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一生分の悪夢を見た2年間を克服。父への恐怖の消費期限なのか

  • 2025.4.11

自分が父から虐待を受けていた、生まれてからずっと不適切な環境に身を置いていたと気付いた後から悩まされているものがある。悪夢だ。

よく見るのは父に殺されそうになる夢だ。殺され方はバリエーション豊かだ。

そう言うと、逆に殺してしまえば良いのにと言われたことがある。そんなこと思い付きもしなかったし、たとえ夢の中だとしてもそれはイヤだ。夢の中の私は逃げ惑うばかりだった。

◎ ◎

予防しようがなく神出鬼没で、毎度毎度とても辛い。私は夢の中で、これは夢だと認識することができないので、より恐怖を感じるのだろう。悪夢を見た後は、その日の予定をキャンセルするほど具合が悪くなる時もある。

悪夢は精神的苦痛だけではなく、身体的苦痛も伴う。悪夢を見ている最中、体がこわばってガッチガチになる。息をしてないのではと思うくらいガッチガチで、とても苦しい。肩に力が入りまくる時もある。この場合も呼吸が浅くなるのか、すごく苦しい。

いちばんキツいのは心臓がキュッとなる痛みだ。悪夢の中で、やばい殺されるなどと思った時、心臓がキュッとなる。あまりの痛さに目が覚めるのだが、痛みと恐怖でパニック状態で、夢を見ていたこと、今は目が覚めていることを把握するのに時間がかかる。

◎ ◎

入院している間、悪夢を見る時と見ない時で何が違うか気付いた。枕元の推しの存在だ。

病院は殺風景でさみしいので、推しのクリアファイルを枕元に飾っていた。週に1度、ベッドメーキングがあるのだが、その前後で推しを外しているタイミングがある。その時に悪夢を見ると気付いたのだ。

奇しくもその推しは、言葉で呪いを祓うキャラクターであった。確かに親や生育環境は呪いのようなもの。さすがは我が推しと拝み倒した。

しかし推しの奮闘もむなしく、いつからか悪夢が復活してしまった。入院中は悪夢にぐったりしていてもごはんが出てきたが、退院後は自分の面倒は自分で見るため、気力体力を削ぐ悪夢は厄介でしかなかった。

それなのに段々、悪夢の程度がひどくなった。隣で寝ている恋人が目を覚ますほどうなされることもあった。ガバッと起き上がり、怖いと叫び、夢から覚めやらずパニックを起こしたこともある。夢の中で私を守ろうとしてくれた天使のような子どもが、私を庇って父に殺された時は心臓がキュッとなって、生きた心地がしなかった。そんなことを繰り返していると、悪夢を見るのがイヤで寝るのが怖くなった。

◎ ◎

ある夜、性懲りもなく父が夢に出てきた。その夢はいつもと違った。カーレースのゲームに入り込んだかのような夢だった。私は父に追いかけられるものの、アイテムなどを父に投げて逃げ切った。コースをゴールし、カートに乗ったまま知らない人たちとハイタッチし、コングラチュレーションの表記が出て祝われ、目が覚めた。実に爽やかな目覚めだった。

それから悪夢を見なくなった。見なくなったというより、悪夢が怖い夢くらいの程度になった。体がこわばることも、息苦しくなることも、心臓がキュッとなることもなくなった。

不思議に思い、少し考えてみた。考えていると、悪夢克服の時期が、ちょうど父から逃げると決めた時から丸2年だと気付いた。聞くところによると、2年という期間はトラウマにおける1つの区切りになり得るそう。私にとっては、父への恐怖の消費期限が2年だったのだろうか。

◎ ◎

スピリチュアルな視点だと、悪夢は生き霊が飛んできているとも考えられる。悪夢を克服する少し前、父の持病が悪化したと聞いた。それを踏まえると父が生き霊を飛ばす元気がなくなったのかもしれない。もしくは父の私への執着が薄まったのかもしれない。

何はともあれ、悪夢を克服したことにして、もう卒業したい。一生分の悪夢を見ただろうから、もう解放してほしい。

■馬須川馬子のプロフィール
毒親育ち。今は親から離れ、自分を育て直しています。ノンフィクションの作文が好きで、社会復帰のための活動の一環として投稿活動しています。

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