3月28日より『BETTER MAN/ベター・マン』が劇場公開されます。本作は日本でも大ヒットした『グレイテスト・ショーマン』を手掛けたマイケル・グレイシー監督の最新作かつ、世界的ポップシンガーのロビー・ウィリアムスの伝記映画。しかし、まったくもって普通のアプローチがされた内容ではありません。
世界的ポップシンガーを「猿」として描く映画
何しろ、そのロビー・ウィリアムスこと主人公を「猿」として描いているのですから。しかも、劇中で猿であることを周りから気にされる描写は一切なく、あくまで「観客にだけ猿に見えている」という体(てい)で話が進むのです。同作は第97回アカデミー賞で視覚効果賞にノミネートされており、その奇抜なアイデアはもとより、後述するように「猿が当たり前に圧巻のパフォーマンスをしていること」、それにより「今までに見たことがない」光景が広がることが大きな魅力となっていました。
実際のロビー・ウィリアムスをまったく知らなくても楽しめる、そのほかの予備知識も特には必要としない、分かりやすくエンタメ性に満ちた内容です。そのことを前提として知ってほしい、いや「身構えておくべき」要素があることも事実。一挙に紹介しましょう。
1:PG12指定納得の過激さ! 違法薬物の使用や『鬼滅』のような残酷さも?
本作の最大の注意点は、PG12指定(12歳以下には保護者等の助言・指導が必要)がされていることです。
映倫(映画倫理機構)の指定理由は「各種違法薬物の使用の描写がみられる」となっていますが、このほか、性的な話題もあり、「Fワード」も頻出。さらに女性のヌードがはっきりと映ったりするので、筆者個人としてはそのレーティングではやや甘いとさえ思えました。
そんなわけで作風ははっきりと「過激」ですし、さらに言えば「下品」とも取れます。確かに中学生未満のお子さんには積極的なおすすめはしづらく、大人でも不道徳な内容を赤裸々に描いていることは覚悟のうえで見たほうがいいでしょう。
また、詳細は伏せておきますが、アニメ『鬼滅の刃』で見たような「首が斬られて飛ぶ」シーンも1カ所だけあります。なぜポップスターの伝記映画でそんな残酷な場面が……? と思われるかもしれませんが、その意外な演出にも必然性と面白さがありましたし、そこも含めてやはり過激さこそを打ち出した内容なのです。
2:「正しい」主人公じゃない! 幼少期からの父親への愛憎入り交じる感情も重要
PG12指定がされるほどの過激さや下品さは、決して露悪的なだけではなく、本作が描こうとしている物語には不可欠だと思えることが重要でした。何しろ、主人公のロビー・ウィリアムスはちっとも「正しい」人物なんかじゃなく、むしろ自虐的に「ダメで間違っていること」を描く内容だと言ってもいいでしょう。
もちろん、大筋は何者でもなかった少年がオーディションに挑み、ボーイズバンドのメンバーに選ばれ、10代にして世界的なスターダムにのし上がっていく……という王道のサクセスストーリーです。それと並行して、「父親」への複雑な思いが、彼の人生に大きな影響を与えていたことが同作の重要な要素になっています。
ウィリアムスが3歳の時に両親は離婚し、父親は息子ではなくスタンダップコメディや歌に全力を注ぐような人物でした。無償の愛を注いでくれたのは祖母の方で、幼少期のウィリアムスが完全に「おばあちゃんっ子」なのはほほ笑ましいものの、息子の自分を放任して夢を追いかけるような父親に、愛憎入り交じる感情を抱き続けていることも伝わるでしょう。
