多数決で勝ち負けが決まるのか……。せめて点数だけでもつけてくれないと何かスッキリしない。
テレビでブレイキンの試合を初めて見たとき、そう思った。パリ五輪のときだ。その判定の仕方が気に入らなかったのか、私はブレイキンに「多数決で勝敗が決まる不可解なスポーツ」とケチを付けた。そしてそれ以来、一度も見ていなかった。
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ついこの間のことだ。家に帰ると、母が立ったままテレビを見ていた。テレビにはダンスの試合が映っていた。ブレイキンだ。母がブレイキンを?と不思議に思いつつ視線を移すと、母がテレビのリモコンに手を置いてるように見えた。ああ、チャンネルを変えていたらたまたまこれが映ったか何かだろう。そう自分を納得させてから、お茶で一服した。
ソファに体を横たえ、テレビに目をやった。画面の右上隅にNHKのロゴが載っていた。しばらくすると「全日本ブレイキン選手権」のテロップも出てきた。へええ、ブレイキンの大会がNHKで放送されるようになったんだ。そんな考えだけが浮かんでは消えた。
母は一向にチャンネルを変えない。私はスマホをいじったり、ぼーっとテレビを眺めたりするのをしばらく繰り返していた。すると、女子の3位決定戦を見終えた母が、「面白い!これ好きやわあ」と嬉しそうに言った。
予想外の反応にハッとした。母は以前、ニュース映像に映ったカーリングを見て、これのどこがスポーツなのかと不満を漏らしていた。スケートボードが取り上げられていたときも同じ反応だった。それでなんとなく母ならブレイキンも軽く一蹴するだろうと思っていたのだ。
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母が食いついた理由が気になったのか、自分もいつの間にかダンスをじっと見ていた。が、やはりよくわからなかった。体を逆さにして地面につけた頭を軸にくるくるっと回っていたかと思うとピタッと動きを止める。仲良く交互に踊りを披露していたかと思えば相手を挑発するようなジェスチャーをする。おお、演技がバシッと決まった、と思っていたら試合の解説者が、「最後のところ、少しミスってましたね」と言う……。
決勝戦まで見終わった後、ブレイキンがなぜオリンピック種目に選ばれたのか、ふと気になった。それでスマホで調べていると、ブレイキンの起源について書かれた文章が目に留まった。発祥は1970年代のアメリカ。治安が悪く貧困街であったサウスブロンクスで、抗争を繰り広げるギャングたちが暴力ではなく、ダンスで競い合うようになったのが始まり――とあった。
読んで思わずうなった。ブレイキンは、ダンスである前に本物のガチンコ勝負だったんだ。ブレイキン誕生の背景には自分が思ってもみなかった事情があった。そのことに気づいた瞬間、パッと視界が開けたような感じがした。
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その日の夜、寝床に入ってからブレイキンが生まれた時代に思いを馳せていると、あるシーンを思い出した。
辺りがすっかり暗くなった頃、倉庫の中かどこかで2つのギャンググループが今にも火花を散らそうとしている。そこへ赤い革ジャンを着た1人の黒人青年がやってきて、間に入ってとりなしたかと思うといきなり踊り出す。そのダンスにつられるようにギャングたちが1人、2人、しまいにはみんな踊り出す。
この1人の青年というのは、あのマイケル・ジャクソン。これは彼のヒット曲『Beat It』のミュージックビデオに出てくる場面だ。これまで、突然踊り出すこの一コマは何かのジョークかと思っていた。でもブレイキンのルーツを知ったいま改めて考えてみると、何ら不思議はない。あれは、居ても立っても居られない気持ちをダンスに昇華しようとする青年たちの姿だったんじゃないだろうか。
気づけば、夕方にテレビで見た若いダンサーたちのことを考えていた。彼らはどんな感情を踊りにぶつけていたんだろうか。やり場のない憤りだろうか、燃え上がる闘志か。それとも、ひたむきな情熱だろうか……。
■きょうむら はなれのプロフィール
音楽と語学を愛する大阪人。