NHKの2025年前期朝ドラ『あんぱん』が始まった。次世代メディア研究所代表の鈴木祐司さんは「史上最低の視聴率となった前作の影響か、朝ドラ視聴習慣をなくした人が多く、第1回放送は苦戦したが、その後は右上がりで、今後大化けするとの声もある」という――。
初回は、前作の初回視聴率を下回ったが…
今田美桜『あんぱん』が始まった。
過去最低の平均視聴率となった橋本環奈『おむすび』のあとを受け、質量ともに一挙に挽回する勢いのロケットスタートだった。快進撃の要因は何か。データを含めて分析してみた。
25年前期の朝ドラは、『アンパンマン』の作者・やなせたかしと暢夫妻をモデルにしたオリジナルドラマ。
第1週「人間なんてさみしいね」の初回は、前作の初回視聴率を下回り、〈「おむすび」下回る歴代ワースト3のスタート〉などと揶揄する記事も出た。しかし、それは早計にして、浅はか。冷静に視聴データを分析すると、これは『おむすび』が過去最低となった影響で、『あんぱん』は逆境を覆すべく、視聴者に高く評価されていたことがわかる。
前作と今作のスタート直後の3回を比較してみよう(図表1)。
『おむすび』初回では、冒頭数分後のタイトルバックで離脱してしまった人が一定数いた。「お話しは面白くない」「テンポが悪い」「これから面白くなる気がしない」などで見切った人たちだが、2話3話と数字を落としており、物語の序盤で失望した人が続出したことがわかる(TVS REGZA「視聴データ分析サービス」から)。
一方、『あんぱん』は対照的なデータとなった。
まず初回を見ると午前8時の時点で前作よりかなり低い。ひとつは7時台の『おはよう日本』が見られなくなっている点が原因だ。そして別の要因としては、過去最低視聴率となった『おむすび』で、朝ドラの視聴習慣を失った人が少なくないことも予想される。
SNSにも、それを裏付ける声が寄せられている。
「朝ドラあんぱん観るの忘れた(おむすびリタイアして朝ドラ観る習慣が無くなってた)」
「この半年で朝ドラ視聴習慣がなくなってしまったから、明日からはまたじっくり見る習慣に戻さないと」
「朝ドラ視聴習慣のある日々の再開。あんぱん楽しいー」
『あんぱん』の好評価は、15分間の数字にも如実に表れている。
3回とも右肩上がりとなっているが、フラットなままだった『おむすび』とは大きく異なる。やはり視聴習慣を失った視聴者が、途中で気づいてどんどん見始めている様子が浮かび上がる。
内容の評価を示すデータ
『あんぱん』は視聴率を急回復しているが、その理由は物語の面白さにある。それを示すデータがスイッチメディア「TVAL」にある。
24年前期の『虎に翼』(伊藤沙莉主演)の冒頭3回とラスト3回、24年後期『おむすび』、そして『あんぱん』冒頭3回の各層視聴率の推移を比べてみよう(図表2)。
『虎に翼』は冒頭3話がほぼ横ばい。そしてラスト3話が個人全体で微増だが、65歳以上の女性では増加が顕著だった。男社会の法曹界に挑んだ女性の物語だった『虎に翼』は、冒頭こそ言葉の硬さなどで戸惑った視聴者がいたようだが、65歳以上の女性を中心に半年でファンを増やしていた。
一方『おむすび』は、冒頭3回で多くの層に逃げられた。
SNSにも残念な書き込みが少なくなかった。
「1話から、つまらんオブつまらん」
「軽さに耐えられなくて脱落しますわ」
「ストーリーにあまり奥行きを感じないので見続けるモチベーションを保つのが難しい」
結局ラストまでに多くの視聴者が脱落し、結果として過去最低の視聴率を記録してしまった。
では『あんぱん』はどうだろうか。
個人全体はほぼ横ばいで顕著な変化は見られない。ところが「65歳以上の女性」では回を追うごとに率が上昇し、同様の軌跡を描く「ドラマ好き」では『虎に翼』の冒頭やラストも上回った。この勢いだと第2週以降も数字を上げ、多くの人が朝ドラの視聴習慣を取り戻す可能性を感じさせる。
