色眼鏡で見られること。それが怖いからこそ、他人の色眼鏡を壊したいと思った。
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はじめて本気で人を好きになったのは高校生のときで、彼女とは部活動で知り合った。私にとってその「好き」という感情はあまりにも大きくて、周りにどう思われるかなんて全く気にしていなかった。
実際、私が女性と付き合っていることを誰もからかったりしなかったし、私もおかしいとは思っていなかった。
でも、どこから話が広まったのか、科学の授業中に先生がみんなの前で言った。
「お前、女と付き合ってるらしいな。変態やないか!」
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私は混乱して、無理して笑って見せた。そうしたら、周りの生徒たちも一緒になって笑った。私は変な汗をかきながら、何も感じていないふりをした。
別に気にしていなかった。そのつもりだったのに、家に帰って、お風呂に入っているとき、急に怒りと恥ずかしさが湧き上がってきた。みんな、理解してくれていると思っていた。でもそれは思い上がり。
私は女性を好きになることがおかしいとはどうしても思えない。そして、好きになったから付き合うことは普通だと思った。だけれども、周りは私のことを「女なのに女を好きになる変わったやつ」という、色眼鏡で見ていた。
先生に酷いことを言われたのに、咄嗟に笑ってしまった自分をつい責めそうになる。けど、今考えてもあれは仕方のないことだった。あのときの笑えという同調圧力はとても強く私を締め付け、従わないと潰されそうだったから。
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それから私は女性を好きになることを隠すようになったかというと、むしろその逆で、隠さなくなった。恥ずかしいことではないという強い意志があったとか、そういうかっこいい理由ではない。
ただ、笑われたとしても、そういう自分がいるということを知ってほしかった。全員に理解してもらえなくてもいいから。こんな私が確かにいる、そのことがいつしか当たり前だと思ってもらいたかった。そうしなければ、何も変わらないと思ったから。
彼女のためとかセクシャルマイノリティ全体のためとか、そういうのはまったくなく、100%自分のために、理解してほしかった。
だから私は、大切な友達に限っては自分の恋愛について話した。そんなに大っぴらに話すわけではなくて、ただみんなが彼氏の話をするように、「普通に」彼女の話をした。
そうすることで、みんなの中にあるいろいろな色眼鏡を少しずつ壊したかった。
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「女も男も好きになるってことは、男女両方の気持ちがわかるんでしょ?」
いやいや、女として女を好きなだけだから女の気持ちしかわからないよ。
「女友達も性的な目で見たりするの?」
女全員を性的な目で見るわけではないし、友達としてスタートしてる関係では性的には見ないかな。
「女同士の夜の生活って?」
そういうこと聞くなら君の夜の生活についてもよくよく聞かせてほしい。
決してムキにならずに、普通のトーンでそういう質問にもどんどん答えた。大体の人が、「そういう人には初めて出会った」と言った。でもわかる。ぜったい初めてじゃない。あなたに言ってないだけだ。
私は自分がオープンにすることで、みんなの「そういう人1人目」になりたいと思った。他の誰かがそれを明かしたときに、そういえばあの人もそうだった、と思ってもらいたいから。
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それを何年も続けて、時が経って、いま、だいたいの人が「そういえば他にも知り合いにいる」と言う段階まできた。
やっとだ。色眼鏡を壊そうとする人たちが、つながってきた。
これからも色々な人の色眼鏡を壊していきたいし、私の中にある色眼鏡も壊したい。
■貴田明日香のプロフィール
1994生まれの映画監督。文章を描くのが好き。趣味は編み物です。