1994年に「週刊少年サンデー」で連載開始した『MAJOR』。累計発行部数は5,500万部を突破し、NHKで放送されたTVアニメは全6シリーズにわたり長期放送された。現在、「週刊少年サンデー」では続編となる『MAJOR 2nd』が連載されており、茂野吾郎の息子、大吾の活躍が描かれている。
漫画家・満田拓也さんは、約20年にわたり、茂野吾郎と大吾の物語を描いてきた。ダ・ヴィンチWebでは満田さんに独占ロングインタビューを実施。『MAJOR』初期の構想や野球漫画を描き始めたきっかけ、高校編、メジャーリーグ編、そして『MAJOR 2nd』と時系列に沿って、初めて語られるエピソードの数々を聞いた。
野球漫画を描く自信が全くなかった
ーー本日はよろしくお願いいたします。さっそくですが、『MAJOR』構想のきっかけを教えていただけますでしょうか?
満田拓也(以下、満田):水島新司先生の『球道くん』のような、子どもが成長していく物語にしたかったんです。『がんばれ元気』『俺たちのフィールド』『六三四の剣』など、お父さんがそのスポーツの先駆者で、父が死んでしまって…という作品が他にもたくさんありますよね。僕もそういった作品を作ってみたいなって。
ーー過去のインタビューでは「甲子園を目指すような漫画は描きたくなかった」と仰っていましたが、それはどのような意図だったのですか?
満田:それはもう、先輩方がそういったテーマの作品をたくさん描いていて、自分がそれを超える面白いものを描ける気が全くしなかったからです。そもそも、デビュー作で大好きだった野球を避けて、バレーボール漫画を描いたのも自信がなかったからなんですよね。それに、仕事にしちゃうことで野球がもし嫌いになったらすごくイヤじゃないですか。
それで、野球漫画の『キャプテン』をベースに、違うスポーツをやらせようって始まったのが『健太やります!』だったんです。
ーー『健太やります!』完結後、それほど自信がないと思っていた王道の野球漫画をスタートしたのは、どんな心境の変化があったのでしょうか。
満田:『健太やります!』はおかげさまでそれなりにヒットしたのですが、漫画家として長くやっていくためにも「2作目は大ヒットさせないといけいない」という気持ちが強くありました。だったらもう覚悟を決めて、野球漫画に正面から取り組んでみようと腹をくくったわけです。
早く“中学生編”を描きたかった
ーーここからは時系列に沿って『MAJOR』のことを色々お聞かせください。過去に「アンケートがふるわず我慢の時期だった幼少期編」と仰っていたようですが、これがあることで吾郎の人生を描く『MAJOR』という作品にすごく深みが出たのではないかと思っています。
満田:そうですね。今振り返ると、ちゃんと描いておいてよかったなと思います。幼児の話は少年漫画の基本からズレますし、回想シーンにするなり飛ばすなりする手もあったんですけどね。読者アンケートに関しては、僕は初期からずっと中学生編が描きたくて、人気が出るのもそこからが勝負だと思っていました。「早く吾郎が大暴れするのを描きたい!」って。
ーー私はリトルリーグ編からリアルタイムで読ませていただいているのですが、横浜リトル戦なんて最高に面白かったですし、当時から既に人気が高かったと思います。
満田:ありがとうございます。でも、リトル編の途中までは「打ち切りかもしれない」という感覚は持っていました。当時は“少年野球の敵キャラ”って描くのが難しいなと思ってましたね。どんなに悪そうに描いても所詮子どもじゃん、という気がしていたんです。
ーーサンデーの連載では、小学生の吾郎が転校したことがチームメイトに告げられる回の翌週、中学生に成長した吾郎が巻頭カラーで登場しましたよね。あれはとても衝撃的でした…。
満田:元々、僕は『あしたのジョー』の矢吹丈が好きで、ああいうキャラクターを描きたいと思ったのが漫画家を志したきっかけの1つでした。だから『健太やります!』の健太はちょっといい子すぎて面白味がないと思い、前田という直情的なキャラクターをチームメイトとして登場させたんです。
ーー言われてみると、前田は中学生以降の吾郎にビジュアルがすごく似ています。
満田:そうそう、そうなんです。本当は前田のようなキャラをピンで主人公にするのが理想で、『MAJOR』ではそれを成就させた形ですね。リトルリーグ編まで吾郎はそこまでいきり散らかせなかったですけど、中学編からは弾けたというか、満を辞していきり始めた感じ(笑)。
ジャイロボールはリアリティがなくてもいい
ーー高校生編の海堂3軍、夢島編あたりからいよいよ吾郎が剛速球投手として開花したように思います。先ほど『球道くん』のお話もありましたが、高校生時代に163km/hを出した中西球道をモデルにした面もあったのでしょうか?