スピード感と喜怒哀楽
では『あんぱん』がロケットスタートを切った要因は何だろうか。
やはりSNSの声にいくつも表れている。
「分かりやすい導入、濃いキャラ設定、今後に期待できます」
「スピード感がある」
「のぶの感情変化がジェットコースター過ぎて」
まず特筆すべきは、物語の展開の早さ。初回のオープニングは、中年期ののぶ(今田美桜)と嵩(北村匠海)場面。
タイトルバックがあけると高知県御免与町の駅で、主人公の幼少期“ハチキンおのぶ”(永瀬ゆずな)他の主要な人物が一挙に登場する。
そして学校で悪ガキにいじめられる嵩(木村優来)をのぶが助けるが、崇の弱さに腹を立てたのぶは「東京に帰れ」と言ってしまう。ところが崇が父を亡くしたことを知り、直ぐに謝りたくなる。
そして初回のラストはパンとの出会い。
2話では、「東京に帰れ」と言ったことを詫びたのぶは嵩と仲直り。
そして家では父に「女子も大志を抱け」「夢を持て」とのぶは鼓舞される。
3話では、母・登美子(松嶋菜々子)が嵩を置いて高知に行ってしまう。
のぶは嵩を守ると宣言し、二人の心がはじめて通じ合う。シーソーで始まった3回はシーソーで終わったが、しみじみする展開が印象的だった。
ところが4話でのぶの父が旅先で急死する。
5話で描かれた父の葬儀でも涙を流さなかったのぶだが、翌日御免与駅に行き父の姿を探してしまう。そんなのぶに居合わせた嵩が、のぶと父の最後の別れのシーンを描いた絵を見せる。ここでのぶは初めて落涙する。
そして第1週のラストはのぶの家。
悲しみに沈むのぶの家族に、草吉(阿部サダヲ)が焼きたてのあんぱんを配る。これにより家族は生きる力を取り戻すが、ここで医者である嵩の伯父(竹野内豊)の言葉が視聴者の中に蘇る。
「生きちゅうき悲しい。生きちゅうき苦しい。生きちゅうき、いつか元気になって笑える日がくる」
中園ミホの脚本
第1週のタイトルは「人間なんてさみしいね」だった。
アンパンマンで始まり、あんぱんで終わる、スピード感と喜怒哀楽の溢れる展開だった。特に関心するのが、やなせたかしが書いた「アンパンマンのマーチ」の歌詞が、ドラマ内に随所に描き込まれていた点だ。
「なんのために生まれて 何をして生きるのか」
「忘れないで夢を こぼさないで涙」
登場人物のセリフや物語の展開が、まさに人々の生きるという行進を示唆していた。
中園ミホの本は流石という他ないレベルだが、SNSにも絶賛の声がたくさん集まった。
「安定感抜群」
「昨日も泣いて今日も泣いて」
「ドラマの深いテーマが心に響く」
「これは大化けするんじゃないかな」
中園はこれまでもヒット作をいくつも書いている。民放では恋愛もの、医療もの、そして朝ドラでは、日本語翻訳者の半生を描いた作品もてがけている。
『やまとなでしこ』(主演:松嶋菜々子)、『ハケンの品格』(篠原涼子)、『ドクターX〜外科医・大門未知子〜』(米倉涼子)、『花子とアン』(吉高由里子)。
これまでの話題作に負けないほどの名朝ドラになる予感に満ちた1週間だった。
「私、失敗しない」ですが、「それが何か?」。
そんな声が聞こえたのは筆者だけだろうか。
鈴木 祐司(すずき・ゆうじ)
次世代メディア研究所代表 メディアアナリスト
愛知県西尾市出身。1982年、東京大学文学部卒業後にNHK入局。番組制作現場にてドキュメンタリーの制作に従事した後、放送文化研究所、解説委員室、編成、Nスペ事務局を経て2014年より現職。デジタル化が進む中、業務は大別して3つ。1つはコンサル業務:テレビ局・ネット企業・調査会社等への助言や情報提供など。2つ目はセミナー業務:次世代のメディア状況に関し、テレビ局・代理店・ネット企業・政治家・官僚・調査会社などのキーマンによるプレゼンと議論の場を提供。3つ目は執筆と講演:業界紙・ネット記事などへの寄稿と、各種講演業務。