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4億年前に植物でも動物でも菌類でもない未知の多細胞系統がいた可能性があると判明

  • 2025.3.26
4億年前に植物でも動物でも菌類でもない未知の多細胞系統がいた可能性があると判明 / Credit: Painting by Mary Parrish, National Museum of Natural History

4億年も昔、いまだ大森林が地上を覆う前の時代──その地表には、高さが最大8メートルに達した可能性がある「巨大キノコ」のような姿がそびえ立っていたと、長らく信じられてきました。

化石の名称は「プロトタキシテス (Prototaxites)」。専門家のあいだでは「これは古代の菌類だ」という説が根強く、一部には「巨大な藻類」や「極めて原始的な針葉樹」といった主張もあり、19世紀半ばの発見以来、約160年以上にわたり学説が大きく揺れてきたのです。

ところが、イギリスのエディンバラ大学(University of Edinburgh)で行われた研究によって、この生物が既知の植物でも動物でも、さらには菌類ですらないことを示す証拠が明らかになりました。

この発見は、古代陸上生態系のイメージを根本から変えうるもので、植物や菌類の進化史からはみ出す「未知の多細胞生物」が、かつて数メートルから8メートル級の巨体で大地に根を下ろし、その土地の生態系を支えていたとしたら──と想像をかきたてます。

いったい、この不可思議な生物の正体は何なのでしょうか?

研究内容の詳細は『bioRxiv』にて発表されました。

目次

  • プロトタキシテスの正体:植物か、菌類か、別次元か?
  • 4億年前、地上を覆った“偽巨大キノコ”

プロトタキシテスの正体:植物か、菌類か、別次元か?

4億年前に植物でも動物でも菌類でもない未知の多細胞系統がいた可能性があると判明 / この図は、共焦点レーザー顕微鏡(CLSM)やAiryscan技術を利用した高解像度画像と3D再構築結果を示しています。ここでは、プロトタキシテスの内部に存在する3種類の管状組織(細い管、太めの管、そして特有の厚みを持つ管)と、それらがどのように複雑なネットワークを形成しているかが明確に描かれています。また、メドゥラリースポットにおけるCredit:Corentin C. Loron et al . bioRxiv (2025)

プロトタキシテスという化石が最初に学界で注目されたのは、約160年前の19世紀半ばでした。

そのころの研究者たちは、断片的な化石から見えてくる“巨大な管状の構造”に強い衝撃を受け、「原始的な針葉樹のような巨大植物ではないか」「菌糸(キノコの繊維)にそっくりだから大型キノコでは?」といった多彩な説をめぐらせました。

一部には「地衣類(菌類と藻類の共生体)の祖先が巨大化したのでは」という大胆な推測まで飛び出し、確固たる結論に至らないまま長い時を経てきたのです。

そもそもプロトタキシテスが生きていた約4億年前のデボン紀初期は、地球上にまだ大きな森林が出現していませんでした。

もしこれが本当に“巨大キノコ”だったとしたら、草木の少ない地表で何を分解して栄養を得ていたのか、あるいは植物に近い特徴をもつなら光合成をしていたのか──それらはどれも、古代の陸上生態系を考えるうえで大きな興味を引きます。

また藻類説に基づけば、海にいた生物が一時的に陸へ進出した可能性まで想定でき、学説はめまぐるしく入れ替わっていました。

実際に過去には、同位体比の分析から「光合成とは違うパターンを示すため、他の生物を分解する菌類のようだ」と報告され、“巨大キノコ説”が一時的に強まったことがあります。

しかし、植物に多いフェノール性物質が見つかったとするデータも発表され、「やはり植物寄りかもしれない」と再び考えがひっくり返る──そうした論争が絶えず起きてきたのです。

