ノロウイルスによる感染性胃腸炎は冬に流行するイメージが強いですが、今年は4月に入ってからも飲食店での集団感染が相次ぐなど、流行が続いています。どのような原因が考えられるのでしょうか。また、ノロウイルスによる感染性胃腸炎とみられる症状が出た場合、どのように対処すればよいのでしょうか。筑波胃腸病院(茨城県つくば市)理事長で消化器外科専門医の鈴木隆二さんに聞きました。
春先に低温や乾燥が続いたことが要因か
Q.そもそも、ノロウイルスとはどのようなウイルスなのでしょうか。感染経路や主な症状、流行する時期なども含めて、教えてください。
鈴木さん「ノロウイルスは感染性胃腸炎を引き起こす代表的なウイルスで、非常に感染力が強いのが特徴です。感染経路は主に食品や飲料水からの感染が挙げられ、特に生または加熱が不十分なカキやアサリなどの二枚貝を介して感染することが多く知られています。また、人から人への接触感染や、嘔吐物を処理した際の飛沫(ひまつ)感染によっても広がります。
主な症状は吐き気や嘔吐(おうと)、下痢、腹痛で、発熱することもあります。症状は感染後1~2日で現れ、通常は2~3日程度で自然に回復しますが、乳幼児や高齢者、免疫力の低い人は重症化することもあります。ノロウイルスは例年冬季、特に11月から翌年3月ごろに流行のピークを迎えることが多いです」
Q.通常、ノロウイルスによる感染性胃腸炎は冬季に流行するということですが、今年は2月中旬から本格的に流行するようになり、現在も流行が続いています。どのような原因が考えられるのでしょうか。
鈴木さん「この異例の流行には複数の要因が考えられます。一つは、気温や湿度の異常変動が挙げられます。春先に低温や乾燥が続いたことによって、ウイルスの生存期間が延び、感染が広がりやすくなった可能性があります。
また、トイレにスマホを持ち込むことも、ノロウイルスに感染する原因の一つとして考えられています。トイレのドアノブや便座などに触れた手でスマホを触ると、スマホ自体にウイルスが付着する可能性があるからです。ウイルスがスマホに付着した場合、トイレの後に手洗いをしっかり行ったとしても、スマホを触ることで手が再び汚染されることになります。
スマホは頻繁に顔や口元の近くで使用するため、スマホが媒介物となり、感染のリスクが高まります。『トイレへのスマホの持ち込みを控える』ことが予防に効果的です。
2023年5月に新型コロナウイルスが5類感染症に移行して約2年が経過しましたが、その後の行動制限の緩和に伴い、人の移動や外食の機会が増加しました。新型コロナウイルスの流行当初に比べて感染症全般に対する予防意識も徐々に薄れてきていることが、現在のノロウイルスの感染拡大にも影響している可能性があります」
Q.ノロウイルスによる感染性胃腸炎とみられる症状が出た場合の対処法について、教えてください。下痢止めや胃腸薬を服用しながら自宅で療養しても問題はないのでしょうか。それとも受診した方がよいのでしょうか。
鈴木さん「ノロウイルスの症状が疑われる場合、最も重要なのは脱水症状を防ぐことです。嘔吐や下痢が続くと体の水分が急激に失われるため、経口補水液などで水分補給を行うことが不可欠です。食事は無理に取らず、症状が落ち着くまで消化に良いものを少量ずつ取るようにしましょう。
ノロウイルスの感染が疑われる場合に、自己判断で市販の胃腸薬や下痢止めを使用することはおすすめできません。特に下痢止め薬は症状を悪化させるリスクがあるため避けるべきです。ノロウイルス感染時の下痢や嘔吐は、ウイルスを体外へ排出しようとする体の自然な防御反応です。そのため、下痢止めを使って無理やり下痢を止めると、腸内にウイルスが長くとどまり、かえって症状が長引いたり重症化したりする可能性があります。
また、市販の胃腸薬も症状の緩和にはあまり効果がなく、自己判断で服用すると適切な対処が遅れる恐れがあります。
ノロウイルスに特効薬はないため、症状が比較的軽く、水分補給が十分でき、自宅で安静に過ごせる状態なら、無理に医療機関を受診する必要はありません。ただし、次のようなケースに該当するときは早めに受診するのが望ましいです」
・水分が取れず、「口が渇く」「尿量が少ない」「強い倦怠(けんたい)感」など、脱水症状が疑われる場合
・症状が2~3日以上続き、改善しない場合
・子どもや高齢者、持病のある人など、重症化リスクが高い人に症状が出た場合。特に子どもや高齢者は脱水症状に陥りやすいため注意が必要
・嘔吐が激しく、水分すら摂取できない状態が半日以上続く場合
症状が下痢のみの場合も要注意?
Q.ちなみに、吐き気や嘔吐、腹痛、発熱の症状がなく、下痢のみの症状が続く場合もノロウイルスの感染の可能性を疑った方がよいのでしょうか。
鈴木さん「下痢だけが続く場合でも、ノロウイルス感染の可能性は十分に考えられます。ノロウイルスによる症状は個人差が大きく、嘔吐や発熱を伴わず、下痢のみの症状で終わるケースも珍しくありません。
また、ノロウイルスは非常に感染力が強いため、『軽症だから感染ではない』と判断してしまうと、周囲への感染リスクが高まります。そのため、たとえ下痢のみであっても、特に冬季から春先にかけてはノロウイルス感染の可能性を念頭に、感染予防対策を行った方が安全です」
Q.ノロウイルスはアルコール消毒液が効かないという話を聞きますが、本当なのでしょうか。ノロウイルスの感染予防対策も含めて、教えてください。
鈴木さん「本当です。一般的に使われるアルコール消毒液は、新型コロナウイルスやインフルエンザウイルスなど『エンベロープ(脂質の膜)』を持つウイルスに対して非常に有効ですが、ノロウイルスはエンベロープを持たない『ノンエンベロープウイルス』であるため、アルコールの消毒効果が弱くなります。
ノロウイルスの消毒には、次亜塩素酸ナトリウムを含む塩素系消毒剤が効果的です。例えば、家庭用の塩素系漂白剤を薄めて使用することでノロウイルスを効果的に除去できます。
例えば、嘔吐物や便を処理する際は家庭用漂白剤を50倍希釈して0.1%濃度にしたものを、ドアノブや手すりなどの消毒には家庭用漂白剤を250倍希釈して0.02%濃度にしたものをそれぞれ使ってください。消毒の際は換気を良くし、手袋を着用するなど、安全に行いましょう。ノロウイルスの感染を防ぐには、次の対策が効果的です」
・食事前やトイレの後は、石鹸を使って流水で手をよく洗う。
・カキなどの貝類を調理する場合は、85度以上で1分以上しっかり加熱する。
・感染者の吐物や便を処理する際は、必ず使い捨て手袋とマスクを着用し、塩素系消毒剤(次亜塩素酸ナトリウム)で適切に消毒する。
日常生活の中で予防意識を高めることで、ノロウイルスの感染リスクを大きく減らすことができます。
オトナンサー編集部
鈴木隆二(すずき・りゅうじ)
筑波胃腸病院理事長、消化器外科専門医聖マリアンナ医科大学卒業。東京女子医科大学消化器病センター助教を経て、筑波胃腸病院理事長に就任。日本消化器内視鏡学会専門医、日本外科学会専門医、茨城ヘルニア研究会世話人、麻酔科標榜医、産業医、難病指定医。筑波胃腸病院(https://www.tsukubaichou.com/)。