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「国内2例目の赤ちゃんポスト」が東京に誕生…親の手を離れ、バスケットに預けられた子どもの"その後"

  • 2025.4.8

親が育てられない乳児を匿名で預かる「赤ちゃんポスト」が東京・墨田区に設置された。赤ちゃんの命を守る「最後の砦」になることが期待される一方、匿名で受け入れる仕組みには課題が指摘されている。ノンフィクションライターの三宅玲子さんが取材した――。

都会で始まった「いのちのバスケット」

JR錦糸町駅北口を出て、四つ木通りをスカイツリーの見える方向へ直進する。大人の足で8分ほどの距離は、赤ちゃんを抱いて歩くには少し遠く感じられるかもしれない。目指す場所は左手の病院1階、目印は緑のパトランプだ。

JR錦糸町駅から北へ約500mに位置する賛育会病院

ランプが光っている扉に鍵はかかっておらず、24時間いつでも入ることができる。赤ちゃんのための小さなバスケット(籠)が用意してあり、赤ちゃんを寝かせたらすぐに立ち去ることができる。

墨田区の東京都地域周産期母子医療センター・賛育会病院が始めた「いのちのバスケット」(通称ベビーバスケット)。東京初、医療機関による全国で2カ所めの赤ちゃんポストだ。孤立出産による赤ちゃんの殺害遺棄事件を防ぐ最後の砦になりたいと、3月31日に運用を開始した。生後4週間までの赤ちゃんを受け入れる。

赤ちゃんポストは、2000年にドイツで「ベビークラッペ」という名称で始まったもので、日本では熊本市にある慈恵病院が2007年から「こうのとりのゆりかご」として運用している。

預けられた赤ちゃんは里親や乳児院へ

赤ちゃんはどのようなプロセスを経て育っていくのだろう。流れを追ってみよう。

「いのちのバスケット」に預け入れられると、病院職員が1分以内に部屋に駆けつける。同時に病院は所轄の警察署と江東児童相談所に通報する。警察官は赤ちゃんが怪我を負っているなどの事件性の疑いがない限り、預け入れた人を取り調べることはないという。病院が警察に「棄児発見届」(戸籍法57条)を提出し、警察は調書を作成して墨田区に届け出る。

江東児童相談所の職員は赤ちゃんを一時保護する。ただ、一時保護とは手続き上のことで、赤ちゃんは4週間ほど賛育会病院で育てられ、その後、里親や乳児院につないでいく。

赤ちゃんの親がわからない場合は、特別養子縁組を前提とした里親に託される可能性もある。なお現在、東京都には特別養子縁組養親候補者720人、養育里親候補者650人が登録している。

墨田区は戸籍法に基づいて赤ちゃんの戸籍(単独戸籍)をつくり、墨田区長が赤ちゃんの名付け親になる。

親子一緒に暮らせるまでのハードル

後日、親が名乗り出たらどうなるか。

その場合、すぐに親のもとに返すことはせず、親の暮らす地元の児童相談所が赤ちゃんを引き受ける。赤ちゃんを預け入れなくてはならないほど追い詰められた事情を考慮すると、育児放棄や虐待などにより赤ちゃんが危険にさらされる恐れがあるためだ。

親は地元行政の子育て支援や経済支援などを受けながら生活を整える。その間、赤ちゃんとは地元の乳児院(または里親)で面会することができる。愛着形成にとって重要な時期であると同時に、親を支える環境づくりにも行き届いた配慮が求められる。

そして、家にお泊まりするなどの練習をして、ケースワーカーや保健師が「だいじょうぶ」と判断したら、会議を経て、一緒に暮らす生活が始まる。どれくらいの日数で親子一緒の生活が始まるか、それはケースによって異なる。

2007年5月~2023年3月に熊本の「こうのとりのゆりかご」に預け入れられた170人の養育状況を見ると、2023年3月時点で家庭に引き取られたのは30人。特別養子縁組が成立したのが84人、乳児院などの施設に入所したのが31人、里親に委託されたのが13人、その他が6人だった。

安全に出産できる「内密出産」も開始

預け入れた人は、父親や祖父母のケースもあるが、母親が圧倒的に多い。予期せぬ妊娠をし、誰にも相談できないまま一人きりで出産する女性がたくさんいるのだ。

「『こうのとりのゆりかご』第6期検証報告」(資料編P79)より

こうした女性を救うため、賛育会病院では「内密出産」の受け入れも始めた。これも、熊本市の慈恵病院に続く国内2例目の取り組みだ。病院の担当者だけに身元情報を明かし、病院で安全に出産することができる。50万円程度かかる出産費用は原則本人負担だが、女性の置かれた状況によって相談に応じるという。

