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言葉のプロに聞く!言葉で傷つかない・傷つけないセルフケア術

  • 2025.4.11

ネット社会の現代、SNS上での他者の言葉に傷ついた経験は誰しもあるのでは? 場合によっては、物理的な傷よりも深い傷を負わせてしまう言葉。実体もなく目にも見えない、そんな言葉に私たちはなぜ傷ついてしまうのだろう。

ここでは、言葉のプロである校正者の大西寿男(おおにし・としお)さんとライター・編集者であり、下北沢にある日記の専門店「日記屋 月日」のスタッフでもある荒田もも(あらた・もも)さんに、言葉で傷ついたときの対処法や日々の言葉選びで気をつけていることをお聞きした。

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1. 言葉が泣いている?

NHK『プロフェッショナル 仕事の流儀』でも取り上げられ、芥川賞を受賞した安堂ホセさんの『DTOPIA(デートピア)』や宇佐見りんさんの『推し、燃ゆ』といった数々の有名作品の校正を担当している大西さん。自身の著書『みんなの校正教室』でも書かれているように、大西さんにとって、校正者とは「文字情報の品質保証の一翼を担う係」。文字で記された言葉やデータをチェックして、誤りや不備があれば修正や整理を施し、情報が相手にちゃんと、誤解なく適切に届くようにする智恵と工夫が校正にはあると言う。そんな大西さんの目には、校正なしで世に出たSNS上の言葉は“泣いている”ように映るそう。言葉が泣いているとは、どういうことだろう?

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大西さんによると、そもそも校正の目的には、言葉の誤りや不適切な表現を事前になくす“リスクマネジメント”と、言葉が本来持っている力や魅力が十分に発揮できるよう援助する“言葉のエンパワメント”という二つの目的がある。言葉を正すのも整えるのも、読むかもしれない相手のことを考えて行われる営み。

「SNS上の言葉が泣いているとしたら、それは自分が思っていることは他者にも当たり前に伝わるという前提で言葉を使っている人が多いからかもしれない」と大西さん。でも、私たち一人ひとりはそれぞれに違うことを経験し、違う人と出会い、違う出来事に遭遇してきた、違う物語の登場人物。だから、言葉の選び方も受け取り方も当然、異なるはず。例えば、次の場面を想定してみて。

場面1あなたがSNSで悪意あるコメントにさらされ、眠ることも食べることもできない上に、人の目が怖いと言っているのに対して、励まそうとして友人がとっさに言った言葉「匿名の声に振り回されるなんて意味ない。そんな卑怯な奴に負けないでがんばれ」(荒井 裕樹『まとまらない言葉を生きる』を基に構成)

この言葉をあなたはどう受け止める? 「匿名の声に負けている自分が悪いと感じてしまう」「悩んでいることを受け止めてもらえず、自分の気持ちを否定されている気分」「応援してほしくて話したわけではなかった」など、さまざまな受け取り方があるだろう。

ポイント・「がんばれ」「負けるな」という言葉は、励ましのように見えて、相手にプレッシャーをかけたり悲しませているかも?・励まそうとした友人は、何を言いたいのか整理してから言葉にしているか?

大西さんは、誰に対して何を言いたいのか整理する前に出てしまった言葉なのではと指摘。「なんとか励ましたいという友人の焦りやイライラ、そして苦しんでいる目の前の相手に対して何もできない無力さを、あなたにぶつけているのかもしれないですね。自身に対するいらだちを自覚できていないのではないでしょうか」

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次の場面はどうだろう?

場面2あなたが過去につらい経験があったと告白したときに、上司に言われた言葉「今はすごく明るい性格だよね。傷ついたのも、いい経験だったんじゃない?」(森山至貴『10代から知っておきたい あなたを閉じこめる「ずるい言葉」』を基に構成)

「実際にどれくらい傷ついたのかわからないのに、なぜ“いい経験”と言い切れるのだろうと哀しくなる」「自分はポジティブに捉えるかも」「自分を軽く扱われた気分。無責任」「いい経験かどうか決めるのは上司じゃない」など、こちらも言葉の受け取り方は多様なはず。

ポイント・その言葉は誰のもの?・結論を無理やり美談に仕立て上げていない?