そして、ウィリアムスは人気者になるにつれて「荒れて」しまいます。彼はパフォーマンスで世界中の人を魅了する一方で、やはり父親へのコンプレックスが根強いためか、表向きには豪快な言動をしていても、それは不安を抱えて自信も失っていることの裏返しなのだと思えてきます。
違法薬物にも思いっきり手を出しますし、ついには決定的な失敗もして、大切な人との別れ、人生のどん底も経験します。そんな風に表向きは世界的なポップスターでも、心の内の寂しさや矛盾した行動、時に「それは絶対ダメだ!」と思ってしまうことさえも包み隠さない内容であり、そのためにはPG12指定がされるほどの過激な描写にも必然性があると思えたのです。
3:ウィリアムス自身が自分を猿だと語っていた
そうした1人の人間の葛藤や矛盾を描きながら、それほどセンチメンタルにはならない、むしろ「いっそスガスガしく」見られるところが、本作の大きな特徴かつ魅力でもあります。その理由の筆頭が、やはり主人公を「猿」として描いてることです。
何しろ、猿は人間に近い知能の高い動物である一方で、「頭が悪い」「浅薄」といった蔑称のように用いられることもあります。劇中でウィリアムス自身が猿として描かれることも、「しょせん自分は猿のよう」だと自虐しているようにも思えます。
例えば、冒頭からウィリアムス自身のナレーションがあり、「オレをこんな風に思っているんだろ?それも完全に正しい!」というような挑発的な言葉から物語が始まったりもしますし、全体的な言動も自虐を通り越した「開き直り」が気持ち良くさえ感じられます。何より、全力で観客を楽しませ、自分自身も楽しんでいるようなパフォーマンスにも、「なるほどこれは猿っぽい」と納得できたのです。
主人公を猿として描くアイデアも、実際のウィリアムスが「自身を猿と例えていたから」だったりもします。グレイシー監督は彼に会うたびに「僕は猿のように後ろで踊っている」「僕は完全に心ここにあらずだったのに、まるで猿のようにパフォーマンスするためにステージに引っ張り上げられた」などと口にするため、しばらくして「それならばいっそのこと、映画の中のロブを猿として描くのがいいのではないか? 」と思ったのだとか。
そうした浅薄さや自虐が劇中の猿には確実に込められている一方で、逆説的にウィリアムスというその人の「本質」に触れるような感覚にもなるのも重要でした。何しろスクリーンに映し出されるのは、ある種の動物的な本能、あるいは「無邪気」ゆえの言動をする猿=ウィリアムスの姿であり、だからこそ彼が深く傷つき絶望する心境がギャップとなり、人間の姿よりもより切実で強く気持ちを揺れ動かされる感覚があったのです。
ちなみに、劇中でのウィリアムスによるナレーションの大部分は、もともとは映画のためのものではなく、1年半をかけて録音した複数のインタビューから取られたものだったのだとか。ウィリアムスの演奏をモーションキャプチャーをして、その表情や物腰までをも忠実に参照し、猿のキャラクターに落とし込んだ(実際に演じたのは俳優のジョノ・デイビス)ことに注目なのはもちろん、そのナレーションもまた「本物」なのです。
4:賛否もあった『グレイテスト・ショーマン』と本質は似ている?
