坂本龍一との出会い
南 琢也さんは1980年代後半からデザインや音楽など、さまざまな分野で表現活動をしているアーティスト。そんな彼が最初に坂本龍一作品に関わったのは、坂本龍一+高谷史郎によるインスタレーション「LIFE - fluid, invisible, inaudible…」だったと語る。
「2007年にYCAMで制作・展示された作品ですが、そのときにポストカードとポスターのデザインをしました。もともと史郎さんとは〈ダムタイプ〉の仕事でご一緒する機会が多く、このときも“ちょっとデザインして”って言われて参加しました。その後、『async』でも史郎さんのアートワークを主軸にしたデザインを頼まれました。直接坂本さんからデザインの依頼をいただいたのは、『12』のジャケットが最初ですね」
2023年1月にリリースされ、坂本龍一の生前最後となったアルバム『12』は、李禹煥(リ・ウファン)によるドローイングが印象的なジャケット。南さんがデザインを依頼されたときには、既にそのドローイングを使用することは決まっていたそうだ。
「最初から李さんのビジュアルを使ったパッケージにしたいということで依頼をいただきました。なので、僕が担当しているのはタイポグラフィー……文字組みの部分です。僕は絵は描けないんで、イラストレーションとかのデザインはしません。オリジナルのビジュアルを作るというよりは、文字をどう組んでいくかというところに興味があるんです。
ジャケットのデザインをするときもまず文字を組んでみるところから始めるのですが、既存のフォントだとうまくフィットしないことが多いので、文字の1つ1つのフォルムを整えていく作業はよくやっています。ほぼこのフォントでいけそうだなっていうのがあるんですけど、どうにも気に入らないところもあって、そこを修正したフォントを作成して使っています」
映像における“無”に呼応した黒基調のデザイン
そんな南さんが『Opus』のジャケットデザインを手掛けることになったのは、後に映画『Opus』として結実する2022年末の配信ライブにおいて、タイトルと字幕、エンドロールの文字組みを担当したからだという。モノクロが印象的な映像を観た瞬間、南さんはジャケットは黒基調にするしかないと思ったという。
「映像というのは光をどう留めていくかという作業ですよね。映像における“無”は黒なので、ジャケットを黒をベースに展開していこうと決めました」
『Opus』のCD/DVD/Blu-rayの内ジャケット、アナログのスリーブ、そしてBOXセット『Opus - objects』の箱は、いずれも非常に質感の高い黒で仕上げられている。
「白い紙に黒で印刷するのではなく、黒紙を使っているからですね。問題は黒紙ってすぐ傷だらけになることです。傷が目立たないようにするコーティング方法はいくつかありますが、commmonsさんが作られるものは常に環境に配慮されているので、ポリプロピレンを使わずに傷が目立たないようにするコーティング方法について検討を重ねました。その結果、保護するという意味も兼ねてCDではジャケット本体に紙を巻いてカバーにしています。
CDにカバーを付けるっていうのは、史郎さんと一緒に『LIFE - fluid, invisible, inaudible...』のDVDジャケットを作っていたときからやっていることで、本のようなパッケージを目指して作っています。CDやレコードは音を記録するメディアですけど、本は文字を記録するメディア。CDにカバーを付けることでその両方を兼ね備えています」
いずれのジャケットでも、質感の高い黒紙に“Ryuichi Sakamoto”そして“Opus”という文字が浮かび上がるように印刷されている。
「“Ryuichi Sakamoto”にはシルバーを、“Opus”には黒箔を使っています。黒い空間の中でシルバーと箔とで響き方を変えているイメージですね。音楽で言うと違う楽器が演奏されているような感じです」
南さんの仕事が徹底しているのは、CDやDVD、Blu-rayを収めているトレイまでも黒にした点だ。
「トレイにはリパックというスウェーデンで開発されたものを使っています。通常はバージンパルプ100%の白紙を使用しているんですけど、今回は黒で作ってほしいと無理なお願いをしました。この黒紙は英国のFSC認証を取得した紙で、カーボンオフで黒くした紙なんです。『Opus』のデザインをするにあたって、映像のように情報の無い部分は全部黒くしたいなと思っていたんです。だから、“ブックレットも黒紙でつくりませんか?”って提案したんですが、さすがに可読性的にも問題があるし、やり過ぎだろうということで通常の白い紙になっています」
坂本龍一が発した音のエネルギーは失われず続いていく
CD、DVD、Blu-ray、アナログ、そしてBOXセット。いずれの『Opus』も質感が高く、商品というよりもはやアートピースのような趣がある。
「商品パッケージを作るというよりは、坂本さんが発した音を記録・保存するメディアをデザインしていくイメージで作りました。“音って何なのかな?”みたいなことを考えるわけなんですけど、音って拡散し、減衰し、聴こえなくなっていくじゃないですか。ですが、音のエネルギー自体はそのまま残る……空気や水など媒介するものとの摩擦で熱エネルギーに変換されるらしいんですよ。だとすると、発信された音のエネルギーは失われることがなく、ずっと続いていく。坂本さんから発せられた音が響きながらずっと継続して続いていくような、エネルギーが失われずに続いていくようなイメージですね」
Information
Opus - objects
最後のピアノソロコンサートを追体験できる豪華盤ボックスを1,000点のみ初回生産限定盤で発売。身蓋箱に、アナログ、ブックレット、収録時に坂本龍一本人が使用した譜面の完全複製、匂い香がコンパイル。ブックレットにはインタビュー完全版(監督:空音央、録音・整音:ZAK、編集:川上拓也、調律:酒井武)と全曲解説、オフショット写真を収録。『Ryuichi Sakamoto | Opus』収録時に本人が使用した20曲分の譜面(レプリカ)を封入。坂本龍一の書き込みや筆跡に思案の様子が窺える。2020年のRyuichi Sakamoto Art Box Projectのアートディレクターを務めた緒方慎一郎が、東洋の香り文化を現代に再解釈して提案するKAORIの「匂い香」、“YOKA”シリーズより坂本龍一のために調合された“SAKAMOTO”という香りとサシェが同封。2022年8月に坂本龍一が緒方とともに京都の松栄堂を訪れ、素材を選んでつくりあげた「坂本龍一の香り」。映画の収録の合間に実際に香りを聞いて気持ちを整え、収録後の私生活でも常に傍に置いていた香りだ。「匂い香」の説明書には「for Jóhann」作曲当時の手書き譜面がデザインとしてあしらわれている。
profile
南琢也(グラフィックデザイナー、アーティスト)
みなみ・たくや/京都市立芸術大学大学院造形構想修了。成安造形大学教授。
学生時代にダムタイプと藤本由紀夫に出会う。以降30年以上にわたり両者の様々なプロジェクトに関わる中で多くを学ぶ。1980年代後期より様々な名義でアートティスト・コレクティブによる表現活動を行う。現在はSoftpadメンバーとして、インスタレーション、パフォーマンス、サウンド、デザイン分野などを横断しながら、それぞれのメディアの境界線と接点を探る。音・文字・グラフィックの関係性における研究を行う藤本由紀夫監修のプロジェクト「phono/graph」メンバー。