だった。

「…もしもし。俺だけど…今ちょっと出てこられないか?うまいメシおごるから」

大量の肉の前についに沈黙するしかなくなった俺は、ポケットからスマホを取り出して、そう電話をかけたのだ。銀座で働いているこいつを呼び出すために。

「うまいな〜!子どもが小さいとなかなか外食もしづらいから嬉しいよ。呼んでくれてありがとな」

そう言いながら頼もしく料理を平らげていく洞沢は、お世辞にも“現役”とは言い難いように見える。

体は学生時代より一回りは大きくなっているし、たしか、子どもは小学生といっただろうか?家庭がある男特有の安定感があって、熱いものを内に秘めている様子は一切見えなかった。

だけど俺は、そんな洞沢を前にして密かに思う。

― こいつ、かっこいいな…。

家庭を持つということは、自分よりも大切な誰かを守っているということだ。

きっと洞沢は仕事はともかく、飲みに、趣味に、遊びにがむしゃらに全力投球なんてことは、とっくに卒業したのだろう。

バツイチにもならず、1人の女性と家庭に向き合っているのだ。

俺が、美玖子にはしてあげられなかったこと。そういう意味では、腹についた多少の肉こそ、45歳の男の勲章だ。

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なんだか急に、“現役”かどうかなんて考えている自分自身がとてつもなくダサく思えてきて、俺はおもむろに洞沢に声をかける。

「おい洞沢、乾杯しようぜ」

「え?また?」

「いいから、ホラ」

グラスが合わさる音を聞きながら俺は、またしても密かに考えた。

― 自分のペースを誰かに乱されたくない…なんて、言い訳してたな。45歳のいい大人なんだから、現役に戻るんじゃなくて、アップデートしなきゃだよな。

もたれた胃袋と、かっこいい洞沢に何かを教えられたような気がした俺は、45歳の大人の男として、改めて時代に追いついてみたいと素直に感じた。

愚痴を吐くのはもうやめだ。

でも、乾杯の時に小さな声で美玖子に「ごめん」と謝ったのは──恥ずかしいから忘れようと思う。


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