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土井裕泰監督が『片思い世界』の“あの秘密”を語る。「最初にタイトルから受け取ったイメージが、観ていくうちに変わっていく作品」

  • 2025.4.12

東京の片隅、古い一軒家で暮らす、美咲(広瀬すず)、優花(杉咲花)、さくら(清原果耶)。彼女たちの誰にも言えない“究極の片思い”が描かれる『片思い世界』が公開中だ。『花束みたいな恋をした』(21)と同じ、脚本家・坂元裕二×監督・土井裕泰の4年ぶりの再タッグに歓喜するファンは多いことだろう。土井監督いわく、本作は坂元裕二からの逆オファーで実現したという。

【写真を見る】坂元裕二の発想から実現!広瀬すず、杉咲花、清原果耶の奇跡の共演

土井裕泰監督と坂本裕二が4年ぶりの再タッグを果たした『片思い世界』 [c]2024『片思い世界』製作委員会

※本記事は、ネタバレ(ストーリーの核心に触れる記述)を含みます。未見の方はご注意ください。

「『花束みたいな恋をした』は若者たちのささやかな恋愛映画。映画スケールの大きな事件が起こるわけではないですが、それがあれだけ多くの人に受け入れられ、広がったことは驚きでした。坂元さんはご自身のことを、長い話数のある連続ドラマで人間を掘り下げていくことに向いている作家だと思っていたそうですが、映画というパッケージでもたくさんの反響をいただき、坂元さんも僕も『映画』というものに少しだけ手が届いたような喜びがありました。ロングラン上映が終わるぐらいのころに、坂元さんから『またプロデューサーの孫(家邦)さんと僕と、同じ座組でもう1本映画をやりたい』という話をいただきました。その時から『広瀬すずさん、杉咲花さん、清原果耶さんの3人を主演として書きたい』と話していて、それはもうぜひやりましょうということで企画が動き始めました」。

【写真を見る】坂元裕二の発想から実現!広瀬すず、杉咲花、清原果耶の奇跡の共演 [c]2024『片思い世界』製作委員会

まさか、『花束みたいな恋をした』の公開中にもう次作の話を進めていたとは。主演の3人がオファーを快諾したのは、まだ脚本もなにもないタイミング。時代を彩る名俳優たちのトリプル主演が実現できたのは、脚本家・坂元裕二×監督・土井裕泰のタッグの信頼感もあってのことだろう。

「ヒットした作品のあとだと、同じ路線のものを期待されがちですが、なんとなく坂元さんからは『花束』の時とはまったく違う方向へ向かいたいという想いを感じていました。その勇気を、僕はすごくステキだなと思いましたし、共に挑戦できるということがうれしかったです」。

『片思い世界』を手掛けた土井裕泰監督

「最初にタイトルから受け取ったイメージが、観ていくうちに変わっていく作品」

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本作は事前情報がほとんど解禁されていなかった。どんな内容かわからないまま劇場に行き、その展開に驚いた人も多いことだろう。監督はこの作品をどのように仕上げようと考えていたのだろうか。

「最初にタイトルから受け取ったイメージが、観ていくうちに変わっていく作品です。美咲、優花、さくらの3人は普通の楽しい日常を送っているけど、観ている人は徐々に小さな違和感を覚えていく。そして想像とはまったく違う世界に連れて行かれる。だからこそ、観た人の世界が広がっていくような映画を目指すべきなのだろうと思いました。実は3人が現実とは違うレイヤー世界で存在していることは、序盤の20分ほどで明かされます。そこから物語は大きく動きだすので、ネタバレというべきその部分自体を主題としないようには意識していました」。

東京の片隅の古い一軒家で一緒に暮らしている美咲、優花、さくら [c]2024『片思い世界』製作委員会

撮影時に一番緊張感が走ったシーンは、優花の母・彩芽(西田尚美)が、3人にまつわるある事件の犯人・増崎(伊島空)に会いに行く場面だったという。映画では事件については多くは語られていないが、週刊誌の編集部のデスクには少年犯罪や改正少年法の本が置かれるなど、細やかな描写が散りばめられていた。

「少年の犯罪についてはずっと議論されていることですし、それも一つの要素ではあると思っていました。しかし今回はそれ自体をテーマにしようとは考えていませんでした。元少年Aという存在を私たちは映画をもって断罪しようという意図はありません。ただ、やはりどれだけ言葉を尽くしても、気持ちをぶつけても伝わらない相手がいるというのは、一つの現実としてある。そのことが彩芽と増崎が対峙するシーンで伝わればいいなと思いました。今回の主人公たち3人は、どれだけ伝えたい思いがあっても伝えることができない。それとある意味では対に映るシーンでもあります。基本的に、僕たちは他者のことは理解できない。でも、わかり合おうとするためには、伝え合うことでしかできないと思います。そこに関係が生まれ、ドラマが生まれ、物語になるんです」。

美咲、優花、さくらが幼いころにある事件に巻き込まれた… [c]2024『片思い世界』製作委員会

「俳優さんたちが坂元さんの言葉を、ちゃんと自分のものにして話すことができるような場を作る」

様々な脚本家の方々と仕事をしている土井監督。坂元脚本を映像にする際に、格別意識していることはあるのだろうか。

「俳優さんたちが坂元さんの言葉を、ちゃんと自分のものにして話すことができるような場を作ること。坂元さんの言葉が俳優の身体を通して発せされた時に生まれてくるなにかを、ちゃんと見つめてすくい取ることが僕の仕事だと思っています。例えばカメラアングルや映像で、おもしろく見せようとしたり、悲しく見せようとすることは基本的にはしないということは、坂元さんの作品をやる時に心掛けていることです」。

