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A24製作『ベイビーガール』のハリナ・ライン監督が明かす、大胆な物語に込めた秘めたる願望「普通になりたい」

  • 2025.3.27

A24とニコール・キッドマンがタッグを組み、第81回ヴェネチア国際映画祭で最優秀女優賞を受賞した『ベイビーガール』(3月28日公開)。「A24史上、“最高に挑発的!”」と謳われる本作は、キッドマン演じる、“すべてを兼ね備えた完璧なCEO”が、若きインターンに秘めた欲望を嗅ぎ分けられ、力関係が逆転。燃え上がる危険なパワーゲームにはまっていく様を描いたエロティック・エンタテインメントだ。主演を務めたキッドマンによる、堂々たる肉体美を含めた圧巻の演技と、若きインターン役のハリス・ディキンソンの繊細でミステリアスな魅力が見事に絡み合い、観る者を予測不能なスリルへと誘っていく―。このほど、MOVIE WALKER PRESSでは、ハリナ・ライン監督にオンラインインタビューを実施。本作に込めた想いや、制作の裏側について聞いた。

【写真を見る】ニコール・キッドマン演じるCEOのロミーを飼い犬のように手名付けるハリス・ディキンソン

「A24と一緒に製作を行うことで、『映像作家として、よりクリエイティブになれる』と確信しました」

本作の制作過程について「すべてがチャレンジングだった」と、振り返るライン監督。「もともと私は小さな国であるオランダ出身で、これまでに手掛けてきた作品は、国の助成金などで賄ってきた小規模なものでした。それが、今回はアメリカで撮影することになり、いきなりこれだけの規模まで膨れ上がったわけです(笑)。スタッフの数も増えますし、これだけの大スターたちが顔を揃えるとなれば、演出する側としては当然緊張しますよね。精神的にも、肉体的にもかなりの挑戦を強いられるシーンが多い作品でもありますし、すべての責任を監督である私一人で背負う必要があるので」

キッドマン演じるロミーとディキンソン演じるサミュエルによる駆け引きはまさにスリリング! [c] 2024 MISS GABLER RIGHTS LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

パソコンの画面越しであっても、身振り手振りを交えながら、ユーモアたっぷりに苦労話を語るライン監督の表情は、とても溌剌としていて、やりがいに満ちている。監督が「聞いてよ!」と言わんばかりに、眉間にしわを寄せながら「大変だった…!」と語れば語るほど、フランクで魅力的な人柄が伝わってきて、「この監督の現場だったら、過酷な撮影でもなんとか乗り越えられそう」と妙に納得させられてしまうのだ。

映画界の最前線を駆け抜けるスタジオA24とタッグを組むことで得られたメリットについて、監督はこのように説明する。「これは別にA24がアメリカの会社だからというわけではなく、たとえどこの国の製作会社であったとしても非常に珍しいことなのですが、『A24はアーティスティックな自由を作り手側に与えてくれる』という点に尽きますよね。監督や作家のビジョンをしっかり守ってくれますし、それどころか『より大胆に、より大きな挑戦をしなさい』と私たちの背中を押してくれるんです。彼らと一緒に製作を行うことで、『映像作家として、よりクリエイティブになれる』と確信し、アメリカへの移住を決めました」

若いインターンに惑わされ、魅了されていくロミー… [c] 2024 MISS GABLER RIGHTS LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

物語は、ニューヨークでテック関係の会社のCEOとして成功を収めているロミー(キッドマン)が、インターンとしてやってきたサミュエル(ディキンソン)と出会い、禁断の関係へと足を踏み入れていくところから始まる。アントニオ・バンデラス演じる舞台演出家の優しい夫ジェイコブと2人の娘に恵まれ、私生活も誰もが憧れる暮らしを送っているにもかかわらず、心の底に満たされない渇きを抱えていたロミーは、サミュエルの挑発的な魅力に抗えず、次第に深みにはまっていく。