内密出産は大きくは2つのケースが考えられる。女性が飛び込み出産に近い状況で内密出産をする場合、病院は赤ちゃんが産まれる前後で江東児童相談所に連絡(通告)することになる。児童相談所は生まれた赤ちゃんを一時保護し、可能な限り女性と面会して内密出産を選んだ理由や事情を尋ねる。

内密出産を希望する女性が出産前の早い段階から病院に相談する場合、女性が承諾すれば児童相談所も同席する。承諾がない場合は同席しない。

赤ちゃんを育てていくための情報を収集

児童相談所職員と女性の面会は、出産後にも行われる。いずれの場合も、児童相談所が女性に接触する目的は、赤ちゃんにとってのちに重要になるであろうさまざまな情報を可能な限り受け取ることだ。

出産前から相談が始まれば、そのとき母子健康手帳が作られる。出産まで時間の猶予のない中で内密出産をした場合、生まれた後に母子健康手帳が作成される。母の既往歴や出産時の記録など、赤ちゃんのその後の養育にとって重要な資料だ。

赤ちゃんが生まれたあとの流れはこうだ。児童相談所長が「出生事項記載申出」を墨田区に提出し、法務局への届けを経て(戸籍法44条3項)、墨田区が戸籍を作成する。赤ちゃんは乳児院や里親に託され、多くの場合、赤ちゃんを望む家庭に迎えられて特別養子縁組をすることになる。

赤ちゃんポストが抱えている「矛盾」

妊娠した女性が一人で出産し、赤ちゃんを放置したり殺してしまう事件が起き続けている。

赤ちゃんポストは、赤ちゃんの生命を守り、かつ産む女性の「名前を知られたくない」という希望を叶える仕組みとして始まった。匿名を望む女性の切実な事情に沿わなくてはならない一方で、赤ちゃんはいずれ「誰から生まれたのか」を知りたいと思う日がくるだろう。

匿名性が守られたままでは、子どもの気持ちに応じることはできないという矛盾を解消する方法の一つが、内密出産だ。産む女性の身元情報などを病院が保管し、将来、子どもが「お母さんのことを知りたい」と望んだ場合に備えることができる。

先行して赤ちゃんポストを設置したドイツでも、子どもの出自を知る権利の観点から、2009年に政府の倫理審議会が赤ちゃんポストの廃止を勧告し、代替策として内密出産制度が導入された。

親についてどこまで明らかにするか

だが、日本の法律では、児童相談所は保護した子どもの状況を調査しなければならない。この社会調査や、親が後で名乗り出たことによって、熊本の「こうのとりのゆりかご」では預け入れられた170人のうち135人の身元が判明した。

匿名性と法律との調整に注目するのは弁護士の石黒大貴氏だ。

「児童福祉法に、児童相談所は保護した子どもと家庭について必要な調査を行わなければならないと定められています。この調査の範囲について、熊本の『こうのとりのゆりかご』と内密出産では、どこまで調べるのか、長らく議論が続きました。匿名性は最後の砦だと主張する病院と、匿名性を最後まで容認することはできないとする熊本市は、ともに運用する立場でありながら、ときには対立もしました。

ただ、社会調査といっても法解釈によってグラデーションをつけることは可能です。身元調査をして親の暮らす自治体の児童相談所に引き継ぐことまでを目指すのかどうか。東京都がこの点をどう整理しているのか、注目しています」

ドイツ法を専門とする床谷文雄氏(大阪大学名誉教授)は赤ちゃんポストと内密出産を20年以上、法学者の立場から研究している。内密出産の本質に沿った運用が実現するのか注意深く見守りたいと、次のように話した。

「行政には基本的に家族の統合という方針がありますが、内密出産とは緊急下にある妊婦さんが安全に出産できて、赤ちゃんの生命の安全も守られることが目的です。内密出産である限りは特定のスタッフ以外が事情を知るルートはできる限り開かないというのが私の考え方です。社会調査も、女性本人の意思を無視して調べるのは避けた方がよいという立場です」

都は「女性に問いつめるのは難しい」

社会調査について、東京ではどう考えているのか。

江東児童相談所を所管する東京都福祉子供・子育て支援部家庭支援課に話を聞いた。同課長は、運用が始まってみないとわからないことが多い、また、基本的に子は親のもとで育つのが望ましいという方針が行政にあるのは事実だと前置きをし、こう話した。

