「よくおごってくれる綺麗なお姉さん」(2018)
「国民の年下彼氏」という異名を手にした、チョン・ヘインの出世作。扮するのは、ゲーム会社で働くジュニだ。アメリカ支社での勤務から帰国した彼が3年ぶりに再会した親友の姉ジナ(ソン・イェジン)は、弁護士の恋人に別れを切り出され、会社では上司から理不尽な扱いを受け……と八方ふさがりの35歳。そんなジナを一途に愛し、彼女のために心底怒り、ときには無邪気な笑顔で癒す姿は、自らをヒロインに重ねた多くの視聴者からの支持を集め、韓国で「ヌナ(お姉さん)シンドローム」を巻き起こした。
ドラマ初主演となった本作の出演時、チョン・ヘインは30歳。やや遅咲きといえるだろう。「あなたが眠っている間に」(2017)の短いシーンを見て彼を抜擢したというアン・パンソク監督の撮影は、長回しを多用し、リハーサルも最小限のほぼぶっつけ本番スタイル。「集中して自然体で演じることができた」というチョン・ヘインの、青年と大人のはざまを行き来するリアルな姿が映し出されている。
随所にちりばめられた、白樺林や海辺、エレベーターなどでのキスシーンをはじめ、映像美も魅力のひとつ。とりわけ、急に雨が降り出した夜にジュニがわざと傘をわざと一本だけ買い、ためらいながらジナを抱き寄せて歩く序盤のシーンは、韓国ドラマ史に残るといっても過言でない名場面。どしゃぶりの雨に打たれるようなつらい日々を生きる二人の愛を象徴する小道具として、傘が繰り返し登場する演出(特に最終回!)は秀逸だ。
『ユ・ヨルの音楽アルバム』(2019)
1994年から2007年まで韓国KBSで実際に放送されていたラジオ番組「ユ・ヨルの音楽アルバム」からタイトルを得た、叙情的で繊細なラブストーリー。舞台は、パソコン通信や携帯電話が普及したばかりの、アナログな空気がまだ色濃く残る1990年代のソウル。パン屋で働く大学生ミス(キム・ゴウン)と、ある出来事から社会と距離を置いていたヒョヌ(チョン・ヘイン)が出会い、何度もすれ違いながらも互いの存在を心に刻んでいく。まるで、ラジオの周波数を手動で合わせるように、もどかしいほどゆっくりと。
「自分の恋愛スタイルもアナログ」と明かし、この作品の世界観に深く共鳴したというチョン・へイン。過去のトラウマに苦しみつつも、どこか温もりを残した瞳で未来を見つめるヒョヌを、控えめながらも確かな感情の振幅で演じきり、第56回大鐘賞で最優秀新人賞を受賞した。キム・ゴウンとは、ドラマ「トッケビ〜君がくれた愛しい日々〜」(2017)でヒロインの初恋の相手役としてほんの少しだけ共演した間柄だが、本作ではそんな二人のみずみずしいケミストリーが存分に発揮されている。
ストーリーの背景には、アジア通貨危機をはじめとする1990年代末の社会的混乱も静かに影を落とす。仕事、家族、未来への不安といった当時の若者たちが抱えていたリアルな感情が、二人の関係性と重なり、単なる恋愛映画ではない奥行きを与えている。
「D.P. -脱走兵追跡官-」(2021)
韓国軍の暗部を鋭く描いた社会派ドラマであり、チョン・ヘインのキャリアにとっては「第二章の幕開け」といえる転機の作品。「D.P.(Deserter Pursuit)」とは、脱走兵を逮捕する憲兵隊所属のチームのこと。キム・ボトンのウェブ漫画「D.P. 犬の日」が原作で、作者が実際に兵役中にD.P.として任務に就いていたときに感じた疑問がベースとなっている。
チョン・ヘインが演じるのは、D.Pに配属された入隊間もない二等兵アン・ジュノだ。「よくおごってくれる綺麗なお姉さん」で見せていた優しい笑顔を封印して、苛酷な環境下で揺れ動く青年を抑制の効いた演技で表現。ノーメイクでの撮影を自ら提案し、日焼けした肌や軍特有の口調など、かつての兵役経験を細部にまで投影したという。さらに元ボクシング経験者という設定に合わせ、撮影の3カ月前からハードなトレーニングを積んだ。鍛え上げたボディが、役に強烈な説得力とリアリティをもたらしている。