「“蜜を味わうために道を踏み外してしまう人の物語”をおもしろいと感じる」

本作を制作するうえで、ライン監督が「インスピレーションを受けた」と明かすのは、エイドリアン・ライン監督の『ナインハーフ』(86)や、ミヒャエル・ハネケ監督の『ピアニスト』(01)、そして1990年代に一大ブームを巻き起こした、ポール・ヴァーホーヴェン監督の『氷の微笑』(92)を始めとする、エロティック・スリラーの数々。だが、それらの多くは男性監督と男性脚本家によるもので、女性側の視点で描いた作品が少ないと感じていたライン監督は、自身の創作のテーマとしている「真っ当な人間になりたい」という願望と、「たとえリスクを負ってでも、自分の欲望に忠実でありたい」という、一人の女性の内に併存する複雑な心理にフォーカスを当てながら、真俯瞰を多用した斬新なカメラワークとアップテンポな音楽で彩り、先の読めないセクシャルなパワーゲームをスリリングに展開させていったのだ。

【写真を見る】ニコール・キッドマン演じるCEOのロミーを飼い犬のように手名付けるハリス・ディキンソン [c] 2024 MISS GABLER RIGHTS LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

「人は危険なものにこそ惹かれてしまう生き物であり、たとえそれが自分にとって“毒”であると頭で理解はしていても、なぜかそちらのほうに流されてしまう傾向がある。ロミーはサミュエルとの秘密の関係や経験を通じて、“自分を愛する方法”を探っていくわけですが、その過程において、彼女がこれまで必死で築き上げてきたはずの、社会的地位や大切な家族さえすべて一瞬で失いかねないような、大きな賭けに出てしまう。つまり、リスクを冒してまで彼女は自らの欲求を満たそうとするんです。映画であれ、舞台であれ、“蜜を味わうために道を踏み外してしまう人の物語”をおもしろいと感じるからこそ、私自身もこういったテーマを選んでいるんでしょうね(笑)」

「私自身の“普通になりたい願望”が、実は色濃く反映されています」

スリルを求めてしまう一方で、「いかに自分が普通の人間になって、周囲に溶け込むことができるか」についても、監督は「日頃から考えずにいられない」のだという。どこか相反する考え方のようにも聞こえるが、その理由について、監督はこう明かす。「私はコミューンで生まれ育ち、“グル”(宗教的・カルト的な指導者のこと)に名前をつけられたんです。いわゆる一般家庭で育った人たちとは生い立ちが大きく異なるので、子どものころから『自分は普通ではない』と感じてきたんです。劇中、ロミーが夫のジェイコブの前で『私はただ普通になりたい』『あなたが好むような女性になりたい』と泣きながら告白する場面があるのですが、あのセリフには、私自身の“普通になりたい願望”が、実は色濃く反映されています。人は誰しも『完璧でありたい』と望みながらも、同時に『自分の気持ちに素直になりたい』とも考えていると思うのですが、その2つの感情を両立させることは実は非常に難しくて、自分が思い描く“理想像”になかなか到達できないがゆえに『私は完璧な人間ではないから愛される価値がない』と自己嫌悪に陥ってしまう。それこそが、本作を通じて私が描きたかった、ロミーの問題点でもあるんです」

「『ベイビーガール』を気に入ってくれた方には、メイ・エル・トーキー監督の『罪と女王』もオススメ! 」と教えてくれたハリナ・ライン監督 [c] 2024 MISS GABLER RIGHTS LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

「ニコールのすばらしいところは、役を通じて弱さを見せることにまったく抵抗がないこと」

本作でロミー役を演じるキッドマンについて、「この地球上で最も優秀な女優の一人だと思っています」とライン監督は絶賛するが、驚くことに本作が実現した経緯は、ライン監督の劇場映画デビュー作品『Instinct』に深い感銘を受けたキッドマンが、自ら監督に会いに行き、「将来一緒にできるプロジェクトはないか」と持ち掛けたことに端を発するという。

キャリアを積み上げてもなお、新しい表情を見せ続けるニコール・キッドマン [c] 2024 MISS GABLER RIGHTS LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