土井裕泰監督が坂元脚本を映像化する際に意識していることを明かす

これは「カルテット」の撮影中、坂元さんとのやり取りをしながら思ったことだそうだ。「カルテット」はラブストーリーなのか、ミステリーなのかサスペンスなのかと聞かれたらうまく答えられない。そのどれでもあるからだ。そもそも人間というものを深く掘り下げると、そこにはいろいろな要素があって当たり前。型にはまりすぎず、そのわかりにくさをそのまま提供することは、視聴者の知性を信じるということにほかならない。テレビドラマだと特にわかりやすさを求められがちだが、わかりやすく作らなくてはいけないというのは強迫観念。「ちゃんと表現すれば伝わるものは絶対にある」という土井監督の信念がこれまで坂元作品のクオリティを保ってきたことは言うまでもない。本作もそういう作品といえるだろう。

「この映画において大事なことは、3人が一つとなってなにかを表現すること」

主演の3人は、撮影前からごはん会をするなどして親睦を深めてきたという。まるで映画における12年間という時間を埋めるかのように実際にも距離が縮まっていった。美咲はしっかり者、優花は好奇心旺盛、さくらはザ・末っ子。まるで本物の姉妹のように映っていたが、それは現実の仲の良さがそのまま反映されていたのかもしれない。

性格が異なり、姉妹のように見える美咲、優花、さくらの3人 [c]2024『片思い世界』製作委員会

「今回3人は常に一緒にいました。カメラの前ではなくても、本当にずっと一緒に3人が寄り添って、ずっとなにかをしゃべっている。そういう時間を過ごしていたんです。もちろん一人ひとりの役にそれぞれキャラクター性があるのだけど、この映画において大事なことは、3人が一つとなってなにかを表現すること。彼女たち自身がそれが一番大事なことだと思っているのではないかと感じ、私も意識するようになりました。また、横浜流星さんについては、やはりピアノの苦労があったと思います。典真という人間を表現するうえでものすごく大きな意味を持つので、彼自身もピアノを自分で弾くことの大事さを理解していました。複数の作品の様々な稽古を同時進行されていたと思いますが、ピアノの練習もずっと続けてくれて、本当にありがたかったです」。

高杉典真役を演じる横浜流星は本作でピアノに初挑戦 [c]2024『片思い世界』製作委員会

本作はファンタジーでありながら、リアルさもある。美咲、優花、さくらの3人が別のレイヤー世界で存在しているという演技をすることも、それを演出することもさぞ難しかったことだろう。わかりづらい世界観を、映像としてどのラインで表現するかは本作における課題だった。

「坂元さんにはクランクイン直前まで、多くの質問をぶつけました。受け取っては返す。まるで手紙のようなやり取りだったと思います。主人公たちが『人にぶつかって転ぶ』というト書きについては、現実のレイヤー世界で彼女たちは『透明なケムリ』のような存在だという脚本上のワードを手がかりにして、相手と体が接触する前に押されて倒されるようなイメージでアクション練習をしてもらいました。最近の作品では一瞬透明になる、空気が歪む、体がすり抜けるなどいろんな表現方法がありますが、今回はあえてアナログな手法を取ったほうがこの作品にはふさわしいという思いがありました。結果的に作品の世界観に合うような表現になったと思います」。

「最後の合唱シーンを灯台のようにして、そのあかりを目指して作り上げた」

本作は東京の片隅が舞台。特別な固有名詞で地名が語られることはなかったが、雑多で混沌としながらも生活が感じられる東京という街の魅力が活かされていた。なかでも監督の思い入れのある撮影場所は「駒沢オリンピック公園」だという。

「駒沢オリンピック公園は夜になると実際に若者たちがバスケをしていたり、ダンスの練習をしていたりする場所。あそこでロケをできたことはとても大きかったです。彼女たちは主役なので、普段なら絶対に暗い中でも光を作り、その中で撮影するところなのですが、今回3人は光の当たらないところに普通に座っているんですよね。そして普通に、恋の話をしたりしている。こんな3人の画はあまり観たことがないな、と思いながら撮影していました」。

日常としての東京も描かれている [c]2024『片思い世界』製作委員会

そこは特別な場所でも、輝かしい場所でもない。私がよく知る、普段のままの、日常の東京の風景だ。そこに3人が溶け込んでいる。だからこそ、本当に登場人物がこの街で生活しているかのようなリアリティがあった。

そして最大のカタルシスを提供してくれるのが、最後の合唱シーンだ。あのシーンを観た時に、これは映画館の音響でちゃんと体感したい音楽映画だと思った。合唱曲「声は風」の作詞は明井千暁の名義になっているが、その正体は、作詞家・坂元裕二。歌詞はあくまで普遍的で、実際に合唱曲として歌われそうな、希望に満ちたものになっている。それと同時に、本作のストーリーにもリンクしたものとして読み取ることもできる。劇場を出た後もつい口ずさみたくなる名曲に仕上がった。

「坂元さんが作詞された歌詞に曲をつけてもらう形で、合唱曲を作りました。もちろん3人にも歌ってもらわなければいけないので、最初に杉並児童合唱団の子どもたちに歌ってもらったものを録音したんです。それを初めて聴いた時、自然と涙がこぼれてきました。この物語は最後に、観客がこの合唱曲をどういう気持ちで聴くかというところへ向かって作る映画なんだなと、僕のなかで腹を括った瞬間でした。だからこそ、歌詞の一つひとつを思い浮かべながら、彼女たちのシーンを撮っていきました。最後の合唱シーンを灯台のようにして、そのあかりを目指して作り上げたのが『片思い世界』です」。

取材・文/綿貫大介

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