「『いのちのバスケット』に預け入れた際に児童相談所職員が女性と会うことができれば、お話をしたいと思っています。なぜ預け入れるほどに追い詰められているのか、その理由や背景を知り、行政のできる支援や仕組みを説明するのが目的です。ご本人が言いたくないのに問いつめるとか、持ち物や車のナンバープレートから身元を割り出すといったことは、難しいのではないかと考えています」

内密出産については、

「女性が出産前に病院へ相談に来られる際に、病院職員による聞き取りが始まるでしょう。出産後の面会もあると思います。できるだけ児童相談所や墨田区の職員が同席してお話を聞くのが望ましいですが、病院から女性に事前に説明してもらって、女性が受け入れてくれたらという理解です」

「いのちのバスケット」も内密出産も特定法がないため、東京都は主体ではない。民間病院の行うことについて、指導監督権限はないという。

専門家「東京にあと4カ所は必要」

ドイツの赤ちゃんポストと内密出産はどのように変遷してきたのだろう。柏木泰典氏(千葉経済大学短期大学教授)はこう話す。

「ドイツでは2000年ごろから、キリスト教系女性支援団体や、教育を中心とする民間教育団体が、それぞれ匿名出産やベビークラッペの取り組みを始めました。すると病院や教会、幼稚園、保育園、福祉施設などが後に続き、一時期はドイツ全土で100カ所を超えたほどに広がりました。

その後、2014年に女性の安全な出産と赤ちゃんの出自を知る権利の両方を守るための内密出産法が成立し、運用が始まったという経緯があります」

柏木氏は教育学の立場からドイツの情報を収集分析しながら、慈恵病院の取り組みに併走してきた。

「ベビークラッペも内密出産もやり方はさまざま。日本でいえば、東京だけでなく周辺の地方にも、存在の見えにくい女性たちはいます。彼女たちが東京の赤ちゃんポストを目指す可能性を考えると、赤ちゃんポストと内密出産を受け入れる病院が東京に5カ所は必要でしょう。賛育会病院の後に続く病院が早く現れてほしい」

内密出産の費用問題は早急に解決すべき

慈恵病院では、内密出産の費用に関して女性に負担を求めず、寄付金などで賄っている。一方、賛育会病院は原則として女性に請求する方針で、対応に違いが出ている。

柏木氏は、費用問題について「解決の道はある」と言う。

「賛育会病院は特定妊婦や飛び込み出産の受け入れの経験値があるため、さまざまな福祉制度と組み合わせた支援計画を立てる技術を持っている。そこである程度の解決ができるだろうと期待します。もちろん、賛育会病院が自力でどれだけ寄付金を集められるかも重要です」

ドイツでは、内密出産法に基づき国が費用を負担している。立法化により目にみえる変化があったと柏木氏は次のように話した。

「ドイツでは2014年から2023年の10年間に1147人の赤ちゃんが内密出産によって生まれました。捨て子はほとんどなくなりました。他方、日本では毎年50人ほどの赤ちゃんが殺害遺棄や虐待によって亡くなっています。もし、内密出産制度が始まれば、日本でも捨て子や殺害遺棄に一定の効果を見込むことができるでしょう。

日本では少子化問題が喫緊の課題と言われますが、こうした赤ちゃんの命を救えずに少子化対策ができるのだろうかと思います」

「子どもの命は無条件に守る必要がある」

2022年9月に国は内密出産ガイドラインを発出した。その前段には、2021年12月に内密出産1例めの受け入れを半ば強行的に実施した慈恵病院の蓮田健理事長が、2022年2月、国会に参考人として呼ばれたことが大きい。

このとき、蓮田氏を招致し、古川禎久法相(当時)にガイドラインの策定の必要性を問うたのは、伊藤孝恵参議院議員(国民民主)だ。

伊藤氏は東京に赤ちゃんポストと内密出産に取り組む病院が登場した事実を踏まえ、X(旧Twitter)で慈恵病院の18年の奮闘への労いをポスト。立法化を急ぐ決意をこう締めくくった。

〈内密出産に賛成の人ばかりではないでしょう。しかし、子どもの命は無条件に守る必要があり、母体には医療的介助のある出産がどうしても必要です。産声を塞がれて亡くなる子どもたちがどうしたら今日も生きていたか。立法府の想像力が試されています。〉

三宅 玲子(みやけ・れいこ)
ノンフィクションライター
熊本県生まれ。「ひとと世の中」をテーマに取材。2024年3月、北海道から九州まで11の独立書店の物語『本屋のない人生なんて』(光文社)を出版。他に『真夜中の陽だまり ルポ・夜間保育園』(文芸春秋)。

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