当事者として、そして首長として、子育てと子育て支援の施策に取り組む文京区・成澤廣修区長。2回にわたって「子ども起点」で考える区長の施策についてお聞きしましたが、第3回は、文京区の教育施策について。教育機関が集まる文京区で、どのような教育を進められているのでしょうか。
お話を聞いたのは…
文京区 成澤廣修区長
文京区本郷出身。暁星学園幼小中高、駒澤大学法学部卒業、明治大学公共政策大学院修了、修士(公共政策学)。当時全国最年少の25歳で文京区議会議員に初当選、第37代・第40代文京区議会議長、2007年、文京区長に就任。
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―文京区といえば、「教育」。国立の教育機関もあり、人気や期待も高いのではないでしょうか。
成澤区長:文京区で教育を受けさせたいという人がすごく多いんです。テレビ等で取り上げられたことで、文京区の特定の小学校に行くと中学受験に成功するというような「神話」が勝手に作られたんですね。全く根拠はないんですけどね。その近隣のマンション価格が上がるなどの現象も起きています。それはそれとしても、教育を考えるときには、世界で活躍できる人材をどう育てていくのか、ということが求められていると思っています。その一つが探究学習と思いますが、他区でもなかなか苦戦していますね。
―文京区では違う方策ですか。
成澤区長:文京区では2024年度に国際バカロレア機構(IBO =International Baccalaureate Organization)と協定を結んで、今後、IBメソッドを教員研修に取り入れていきます。探究型の思考方法が、世界で羽ばたく青少年たちを育成するために大切だということ、また、インターナショナルスクールも含め世界の高校ではIBスコアをもとに、世界の優秀な大学に行く人たちが増えていることも周知の事実ですね。でも、文京区ではIB認定校を作るのではなく、公立学校の先生たちのマインドセットを変えていくため、まずは教員研修に取り入れることにしました。
―それは小学校と中学校の先生が対象ですか。
成澤区長:そうです。探究学習というのは、学習指導要領にもある「対話的な深い学び」につながるものですね。それをまず教員のマインドセットからしていこうと。
―都内でも都心の区では、中学生となるとそもそも私立や国立の学校に行く子どもが多いですね。文京区もその傾向があると思いますが、その点についてはどうお考えですか。
成澤区長:文京区は、区立小学校から国立私立などの中学校に進学する子が52%で、区立は48%。区立の中学校に行く子どもが少ないという点においては、23区でトップです。以前は、この傾向を止めるためにどうするのかということが問われましたけれども、そこは本人も含め保護者の選択でもあって、国立私立に行くことが「悪」ではないと思うんです。東京都では、高校への授業料の補助なども始まっていますが、公教育としては、経済的な理由で私立などに行かれなくても、例えば、IBのようなことも取り入れるなど、しっかりとした教育が担保されるように、引き続き考えていきたいと思っています。
―今の子どもたちは、将来に向けて、いろいろな能力を身につけることが求められています。例えば、「対話的深い学び」に必要な思考力・判断力・表現力、それから批判的思考や主体性など学習指導要領に明記されていますし、従来から言われている英語力なども引き続き求められていると思います。これらに加え、将来世代を担う小学生が、低学年から身につけていくこととしては、どのようにお考えですか。
成澤区長:よく「ディベート力」が必要だと言われますが、本当かな、と思うんですよね。
―なるほど。それはなぜですか。
成澤区長:ディベートって、相手を打ち負かす話法ですよね。例えば、営業マンが、自社の製品を売ろうとして、打ち負かしちゃったら、売れないと思うんですよね。今、特に高校や大学でディベートの授業をやっていますが、私はそれより、合意形成能力とプレゼンテーション能力が必要だと思っているんです。
―それには私も同意します。
成澤区長:自分の思ってることを正確に伝えられる力と、それによって合意形成力を高めていくということですね。相手を批判するよりも、自分の「好き」をちゃんと人に伝えられる力がある方が、将来、どこに行っても通用できると思うんです。そのためにプレゼンテーション能力の授業を課外活動でやったりしています。そういう流れの中でIBO との連携も出てきました。具体的なカリキュラムは教育委員会で考えることですが、大きな枠組みという意味で、IBOとの協定を結ぶことにしました。
―新しい教育などは、なかなか学校単体や、ましてや教師一人ができることではないので、区長が「合意形成能力を育てる」というようなことを掲げることはとても大きいと思います。それによって、区の方針になりますから。
成澤区長:先日、徳川宗家第19代当主の徳川家広さんにお会いしたときに、一番美しい日本語は「平和」だとおっしゃるんです。「平」はNo War、つまり戦争がない状態。ポイントは「和」である、と。英語のpeaceは、No Warなので、どちらかというと「平」。ですから、「和」こそが日本的であるということなんですね。それは「合意形成」につながることだと思いました。私も学生の頃は大学対抗のディベート大会なども出たりしていましたけれど、社会人になって一度も、使ってないですから(笑)。
―成澤区長には、「お人柄」によって、ディベート力は必要ないですね(笑)。教育へのリーダーシップも期待しています。
成澤区長:ありがとうございます。「子ども起点」の教育をしっかり考えていきます。
取材・文/政治ジャーナリスト 細川珠生
政治ジャーナリスト 細川珠生
聖心女子大学大学院文学研究科修了、人間科学修士(教育研究領域)。20代よりフリーランスのジャーナリストとして政治、教育、地方自治、エネルギーなどを取材。一男を育てながら、品川区教育委員会委員、千葉工業大学理事、三井住友建設(株)社外取締役などを歴任。現在は、内閣府男女共同参画会議議員、新しい地方経済・生活環境創生有識者会議委員、原子力発電環境整備機構評議員などを務める。Podcast「細川珠生の気になる珠手箱」に出演中。
(細川珠生)