大西さんによると、ここでのポイントは「言葉は誰のものか」ということ。「このシチュエーションに置き換えて言えば、『いい経験だった』と言う権利は誰にあるのかということですが、それは傷ついた本人だけが持っていると思います。その権利を他者が奪ってはいけない」

「また、もう一つのポイントとしては、ネガティブな出来事を無理やりポジティブな結論に結びつけるという、いわゆる美談に仕立て上げているという点。社会学者で作曲家の森山至貴さんは、美談にすることによって、そのネガティブな経験から自分を無関係な場所に置くことができるという効果があると指摘されています。美しい話にすることで、自分は現実から安全な場所にいることができるのです」

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「教育の現場では、『チクチク言葉』『ふわふわ言葉』という表現で、自分の発した言葉が相手にどう伝わるか想像する授業がはじまっているそうなんです。『チクチク言葉』は、同じ言葉でも受け手によってチクリとする程度の痛みの場合もあれば、ナイフで刺されるほどの大きな傷を負わせてしまうこともあります」と荒田さん。上記では、話し言葉を例にしてきたけれど、書き言葉にも同様のことが言える。言葉の受け取り方は、人によってさまざま。だから、まずは「相手だったら自分の言葉をどう受け取るだろう?」と想像してみたい。きっとそこから言葉との対話がはじまるはず。

2. 言葉との健やかな向き合い方

35年間も校正の仕事に携わり、さまざまな原稿に接してきた大西さんは、最初から完璧な文章はないのだと話す。ベストセラー作家でも高名な学者でも、なにがしかのケアレスミスや勘違い、不十分なことがある。人は“まちがえる生き物”。校正者も例外ではない。だからこそ、大西さんは校正の作業をするときに、一文字一文字に愛を注いで言葉と接することを大切にしている。

校正をするときは・一度で終わらず、何度も繰り返し見直すこと・別の人の目を通したり、一人で校正するときでも時間や環境を変えて見ることで、違った角度から文章をクロスチェックすること・一文字一文字、立ち止まって見ていくこと・そのために指先やペン先を使って、五感を総動員して文字をとらえること・自分の記憶や知識、経験を頼りにしないこと など (大西寿男『みんなの校正教室』より)

上記は大西さんが校正者として取り組んでいることの一例。「自分の価値観や感覚で相手の言葉に対して何か指摘をしたり疑問を呈したりしていないか気をつけています。なので、校正をするときは、辞書や本で客観的なデータを探し、根拠となる情報を調べます。明らかな誤字・脱字を見つけても、勝手に修正を加えたりせず、必ず『?』を添えて疑問点として校正刷に書き込みます。言葉の持ち主は、その文章を書いた著者本人だからです。修正するか否かの決定権は校正者にはありません」

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そもそも一冊の本をつくるときには、いろいろな人の力を必要とするもの。言葉はたくさんの人の目や手が入り育まれたのちに、やっと十分な満足できる状態になり、そして世の中に出ていく。このような営みを、“言葉のケア”と表現する大西さん。では、SNSに投稿する言葉やメールで送る言葉を、私たちはどれくらいケアできているだろう?

すべてのSNS投稿やメール文を誰かと一緒にあらかじめチェックすることは難しいかもしれないけど、一人でも実践できることとして、大西さんは「まずはワンクッション置いてみてほしい」とアドバイス。

SNSやメールなどテキストコミュニケーション時にできること・【場所のクッション】直接アプリに書き込むのではなく、一旦、別のノートアプリや手書きのノートなどに書く・【時間のクッション】書いた文章を寝かして、時間をおいてから読み返す

「文章を寝かした後に読み返して、直したいところがあれば直し、最終的に投稿。言葉が生まれて、誰かに届けられる前に時間を設けることが大事です。校正の作業でもそうですが、書いた文章を振り返るための自分だけの場所を確保することも大切。他者が書いた言葉のように自分の言葉を眺めてみてください」

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荒田さんもSNS上の投稿には注意を払っていると言う。「以前、大西さんに『見た目が美しくデザインされていて、きれいな活字の状態で表示されるSNS上の言葉は手書きの言葉よりも内容がしっかりしているように見える』と聞きました。それからは、投稿する内容を振り返るために一度手書きで確認することもあります」