満田:中西球道に限らず、あだち充先生の作品もそうですし、ほとんどの野球漫画は剛速球投手が主人公でしたから。野球漫画を始めるにあたって、そこからは逃げちゃいけないなと思って自然と直球派になりました。
ーー吾郎の代名詞となったジャイロボールは、作品世界を飛び越えて現実でも広く知られるようになりました。
満田:そうですね。ジャイロは僕が生み出したわけではなく、スポーツ科学者の手塚一志さんが唱えていた理論を、許可を取って使わせていただいたものです。「ジャイロボール」という言葉の響きが漫画っぽくていいなと思ったんですよね。
ーーボールがドリル回転する、というのも漫画的でかっこいいですよね。
満田:実際は漫画のようなストレートではなく落ちるボールだという話もあるんですが、まあ別にでたらめでもいいんですよ。リアリティがなくても面白い方がいいよな、って最近は思っています。
ーージャイロボールを投げ始めた頃から、投球モーション時、吾郎の周りに風が起こるような描かれ方をしています。球速表示などではなく、ビジュアルでいかにも速いのがわかりますよね。
満田:そういう風に見えたなら嬉しいです。これは誰かの真似をしたわけじゃなく。自分なりに「もっとすごい球に見えるようにするにはどうしよう」と考えた末、竜巻をイメージした大げさな表現方法にしたんです。
海堂高校戦は最終回のつもりで描いた
ーー吾郎のストレートは、絶体絶命のピンチに想いが乗るとより速く凄まじい球になるのが本当にかっこよくて。海堂高校戦はその究極だと思っています。
満田:ありがとうございます。海堂戦の最後は、最終回のつもりで怨念を込めて描きました(笑)。
ーー怨念、というのは?
満田:当時インターネット上で、吾郎が海堂高校を辞めて聖秀高校に行く展開についてめちゃくちゃ叩かれていたんですよ。僕としては、地区予選を描く際に、海堂を超えるライバルを出せないと思ったんです。それで吾郎を転校させました。その設定に正解も不正解もないと思うんですけどね。
ちょっとショックも受けたんですが、海堂高校戦のラストは、批判に対するアンサーとして「俺はこれが描きたかったんだよ!」と、とにかく頑張って描いた記憶があります。これで面白くなかったらごめんなさいだけど面白かったら許せ、という。
ーー最後は吾郎のボークで負けてしまいますが、その前の眉村に対する投球は誌面からも鬼気迫るものが伝わってきました。
満田:棄権しようというチームメイトに対して、ボロボロの吾郎が「俺が海堂を倒すためにとってきたわがままに対して責任を取ってねえ。」と言うシーンがあるんです。あれは僕の台詞でもあって、自分が描きたいように描いた物語の責任を取らないといけないと。その執念で描き切った気がします。「俺はこれがいいと思って描いてるんだ!読んでみてくれ!」みたいな(笑)。
茂野吾郎の半生にけりをつけた
ーー「海堂高校戦を最終回のつもりで描いた」とのことですが、元々の構想では、メジャー編まで描く予定はあったのでしょうか?
