「じゃあね、ちゃんと食べて体に気を付けてね」と笑顔だけど名残惜しそうな母。
「バイバイ~またね!」とラフに靴を履いて出ていく妹。
最後まで寡黙に軽く手を振る父。
スリッパを履いたままいつも通りの雰囲気で、「気を付けて帰ってね~」と送り出す私。
これは、私が大学在学中に幾度となく繰り返してきた光景だ。
◎ ◎
高校を卒業し大学進学をきっかけに、私は自由気ままな一人暮らしライフを始めた。ホームシックにもさほどならず、そもそも家族と連絡も頻繁にとっていたし長期休暇には必ず帰っていた。
県外とはいえ実家から車で2時間ほどのところに住んでいたからか、実家から一人暮らしの家に戻る時は都合が合えば必ず両親が車で送ってくれて、高確率でそれに妹もついてくるのが恒例だった。
出発の時は一人で出たワンルームに、「ただいま」と「お邪魔します」を混ぜながら玄関に入る。いつもは一人で広々過ごしている部屋が窮屈に感じるのも、いつものことだ。実家では流れていないCMを横目に空気を入れ替えたり冷蔵庫の整理をしたりして、陽が落ち始めたら「じゃあそろそろ帰ろっか~」と誰かが言い始める。
一人の時間が大切な私は、寂しい気持ちと一人の生活がまた始まる安心感で内心そわそわしながら帰る準備をし始める家族を見守る。支度を終えて玄関で冒頭のようなお決まりのやりとりを繰り返して、ようやく静かにドアが閉まる。が、数秒後には私はドアを少し開きエレベーターを待っている家族に再度静かに手を振る。これもお決まり。
しかし、これまで50:50でバランスが取れていた寂しい気持ちと一人になれる嬉しさの比重が、なぜかここから崩れ始める。
◎ ◎
私を送ってくれた車は、いつもベランダ側の窓から見下ろせる駐車場に止めていた。だから私と別れた家族がエントランスから出てきて、車に荷物を詰めているところも丸分かりだ。寂しさ70:安心30。父が運転席、母が助手席、妹が後ろの席に乗る。エンジンがかかる。きっと車内では「忘れ物ない?」「夕ご飯どうする?」なんて会話をしている。寂しさ90:安心10。
帰路方向真っすぐの道を車が走っていく。ギリギリ見える突き当りの道を左折して、いよいよ車が見えなくなっていく。寂しさ120:安心0。
この時間が私はどうしたって堪らない。次々と溢れる涙をどうにも止めることができない。もし「忘れ物しちゃった〜」なんて家族が戻ってきたら、隠しきれないほどの号泣だ。そんなことは今まで一度だってないけれど。
一人暮らしをすると誰にも相談せずに決めたのも私。一人の時間が大切なのも事実。それなのに私以外の家族を乗せた車を見送る時、(置いていかないで...置いていかないでよ!)なんて気持ちになる。まるで、初めて園に預けられる子供のようだ。
◎ ◎
一人暮らし1年目ならまだいいが、結局4年目になっても変わらず泣いていた。さらに付け足すと、見送る側だけでなく、見送られる側でも同じように泣いていたことを白状する。家族の都合が合わず新幹線や高速バスで実家から戻る際は、駅やバス停のホームまでは平常心なのに無事席に座った瞬間から顔がぐしゃぐしゃになる。この時ばかりは周囲の人間に悟られないように必死だ。
長期休み前になると必ず「いつこっちに帰ってくるの?」と家族や友達から連絡が来るが、ここにも私なりの秘密のこだわりがある。
それは、帰省の時は「帰る」、その逆は「戻る」を使うことだ。だから「〇〇日に帰るよ!」、「〇〇日にはもう向こうに戻らなきゃいけない〜」なんて伝え方をする。別に、実家から一人暮らしの家に「帰る」という言葉を使っても、誰も気にも留めないだろう。
それでも、私の中では「帰る」のはいつだって思い出が詰まってるあの実家なのだ。「ただいま」って言ったら「おかえり」って出迎えてくれるあの実家だけなのである。
一人暮らし10年目を前にして今でこそ泣かなくなったが、寂しい気持ちに変化はない。
次また会う時までどうか家族がみな無事で健康のままでいられますように、と願いながら手を振る。
不穏な事件も予測できない病気も太刀打ちできない自然現象も、どうか、どうかまた私が帰るまでは。
■ハズレのプロフィール
静岡県出身。HSP、であり、INFJ、であり、読書とオオカミが好き。