任務の相棒をつとめるのは、ク・ギョファン演じるD.Pチームのリーダー、ハン・ホヨル。自由奔放なホヨルと真摯なジュノによる、刑事ドラマをほうふつとさせるバディものとして観るのも面白い。だが重要なのは、追跡の対象が犯罪者ではなく、制度によって押しつぶされそうになった若者たちであるということ。軍隊にはびこる暴力やいじめ。国家によって招集された兵士が、同じ立場の兵士を追うという矛盾が、この作品の根底にある原作者の問題意識をあぶり出す。シーズン1の反響を受け、すぐにシーズン2の制作が決定。2023年に配信がスタートした続編では、軍の上層部の不正や組織の責任といったテーマにも踏み込んでいる。
「スノードロップ」(2021)
コロナ禍に韓国ドラマの人気が爆発的に高まり、ネット配信の世界では各社がしのぎをけずる群雄割拠の時代に突入。そんなさなかの2021年、ディズニープラスが新たにコンテンツブランド「スター」を立ち上げ、韓国ドラマ第一弾として配信したのが「スノードロップ」だ。
勝負作の主人公に白羽の矢が立ったのは、チョン・ヘインとドラマ初主演となるBLACKPINKのジスだった。抜擢の理由は、ディズニーの担当者が「『スノードロップ』のポスターを見た瞬間、ふたりが誰なのか皆がわかる。BLACKPINKのジスとチョン・ヘインは、アジアの人々にとって心躍る存在」と明かす、抜群の知名度とスター性。チョ・ヒョンタク監督&ユ・ヒョンミ脚本という「SKYキャッスル~上流階級の妻たち~」のコンビが再びタッグを組んだ。
1987年の民主化運動の時代を背景に、北朝鮮から潜入したスパイ・スホを演じたチョン・ヘイン。序盤ではジスが扮する大学生のヨンロを柔らかな視線で見つめる一方で、任務と愛の間で苦悩する思いをクローズアップで切なく表現。サスペンス色が深まるにつれ、韓国側の情報機関員と対峙するアクションなど、チョン・ヘインのフィジカルを生かした緊迫のシーンが続く。いわば、俳優チョン・ヘインの魅力の全部盛り。幅広いジャンルを制覇できるオールラウンドプレイヤーとしての才能を、あらためて印象づける一作となった。
『ソウルの春』(2023)
チョン・ヘインがスクリーンに映っていたのは、わずか5分。特別出演としてクレジットされながら、まさにシーンスティラーとして爪痕を残したのが、『ソウルの春』で扮したオ・ジノ少佐役だ。1979年12月12日に起きた、当時、保安司令部の司令官だった全斗煥が陸軍内の秘密組織“ハナ会”を率いて、新たな独裁者として君臨すべく起こしたクーデター。『ソウルの春』は、この歴史的事件を初めて映画として描き、韓国で1300万人以上を動員する大ヒットを飛ばした。
チョン・ヘインの見せ場は、後半のクライマックス間近。保安司令官チョン・ドゥグァン(ファン・ジョンミン)が率いる反乱軍が、クーデターを食い止めようとする首都警備司令官イ・テシン(チョン・ウソン)らをとことん追いつめるなか、オ・ジノは上官を守るためにひとりで反乱軍に立ち向かい、孤独な銃撃戦をねばり強く繰り広げる。実在の人物をモチーフにした重要なキャラクターであるオ・ジノに合うのは誰か。キャスティングの際、キム・ソンス監督の脳裏に浮かんだのは、「D.P.」で鮮烈な印象を受けたチョン・ヘインだった。出演は、「D.P.」のハン・ジュニ監督の橋渡しで実現したという。
『ベテラン 凶悪犯罪捜査班』では、ファン・ジョンミンと同じ凶悪犯罪捜査班の刑事役で、がっつりと共演が実現。チョン・ヘインの出演が決まったと聞いたとき、ファン・ジョンミンは「うれしさのあまり両手を高く上げて拍手した」と日本公開前の来日会見で明かしている。
Text: Yuka Kuwahata
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