少子高齢化により、札幌のまちでも人口減少が始まっています。
そんな中、市は持続可能なまちづくりを進めるため、「共生のまちづくり条例案」を制定します。
性別、年齢、民族など「あらゆる違い、多様性を認め合う」というのが内容ですが、一部の市民から反対の声が出ていました。いったい、なぜなのでしょう。
イスラム教徒たちの学校をのぞいてみると
昼休みに、教室内にアラビア語が響きます。
イスラム教の礼拝は1日5回、学校であっても欠かせません。
札幌市東区にある、「札幌インターナショナルスクール」は4年前、道内で暮らすイスラム教徒たちによる宗教法人、「北海道イスラミックソサエティ」によって建てられました。
英語、日本語、アラビア語の3つを学び、将来は世界中の大学から進路を選ぶことができるよう、カリキュラムが組まれています。
学校での子どもたちの姿は
ある教室では、小学校低学年の子どもたちが算数を学んでいました。
授業は基本的に、英語で展開されています。
「Me!Me!」子どもたちは元気いっぱいに挙手をして、笑顔で先生にアピールします。
今いる生徒は全員がイスラム教徒ですが、バングラデシュ、インドネシア、エジプト、ナイジェリアなど、国や文化は様々です。
ランチタイムに食べるお弁当も、それぞれの国の食文化がみてとれます。
保護者の多くは、北海道大学での研究をきっかけに来日していました。
日本の小学校に通っていたため、流暢な日本語を話す女子中学生のロジャインさん。
「自分の国とは違う文化を知って、『へーそうなんだ』って興奮する。日本の大学で医者になりたい。日本語を頑張らないと」
科学者である母の研究のため、妹とともに来日したナイジェリア出身の男子中学生、アブドゥッラーくん。
「将来はアフリカに住む人たちが互いに発展できるよう助け合いたい」
生徒たちはここで夢や希望にあふれています。
モハメド・シェハタ校長は子どもたちが将来的に、世界中で活躍できる人材になることを期待しています。
「学校にいろんな文化があり、子どもたちにとって異国から来たアイデンティティに誇りをもてるようになった」
校舎の中には、パレスチナ自治区・ガザの平和を願う作品があちこちに飾られています。
小学校6年生のアハメドくんは、「自分たちの家族だと思っている」と私たちに説明してくれました。
外国人材はまちづくりの大切な存在に
札幌市における、過去10年の外国籍の市民の数は10年間で約2倍。
少子高齢化により、さらに外国人材がまちづくりの大切な存在になると予測されます。
また千歳に次世代半導体工場ラピダスが建設される流れから、札幌にも外国人材を呼び込み、まちづくりに生かしたいと考えています。
そこで札幌市が制定をめざしたのが、「札幌市誰もがつながり合う 共生のまちづくり条例」。
年齢や障害、性的指向、国籍、あらゆる違いを尊重したまちづくりを目指す「多様性」に言及した初めての条例です。
札幌市ユニバーサル推進室の松原卓也推進担当課長は、この条例について「理念を共有するところからスタートしたい」と話します。
「例えば障害がある高齢者もいて、いろんな課題や立場が複合化している。分野間連携や組織間連携を進めるきっかけになればいい」
これまでそれぞれの部局で取り組みは進められてきましたが、分野横断的に解決できる体制をつくりたいというのも条例の狙いです。
札幌市は3月末で閉会する市議会でこの条例案を可決し、4月から実施します。
そんな条例案に「待った」を呼びかける集会が、札幌市内で開かれていました。
いったい何が問題なのでしょう。
条例案に「待った」も
集会を主催した「日本らしい多様性を考える会」の道あさひ代表は「議論が進んでいない問題性をはらんでいることもあるかもしれない」と答えます。
自身をバイセクシャルであると公表する道さん。
トランスジェンダーの当事者など、多くの人たちと関わり話を聞いた経験から、条例案に「NO」ということを決めたといいます。
「障害者や年齢、LGBT…カテゴリー内での困りごとや価値観はさまざま。『専門家が考える価値観』が共通理解の普及とされてしまう可能性がある」