こうした混乱に新しい視点をもたらしたのが、スコットランド北東部の「Rhynieチャート」です。

約4億年前の陸上生物がタイムカプセルのような状態で残されており、初期の植物や小さな節足動物、菌類なども同じ地層から見つかっています。

保存条件がほぼ共通していることから、同じ環境にいた仲間として、化石同士を直接比較しやすいのが大きな特徴です。

実際、ここから出た真菌の化石にはキチンがはっきりと残っており、プロトタキシテスとの違いを照らし合わせる絶好の材料にもなりました。

ところが、プロトタキシテスそのものは化石によって大きさや断片の状態がまちまちで、有機物の割合もバラバラ。

ひとつの標本だけで全体像をつかむのは難しかったという事情があります。

「管の構造が菌糸っぽい」「リグニン様の化合物がある」など数々の報告がありましたが、しっかり一本筋を通せる仮説はなかなか見当たりませんでした。

そこで研究チームは、Rhynieチャートから新たに見つかった大型標本を使い、高度な顕微鏡観察や分子分析で徹底的に比較検討することにしたのです。

4億年前、地上を覆った“偽巨大キノコ”

4億年前に植物でも動物でも菌類でもない未知の多細胞系統がいた可能性があると判明 / この図は、ATR-FTIRスペクトルから得られたデータを用いて行ったCanonical Correspondence Analysis(CCA)の結果を示しています。各サンプルの分子指紋が、真菌、植物、その他の古生物群とどのように相関しているかがプロットされ、特にプロトタキシテスのサンプルが他のグループと明確に分離している点が強調されています。/Credit:Corentin C. Loron et al . bioRxiv (2025)

今回の研究ではまず、大型のプロトタキシテス化石を強力なフッ化水素酸(HF)などを用いて溶かし込み、石英質を除去して有機物だけを抽出するという方法が取られました。

イメージとしては“酸のお風呂”に化石を漬け、岩石の部分をそぎ落として中身を取り出す感覚です。

この工程は危険も伴いますが、ふだんは石英に埋もれて見えない細胞壁やバイオマーカー(生物特有の化合物)を鮮明に捉える上で重要なステップとなります。

続いて、取り出した有機物を「赤外線を使った分子の指紋検出器」にかけ、どのような化学結合を持っているかを隅々までチェックしました。

もしキノコの仲間なら、細胞壁にキチンやキトサンが含まれるので特定の波長を吸収するピークが現れるはずです。

同じ地層から採取した真菌化石・植物化石と比較しながら、どこが似ていてどこが異なるのかをはっきりと浮き彫りにしました。

さらに、顕微鏡観察ではレーザーを使って内部構造を3次元的にスキャンし、管(チューブ)同士がどう繋がっているかを立体的に再現。

驚くのは、キノコの菌糸のように単純ではなく、太さや形が異なる複数のチューブが複雑に絡み合うネットワークをなしていたことです。

これらの手法を総合的に駆使した結果、プロトタキシテスには次のような特徴が見出されました。

多くの化石研究は、「形(形態学的特徴)」をもとに「これは植物っぽい」「キノコっぽい」と判断しがちです。

しかし今回の研究では、危険な酸処理を含む抽出、赤外線による分子指紋解析、3D顕微鏡による詳細な内部構造の可視化といった複数の手法を組み合わせ、しかも同じ地層から得られた菌類や植物などと比較するという総合的なアプローチを行いました。

そうした最先端の技術をフル活用した結果、プロトタキシテスが既存の植物や菌類、ましてや動物のいずれにも属さない可能性が非常に高まったのです。

言い換えれば、4億年前の地上には、私たちがまだ想像すらしていない“未知の多細胞生物の系統”がいたかもしれない──その驚きを形にしたのが今回の研究だといえるでしょう。

この生物が活躍していたとされる約4億年前は、まだ森林が十分に発達しておらず、陸上生態系としては過渡期でした。

それゆえ、もしプロトタキシテスが数メートルから最大8メートルもの高さに達していたなら、当時の地表環境に相当なインパクトを与えていたはずです。

ところが、今回の分析では腐生(サプロトロフィー)的機能を示す化学指紋は見当たらず、キノコのように地表の落ち葉や倒木を分解する役割でもなかった可能性があります。

その生態やライフスタイルは、私たちの想像を超えた未知の領域にあるかもしれません。

今後は、世界の他地域からもプロトタキシテスに似た化石が見つかるのか、あるいは全く別の絶滅系統が潜んでいるのか──そうした探索が進むにつれ、4億年前の地球が、想像をはるかに超える“別世界”を抱えていたことが、さらに明確になるかもしれません。

元論文

Prototaxites was an extinct lineage of multicellular terrestrial eukaryotes
https://doi.org/10.1101/2025.03.14.643340

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

ナゾロジー 編集部

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