「ニコールのすばらしいところは、世界中に名が知れた“大スター”と呼ばれる地位まで昇りつめて成功していても、役を通じて弱さを見せることにまったく抵抗がないということ。彼女は常に自分自身の内面を深く掘り下げて、彼女の中に眠っている、まだ誰も見たことがないような新たな側面を、私たちの目の前にさらけ出してくれるんです」

一方、サミュエル役を演じたディキンソンについて、「『ブルックリンの片隅で』や『逆転のトライアングル』で彼が演じる姿を観てすぐに気に入った」と明かすライン監督は、「彼もニコールと同様、本当にすばらしい才能にあふれた俳優で、“弱み”を見せたと思った次の瞬間、支配的な一面をのぞかせることができる。ユーモアのセンスもあり、一緒に仕事をしていてすごく楽しかったです」と振り返る。

『ベイビーガール』ではハリス・ディキンソンの魅力を存分に堪能できる [c] 2024 MISS GABLER RIGHTS LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

「ハリスが演じたサミュエルというのは、どこか天使のような存在でもあるんです。支配的な立場に立っているように描いてはいるのですが、実はすごく感性が豊かで、たとえ大型犬が相手であろうとも(笑)、自分の目の前にいる存在が求めているものを本人が自覚するよりも早く汲み取って、常に先んじて行動に出るんです」

とはいえ、監督がサミュエルをZ世代に設定した背景にはこんな理由があるという。「実は、『BODIES BODIES BODIES/ボディーズ・ボディーズ・ボディーズ』という映画を撮った時に、出演者である若者に対して似たような側面を感じたんです。いわゆるZ世代と呼ばれる彼女たちには、少しサイキックなところがあって。言葉を交わさずとも、相手がなにを考えているのか感じ取れるようなところがあるんです。ひょっとすると、携帯電話を肌身離さず持ち歩いているから特殊な能力が備わっているのかもしれませんが(笑)。そんなZ世代的な側面をサミュエルに反映させたかったというのもあります。サミュエルは、人によっては『ただのファンタジーじゃないか』という見方もできると思うんです。あれだけ若いのに達観したようなところがあり、目の前の相手を適切にケアすることができるうえに、成熟した年上の女性にオーガズムも与えることができる。現実世界にはそんな完璧な人物はいないと思います(笑)」

安定感抜群のアントニオ・バンデラス演じる、夫ジェイコブの心情変化にも注目! [c] 2024 MISS GABLER RIGHTS LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

さらに、ロミーの夫ジェイコブを演じたバンデラスについても、「この作品に温かみや人間味をプラスしてくれた」と称えるライン監督。肉体派で危険な男のイメージが強いバンデラスとは正反対とも言うべき“寝取られ夫”という意外な配役だが、そのギャップも相まってバンデラス演じる夫がより作品を立体的にしている。

「私にとって日本という国は特別な存在」

最後に、映画の終盤、日本企業が唐突に登場する理由について、監督に尋ねてみた。「舞台女優をしていた頃に何度も東京を訪れたのですが、すべていい思い出ばかりなんです。日本はとても美しく、どこか精神的なつながりみたいなものを感じたわけです。私にとって日本という国は特別な存在だから、ストーリーに反映させることにしたんです。できることなら満開の桜の木の下でサミュエルが犬と戯れるシーンを撮りたかったのですが、残念ながら予算的に叶わなかったので、せめて名前だけでもと(笑)」果たしてどんなシーンで日本が登場するか、ぜひ“耳を澄ませて”観てほしい。

「じゃじゃ馬ならし」の公演で日本を訪れた際、際どい描写もあったものの、多くの人たちが作品を受け入れてくれたばかりか観劇後すばらしい反応を見せ、率直な意見をくれた経験から、「日本の観客の感受性の豊かさを信じている」というライン監督。「日本はアメリカ以上に性に対して保守的であり、抑圧されているとも言えますが、実はその文化の根底に流れているものは、世界中のどの国よりも大らかでオープンなような気もしているんです。本作も日本の観客の皆さんに楽しんでもらえるのではないかと確信していますし、そうであることを願っています」と期待を込めて語った。

取材・文/渡邊玲子

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