韓国映画界きってのアクション娯楽派として第一線を走り続けるヒットメイカー、リュ・スンワン。彼が武術監督チョン・ドゥホンと組んで作り上げた『ベテラン』(15)のアクションは、シチュエーションや小道具を活かしたジャッキー・チェン作品を彷彿とさせ、かつリアルな“痛み”を感じさせる肉弾戦の迫力に多くの観客が息を呑んだ。物語自体が「庶民の痛みを知らない富裕層」との戦いを描くからでもあるだろう。主人公の庶民派刑事ソ・ドチョル(ファン・ジョンミン)は、常人よりも体は丈夫そうだが、あくまで生身の人間であり、打撃を受ければ痛みに悶える。しかも、敵となる大企業の御曹司、チョ・テオ(ユ・アイン)は趣味としてMMA=総合格闘技を習得しており、ドチョルは一対一の格闘戦で徹底的に痛めつけられる。物語自体が「庶民の痛みを知らない富裕層」との戦いを描くからでもあるだろう。だが、ドチョルは我慢強さと執念深さ、そしてベテラン刑事ならではの機転で応戦する。
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大ヒットを叩き出した『ベテラン』を機に、長年のコンビだったリュ・スンワンとチョン・ドゥホンはそれぞれの道へ。そして、9年ぶりの続編『ベテラン 凶悪犯罪捜査班』(公開中)では武術監督に『密輸 1970』(23)でもリュ監督と組んだユ・サンソプ&チャン・ハンスンを招聘している。ユ・サンソプは武術監督として20年以上のキャリアを誇るベテランで、『哀しき獣』(10)、「10人の泥棒たち』(12)、『オオカミ狩り』(22)など、代表作は数知れない。ジャンル映画に限らず、パク・チャヌク、ポン・ジュノといった巨匠たちがこぞって声をかけるほど、信頼度抜群の映画人だ(ちなみにリュ監督とは四半世紀前からの付き合いだとか)。チャン・ハンスンもスタントマン歴は長く、リュ・スンワン作品では「クライング・フィスト」(05)、「軍艦島」(17)に参加。近年はユ・サンソプとタッグを組むことが多く、今回も武術監督チームとして腕を振るっている。
「新機軸」と「定番の味」の絶妙なバランス
『ベテラン 凶悪犯罪捜査班』の冒頭、江南で闇カジノを摘発するくだりは、前作のセルフオマージュとも言うべき内容だ。『アプレンティス:ドナルド・トランプの創り方」(24)でも効果的に使われた、バカラ「誘惑のブギー」をBGMにレトロ&ゴージャスに幕を開けつつ、いつの間にかポンチャック風の高速ビートでドタバタ逃走劇が展開。
カジノの元締を演じるヒョン・ボンシクは近年引っ張りだこの人気バイプレイヤーだが、ミス・ボンを演じるチャン・ユンジュとは『三姉妹』(20)で夫婦役で共演。本作ではド派手なプロレス風ファイトを繰り広げ、アクションシーンにもオフビートな笑いを遠慮なく盛り込む “ベテランらしさ“を観客に即座に思い出させてくれる。そして、本作の悪役となる謎の仕置人“ヘチ” の標的になったチョン・ソグ(名優チョン・マンシクが前作に続き再登場)の護送中、交番勤務の警官パク・ソヌ(チョン・ヘイン)が配信者相手に見事な投げ技を披露。監督の投げ技好きは『生き残るための3つの取引』(10)や『ベルリンファイル』(13)でもおなじみ。このあと、パク・ソヌがMMAの使い手であることが示され、前作のファンはすぐさまチョ・テオの残忍さを思い出すはずだ。
クリスマスの人混みでごった返す南山のNソウルタワーでの“偽ヘチ” 追跡シーンは、続編に懸ける作り手の “前作超え” の意気込みと、アクションチームのレベルの高さを見せつけるシーンだ。山の上から下への直線移動というシンプルな動線にもかかわらず、スタントの難易度がどんどん上昇していくような構成に目を見張る。段差や傾斜をパルクール風に飛び移り、途中でアクシデンタルな落下も織り交ぜ、クライマックスには激痛感満点の階段落ちが待ち受ける。
偶発性を帯びたアクションほど危険度も難しさも増すものだが、そこに投げ技も連続して畳みかけるという、格闘技の禁止技を連続で見ているような恐ろしさに唖然とする。また、冒頭とはまた異なるビートでアクションを巧みに盛り上げる、音楽監督チャン・ギハの仕事も特筆ものだ。こんなメジャー大作で、あのインディーズバンド「チャン・ギハと顔たち」の元リーダーが!という喜びもありつつ、前作の音楽を手掛けた故パン・ ジュンソクによるテーマ曲を適材適所に散りばめたオマージュも嬉しい。
新たな容疑者として浮上した薬物中毒者ミン・ガンフン(アン ・ ボヒョン)を追いつめるシーンでは、水浸しの雨の屋上を舞台に、水によるスリップを利用したバレエのような格闘戦が展開。これまた前作とはひと味違う、リアリティからの飛躍に満ちた大きな見せ場だ。監督いわく「コントロール不能な自然物を取り込んだアクションもやってみたかった」とのこと。アクション映画というより、むしろ『雨に唄えば』(52)や『マジック・マイク ラストダンス』(23)のダンスシーンを思い出す。『密輸 1970』で追求した水中アクションの発展形とも言えよう。
アクションとドラマは不可分なもの
今回の悪役“ヘチ”は、言うなればナイフや剃刀の代わりに格闘技を殺しの道具として用いるシリアルキラーだ。前作のチョ・テオにとっては弱者を屈服させる支配欲のメタファーでもあったが、ここでは純然たる “凶器”。ゆえにサイコスリラー的テイストが色濃く、スプリットフィルターを多用したブライアン・デ・パルマ風の構図も、そのムードを増幅させている。
この人物像から思い出すのは、アベル・フェラーラ監督の『処刑都市』(84)だ。80年代のニューヨークを舞台に、ヌードダンサーを標的にする連続暴行魔と、元ボクサーの用心棒が対決する。この犯人の設定が、人体の急所を知り尽くしたマーシャル・アーツの達人。ご丁寧に犯行を自作小説の元ネタにしているところは『セブン』(95)のジョン・ドウも思わせるが、『ベテラン 凶悪犯罪捜査班』のクライマックスも、『セブン』に通じる“究極の選択”シチュエーションが用意される。
“ヘチ”は、自らの暴力衝動、正義感、大衆を操作する快感を満たすために犯行を繰り返す、現代のヴィランだ。彼の過去はあまり語られないが、そのパーソナリティはアクションシーンを含め、随所に細かく描き込まれている。たとえば南山タワーで “偽ヘチ”に追いついた彼が「路線変更」する戦慄の瞬間。あるいは屋上でのバトルで何度もミスリードを仕掛けようとする悪辣さ。それぞれのアクションシーンに、キャラクタ一性とドラマ性を手抜かりなく連携させる演出こそ、リュ・スンワンの真骨頂だ。ドチョルの性格、パク・ソヌの性格を、ぜひ各場面に見つけて楽しんでほしい。
アクションとドラマを同等に扱い、双方が互いに有機的に機能することが、映画の仕上がりを決定する。その“活劇の鉄則”を、リュ ・スンワンは知り尽くしている。そんな映画人としてのベテランぶりが特に顕著に現れているのが、この「ベテラン」シリーズではないだろうか。
文/岡本敦史