満田:最初のビジョンで言うと、吾郎がメジャーリーグに行くと言って旅立ち、メジャーのマウンドに立ってる絵で作品を完結させるつもりでした。メジャーリーグそのものを描く気は全くなかったです。
やっぱり、スポーツ漫画ってトーナメントの地区予選が一番面白いんですよ。エピソードがしっかり描かれたライバルと、負けたら後がない状態で戦うから盛り上がるわけじゃないですか。甲子園や全国大会でいきなり登場したキャラクターと戦っても、なかなか感情移入しにくいですよね。
ーーそうですね、すごくわかります。
満田:ましてや、プロ野球やメジャーリーグなんてもっと難しいなと。優勝決定戦とかポイントを絞れば描けないことはないけど、基本的には少年漫画に向いていないテーマだと思います。『グラゼニ』の「年収」みたいな角度があれば、大人向けの漫画としては面白くなるんですけどね。
ーー結果として『MAJOR』はアメリカに渡ってからもWBCを彷彿とさせる国際大会や、ワールドシリーズなどを描き、30巻以上も連載が続きました。
満田:先ほどお話しした「後がない」という状態をメジャーリーグの世界で作るのが難しく、メジャー編を描いていた当時は毎週苦しんでいましたけど、「つまらないものは絶対に出したくない」と思っていました。結果として「メジャー編が好き」と言ってくださる読者さんが多くて、頑張って描いてよかったと思っています。
ーー最終回のラストはとても感動的でした…。
満田:ありがとうございます。第1話をなぞることで茂野吾郎の半生を描いた作品にけりをつけたという自負はあります。長く読んでくださった読者さんへの責任は一応なんとか取れたかなと。
「絵が古い」と言われたらサンデーで描くべきじゃない
ーー『MAJOR 2nd』についてもお聞かせください。小学生編を経て、現在は中学生編がクライマックスを迎えています。
満田:小学生編は吾郎の息子、大吾の「2世の葛藤」をテーマに描きました。中学生編は「女子野球」が大きなテーマで、僕的には主人公は佐倉睦子なんです。群像劇というか、睦子を中心としたたくさんの女子キャラクターで優等生の大吾を囲むような、自分なりのハーレム物を描いているような感じです(笑)。
ーー過去のインタビューで「果たして自分は女性キャラクターの描き分け、キャラ付けもできるのだろうかという、新たな挑戦をした」と語っていました。以前から満田先生の描く女性キャラは評判だったと思いますが、やはりそこは力を入れられているのでしょうか?
満田:僕は熱血の野球漫画を描きながらも、女性キャラクターはかわいいと言われたいんです(笑)。女性に限らず野球のシーンも含めて、今でも絵については精進しているつもりです。やっぱり「絵が雑になった、古い」と言われるのが一番の屈辱。
ーーそこはもう、プライドみたいなものがある?
満田:そう。もし「絵が古い」と言われ始めたら、もう僕はサンデーで描くべきじゃないと思うんですよ。だから、絵に対するモチベーションはめちゃくちゃ高いです。
ーー群像劇という言葉もありましたが、王道の睦子はもちろん沢さんやアニータ、千代姉など様々なタイプの女性キャラがみんな魅力的だと思います。
満田:ありがとうございます。そこだけは頑張ってますから(笑)。
吾郎の復活はあるのか?
ーー最後にひとつだけ質問させてください。どうしてもファンとして夢想してしまうのが「吾郎の復活」なのですが、可能性はあるのでしょうか?
満田:それね。それは、うん…ときどき考えます。吾郎は野球選手として年齢的にはきつくなってきましたけど、引退はしていないわけで。まあ、漫画の世界だしやれなくもないかなって。ただ、そうは思うんだけど、いざ描きはじめてめちゃくちゃな展開で吾郎のキャラを崩してしまったら、それこそ読者に対する大きな裏切りなので。
『MAJOR 2nd』はあくまで大吾の物語ですし、吾郎の野球人生晩年のストーリーは「少年サンデー」でやっちゃいけないと思うんですよね。それはもう『あぶさん』みたいなものなので(笑)。
ーー少なくとも今は、大吾の物語である『MAJOR 2nd』を描き切ることが最優先だということですね。
満田:はい、中学生編は責任を持って最後まで描き切る必要があると思っています。その先の甲子園やら、さらに飛躍した野球人生を描くとなると、一度踏み込んじゃったらそこの責任も取らなきゃいけなくなるじゃないですか。僕ももう還暦なのでいつまで描き続けられるか不安もあり、中学生編以降のことはまだちゃんと決めていないんです。
ーー本日何度も「責任」という言葉を使われていますが、読者に対しての責任感みたいなものが執筆のモチベーションになっているのでしょうか。
満田:そうですね。それはすごく大事なことだと思っています。やっぱり、あなたのような、10年20年と長く読んでくださっている読者がたくさんいてくださる作品だと思うので、その方々をガッカリさせるようなことは絶対にしたくないんです。漫画って終わり方がすごく重要なので、ちゃんと『MAJOR 2nd』の最終回を描かないといけないなと思っています。
ーー『MAJOR』『MAJOR 2nd』と20年以上、吾郎ファミリーを描き続けていますが、漫画家として全く違うものを描いてみたいという欲求はあるのでしょうか?
満田:それはさすがにもうないですね。先ほど吾郎の復活の話もありましたが、「ビッグコミックから声がかかったらそれもアリかな?」とか考えたりもするんです(笑)。でも、僕は少年漫画しか描けないタイプだとも思っていて。だから、そういった欲求は特にないですね。今、吾郎の家族を通して好きな野球を描いて飯が食えて、本当に幸せ者だなと思います。
取材・文=金沢俊吾