グレイシー監督の『グレイテスト・ショーマン』は絶賛される一方で、物語および主人公像には賛否もありました。
そちらは「地上最高のショーマン」とも呼ばれた実在の興行師であるP・T・バーナムを描いた作品であり、彼は客観的には「フリークスと呼ばれる人たちを利用して金儲けをした山師」というネガティブな捉え方もできるからです。
とはいえ、劇中で彼を絶対的に正しい存在としているわけではなく、「利己的な面もあるし間違った言動もしているが、彼に才能を見出された人たちが救われてもいたことも事実」だとしっかり描かれてはいました。しかし、きらびやかなパフォーマンスも相まって、“良い話”のように見えてしまうバランスに居心地の悪さを感じた人は一定数いたようです。
今回の『ベター・マン』では、ある意味で『グレイテスト・ショーマン』にも存在していた「主人公の正しくなさ」を、かなり強調する形で描いています。その意味ではグレイシー監督の作家性は一貫していますし、実は『グレイテスト・ショーマン』と『ベター・マン』は似た話といっても過言ではありません。
前述してきたように、『ベター・マン』はやはりネガティブなイメージもつきまとう猿の姿で主人公を描き、父親へのコンプレックスや違法薬物の使用なども赤裸々に映し、主人公はその行動や言動によって自分も周りも傷つけていきます。1人の人生が周りに良い影響も悪い影響も及ぼす描写は、『グレイテスト・ショーマン』にも共通している点です。
ちなみに、『グレイテスト・ショーマン』の主演であるヒュー・ジャックマンは、自身の役のバーナムに言及する時はいつも「ロビー・ウィリアムスのように」と表現していたそうです。スタッフ全員の間でも、「ショーマンシップ」「自信に満ちた態度」「音楽性」「パフォーマンス」において、必ずロビー・ウィリアムスを引き合いに出すというのがジョークにもなっていたのだとか。
ヒュー・ジャックマンにとって、現実のウィリアムスが、バーナムを演じる指針になっていたことを鑑みると、より『グレイテスト・ショーマン』と『ベター・マン』はある種の「姉妹作」のように、面白く見られるかもしれません。
5:ストリートを封鎖して撮影した長回しのダンスシーンがスゴすぎる!
そんな風に『ベター・マン』は大胆でトリッキーなアプローチがされた映画ながら、主人公が挫折から復帰する王道のサクセスストーリー&伝記映画、かつ圧巻のミュージカルであり、正統派の面白さもまた魅力の作品。映画館で没入して鑑賞する意義を存分に感じられるでしょう。
その中でも本作の白眉は、ロンドンのリージェント・ストリートを封鎖して行われた『Rock DJ』が歌われるダンスシーンです。撮影間近にエリザベス女王の逝去により撮影が延期されたものの、何度もシミュレーションを繰り返しての再撮影が行われ、同時に500人以上の人たちが踊るという前代未聞のチャレンジは、尋常ではない「長回し」のカメラワークも相まって、とてつもないゴージャスさと高揚感がありました。
ほかにも『She’s The One』が歌われるロマンティックな船の場面では巨大なヨットのセットを作り上げた上で撮影、『Let Me Entertain You』のパフォーマンスでは3万人を越えるエキストラによる撮影と2003年に行われた実際のコンサートのライブ映像がミックスされるなど、その労力と技術のかいがある圧巻の映像を目の当たりにできることでしょう。
おまけ:連想した「正しくなさ」を描く映画は?
最後に余談ですが、この『ベター・マン』から強く連想した映画は2つあります。その1つが2019年の『ロケットマン』で、こちらはエルトン・ジョンの半生を描く内容ながら過激な描写が多くPG12指定で、やはり世界的な歌手の「正しくなさ」を描く内容が一致しています。
さらに連想したのは、2022年の『バビロン』。『ラ・ラ・ランド』のデイミアン・チャゼル監督作ながらR15+指定になるほどの過激さで、映画の黄金期の「正しくなさ」をブラックコメディーのように描く内容のため、「汚いラ・ラ・ランド」「漫☆画太郎の描くニュー・シネマ・パラダイス」とも揶揄(やゆ)されるほどでした。
この2作も併せて見てみて、「実際にあった良くないことも描く」映画の魅力を、もっと知ってみるといいでしょう。この『ベター・マン』もまた、感動のラストを迎えるようでいて、やっぱり主人公の正しくなさや自虐もはっきり示している、ある種の「振り切った」印象も含めて、やはり面白いと思えるのですから。
この記事の筆者:ヒナタカ プロフィール
All About 映画ガイド。雑食系映画ライターとして「ねとらぼ」「マグミクス」「NiEW(ニュー)」など複数のメディアで執筆中。作品の解説や考察、特定のジャンルのまとめ記事を担当。2022年「All About Red Ball Award」のNEWS部門を受賞。
文:ヒナタカ