3. もし他者の言葉に傷ついたら

では、もし他者の言葉に傷ついてしまったら? 「言葉で受けた傷というものは、言葉でしか癒すことができないと思っています。だからこそ最終的には言葉で救われたい」と語る大西さん。

他者の言葉に傷ついたら・なぜ傷ついたのか言語化してみる・誰かに話したり、共有することで、自分一人で背負わない・日記で自分の感情を第三者目線で観測してみる

「私はなぜ傷ついたのか自分の言葉で言語化するようにしています。『あれはこういうことだったんだな』と、自分の頭の中でその作業をするときもあれば、友人と話す中で言語化できることもあります。また、自分ではなく、例えば同僚の誰かがセクハラやパワハラ的なことを受けているなど、明らかに理不尽でおかしくて、不正義で放っておけない場面に遭遇したときはどうするか。腹をくくって何か言わないといけないとして、直接的な表現がよいとは限らず、間接的な表現で相手に伝えるのも選択肢です。もしくは第三者に相談したり、共有したりする。とにかく、一人の胸にとどめたり、背負うことは一番避けたいですね」

荒田さんは「日記をつけることも、傷ついた心をケアする方法のひとつ」と話す。「過去の自分の日記を見返すと、気がつくことが多いんです。『あの時は精神的にとても辛かったけど、今は元気。また落ち込むかもしれないけど、私は回復する力を持っているんだ』とか、『また同じことで悩んでいるな(笑)』とか。そうやって自分の心の動きを客観的に観測することができる。モヤモヤとした気持ちや漠然とした感情などをうまく文章にまとめられない時は、箇条書きにするだけでもいいと思います」

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言葉を使う仕事を生業とする二人からのアドバイスは、校正者や編集者だけの世界だけでなく、言葉を使うすべての人たちの世界で活用できる。最後に大西さんは自分自身を理解することが、他者のことを考えることにつながると教えてくれる。

「言葉で他者に何かを伝えるときには、自分が何を伝えたいのかしっかりと理解することが最初のハードルになります。それができないと、うまく言葉を使えない。でも他者とのコミュニケーションの中で、自分の伝えたいことがわかる瞬間があります。それは相手も同じです。自分が言われたらどう感じるか、相手ならどう感じるかもしれないかを考え、一緒に言葉を紡ぐことで、本当に伝えたいことが互いにわかってくる。そうした言葉との健やかな向き合い方を通して、みんなが安心して他者とつながることができる世の中になってほしいと願っています」

PROFILE

大西寿男(おおにし・としお)校正者、一人出版社「ぼっと舎」代表。1988年より、河出書房新社、集英社、岩波書店などで書籍・雑誌の校正を担当。企業・大学で講師も務める。“言葉の寺子屋”「かえるの学校」設立メンバー。【著書】『みんなの校正教室』『校正のこころ』(創元社)『校正のレッスン』(出版メディアパル)など。

荒田もも(あらた・もも)ライター・編集者。下北沢にある日記の専門店「日記屋 月日」のスタッフとしても働く。X(旧Twitter) instagram

「Social Echo Club」とは
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「Social Echo Club(ソーシャル・エコー・クラブ)」とは、インフルエンサーやエディターなど発信者がともに正しく学び、価値観をアップデートしていく場として発足したハースト婦人画報社のプロジェクトのこと。2024年3月には国際女性デーに合わせたイベントを初開催した。

不必要な傷つきや軋轢を生まないためには、正しい知識をもとにした、包括的で公平な発信が不可欠。識者を招いたセミナーやパネル・ディスカッションを通し、そこで得た気づきや学びがファンや読者など、その先へ伝播(エコー)していくことを目指している。

今回は、エディターを中心に発信に携わる人のために、「言葉」と「心」の関係に焦点を当てた勉強会を実施。特別ゲストとして、言葉のプロである校正者・大西寿男さんと日記書専門店『月日』で活動中の編集者・ライターの荒田ももさんを招いて、日々の言葉選びで気をつけていることや傷ついたときのセルフケア方法など、安心できるコミュニケーションについて伺った。

本勉強会の動画はこちら。

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