さまざまな違いを一括りにし、それぞれの分野から選ばれた委員だけでつくる条例は、一面的で一方的なものにすぎないと指摘しています。
イスラム教のイメージはよくないと思うけど、本当は…
札幌市北区にあるイスラム教の礼拝所「モスク」。
宗教法人が運営し、国内外からの寄付金で2023年に完成しました。
金曜日はイスラム教徒にとって、大切な礼拝の曜日。
平日の正午でありながら、多くの人たちがつめかけました。
2・3階には男性、4階には女性が集まります。
この日は、大雪。
礼拝が始まる前には集まった女性たちが、窓にうつる雪景色を背景に写真を笑顔で撮りあっていました。
イスラム教徒=ムスリムの数は、道内で1万人を超えると言われています。
札幌市に住む多くは、北海道大学の学生や研究者たちです。
宗教法人・北海道イスラミックソサエティの会長で、北海道大学で歯学を研究するモハッマド・トゥフィック会長。
日本人が、メディアの影響から持っているであろうイスラム教の「イメージ」と、自分たちの暮らしの「現実」のギャップをこんな言葉で語ります。
「イスラム教のイメージは世界的に見たらそんなに良くないと思っている。本当はイスラム教は戦争大嫌いです」
自分たちは尊重されている
モハッマド・トウフィックさんは、妻のラビバさんと長女と長男の4人家族です。
ラビバさん特製のバングラデシュ料理を用意し、歓迎してくれました。
炊き立てのビリヤニに、あつあつのチキンカレー、鶏肉のあげもの、スパイシーな良い香りが食卓を包みます。
ともに2007年に国費留学生として札幌市に来たときは、赤ん坊を抱えての来日だったといいます。
ラビバさんは「子どもたちの面倒をみるのにそれほど苦労しませんでした。日本の環境は子育てをするのにとてもよかったです」と子育ての日々を振り返りました。
子どもたちは2人とも、日本の高校に通っています。
幼稚園から中学校までも日本の学校に通い、日本の大学への進学を目標に勉強を頑張っているといいます。
イスラム教の文化に興味を示す友人も多く、家に遊びに来ることもあると話し、「自分たちは尊重されている」と感じています。
長男のユーフスさん(16)は小学生のときのクラス会で、「クリスマス会」ではなく宗教に関わらない「お楽しみ会」に名前を変えて開いてくれたことについて話し、「たった1人のためにも配慮してくれてとても優しいなと思った」と振り返ります。
長女のタスィンさん(17)は学校で、「私が食べられないもののリストを送ってと言われて、送ったらそれが入っていないものをお土産に買ってきてくれた」と友人たちの優しさにふれています。
2人とも、宗教や国籍のちがいを理由に学校の友人たちから嫌なことを言われた経験はないといいます。
子どもたちの友人の様子から、トゥフィックさんも日本で暮らすことに「心配なことは全然ない」と笑顔で話してくれました。
話さないとわからない
一方で、札幌市の、多様性を認め合う社会を目指す条例に対し、市民の一部からは「価値観の押し付け」、「外国人の受け入れによる治安の悪化」などを懸念する声が寄せられています。
武蔵野大学グローバル学部の神吉宇一教授は、「周りと同じ」をよしとする環境の中で育つ日本人は、多様性を受け入れる耐性が比較的弱いと指摘します。
「同じように考えて話ができる人たちなんだという接点を持っていくことが極めて大事。ちゃんと対話的にやっていく。どこまで認め、どこまでなら妥協できるということを折り合わせていくプロセスが『共生』だと思う」
トウフィックさんも、お互いの文化を消し合うのではなく、まずはお互いに知り話し合ってくことが、ともに暮らす社会に必要だと考えます。
「海外の人が来たらわからないことがいっぱいある。日本の文化はすごく良い文化だから私たちも習いたい。それを習う方法が欲しい。人間として一番大事なのは、相手のいいものは受け取って、自分を変える。話さないと、友達にならないとわからない。いろんなダイバーシティ(多様性)があればいいと思う」
「対話」をどう生み出すか、これからの社会に生きる全員が直面する課題です。
文:HBC報道部・泉優紀子
編集:Sitakke編集部あい
※掲載の内容は取材時(2025年2月17日)の情報に基づき、一部情報を更新しています。