90歳を超えてなお、現役の女優として、華やかな輝きを放つ草笛光子さん。4月4日から、最新主演映画『 アンジーのBARで逢いましょう』が公開されます。映画のこと、ファッションのこと、草笛さんに聞きました。
大事なのは、着飾ることより土台 が大事
どこか浮世離れした風貌で、ある日ふらりと街へやってきたアンジー。自ら「お尋ね者なの」という彼女はいわくつきの物件を借り、街の人びとを巻き込みながらBARの開店へと突き進みます。揺るぎない自分を持ちながらもサラリと自由に生きる彼女との出会いが、街の人びとの心を揺り動かしていく物語です。
「最初はよくわからなかったんです、なんとなく西部劇のようで。流れ者が街にやってきてひと騒動を起こす、そんな話で。でも、今の時代にこれをやるのは面白いなと思いました。自由気ままに生きているアンジーは好きですね。演じたことのないような役柄で、‟訳アリ”の役というのもやってみたかったので、死ぬ前に出来てよかったです(笑)。映画『デンデラ』でご一緒した天願大介さんのオリジナル脚本で、ぜひやらせていただきたいなと。松本(動)監督とは初めてでしたが、私の問いかけに親切に細かく答えてくださった。とにかく自由にやらせていただきました」
深いえんじ色のワンピースに帽子でバリエーションをつけて、アンジーは見た目も個性的です。プライベートでもファッションに注目の集まる草笛さんが着こなすと、何者!? と驚かせ、それでいて心惹かれるヒロインになるから不思議。
「アンジーの衣装は1着だけ、いつも同じ。え? 1着!? と思いましたけど、映画ではそれがファンタジー要素でもあって、いいスパイスになっていますよね。私自身は、決しておしゃれではないんですよ。これまでに出したファッションブック(『草笛光子のクローゼット』『草笛光子90歳のクローゼット』/ともに、主婦と生活社)のおかげでおしゃれだと思われるかもしれませんけど、着ていて気持ちのいいものがいちばん。大事なのは着飾ることより土台。中身がキレイでないとすぐにバレてしまいますから」
アンジーのように自由に、力強くありたい、そう思ってくれたら
アンジーを取り巻くのは、個性豊かなキャラクターの人々。謎めいたアンジーに迷うことなく物件を貸す大家・熊坂を演じるのは、ベテラン俳優の寺尾聰さん。草笛さんとは長い間、プライベートでも交流があるそう。
「昭和49年放送のドラマ『天下のおやじ』で、寺尾聰さんと水谷豊さんが私の息子役だったんです。それからふたりは何かあると駆けつけてくれる、芸能界の親戚のような存在。寺尾さんはまだあの大ヒット曲(ルビーの指輪)が生まれる前でしたが、毎日ギターを抱えて私の家に来てはひと晩中弾いていましたね。私が仕事に行くときには『いってらっしゃい!』と見送ってくれて、帰ってきたら『おかえりなさい!』と言うの。我が家の家政婦さんがごはんも出してくれていたし、居心地がよかったのかしら? あるとき、お父様の宇野重吉さんが電話をくださって。『草笛さん、ウチの息子が毎日、朝昼晩とごちそうになってすみません』って(笑)。そのうちに『これ聴いてください』と、できあがった何曲かをカセットテープに録音して聴かせてくれました。共演はいつ以来かわかりませんが、知っている顔がいてくれるだけで嬉しかったですね」
もうひとり、アンジーとの出会いを果たす高校生の麟太郎。若き演技派・青木柚さん演じる彼は、生き方に迷っている青年。そんな麟太郎にアンジーは、「好きなようにしなさい、生きていたらそれで十分」と背中を押します。
「私自身は、悩んでいる方にアドバイスなんてできません。私も明日を迎えたくないと思うくらいに苦しいことがありました。そんなときでもちゃんと、おなかはすくのよね。それでおなかいっぱいになるまで食べると眠くなるでしょ? そうしたら、つらい気持ちもなんとなく薄らいで。それで『あ、ひと晩越えられたな』と思う。人との出会いが、解決の糸口になることもありました。悩んでいるときこそ、自分の門を開けてみるのも手かもしれません」
麟太郎の母が営む美容院の客は迷信に囚われて身動きができなくなっているし、祖母は息子の死を受け入れられないまま。街の人びとはそれぞれに何事かを抱えながら、アンジーとの出会いによって変化していきます。
「不思議な映画ですよね。これ日本の映画? と思うくらいに。多才な俳優さんがたくさん出演してくださって、それぞれ個性が強くて実にユニークでした。アンジーのように自由に強く生きてみたい――。ご覧になった方がそう思ってくださったら嬉しいです」
人生百年の時代、50代はまだまだ新人⁉
年齢を重ね、女性として俳優として、ますますその輝きを増す草笛さん。どんな50代を過ごしたら、彼女のようになれるのでしょう?
「こうしておけばよかった、と思うことはありません。昔を振り返ることも好きではないので、若い方にアドバイスはできそうもないんです。けれど……私の50代は舞台『わたしはシャーリー・ヴァレンタイン』で、ひとり芝居という新たなジャンルに挑戦した頃で。それまでミュージカルばかりをやっていたので、歌も踊りもない、ひとりでしゃべりっぱなしのお芝居に二の足を踏んでいたんです。すると舞台美術家の朝倉摂先生から、『あなたはまだ新人でしょう? これからの女優なんだから、できないなんて言っている場合じゃないのよ』と叱咤激励されました。そのとき、‟新人”という言葉にハッとして。そうだ、私はまだ新人なんだ! そう思って飛び込んだのです。この経験は、‟もしこれがなければ今の私はない”と思うくらいのターニングポイントになりました。今は人生百年と言いますから、50代はちょうど真ん中。50年も生きてきたと言っても、まだ50年あります。しかも、大人の50年ね。そう考えたら、やっぱりまだ新人ですよ。偉そうには言えないけれど、新しいことに挑戦してみるのもいい時期なんじゃないかしら」
50代が、新人!? 草笛さんにそう言われると、なんだか嬉しくなります。大きなターニングポイントを経てその先へと走り続ける草笛さん。キャリアを重ねることで、演じることはより自由になるのでしょうか? それともより難しく感じるように? 俳優でい続けるために必要なことって、なんなのでしょう?
「昔から、お芝居に対して考え方が変わったことはありません。ただ役作りにおいては、年々そぎ落とされて身軽になってきたように思います。私、女優でい続けよう! と思ったことはないんです。いつでもそのまんまの自然体。だけどこの仕事に好奇心は必要。いつでもアンテナを張り、『あっ、これいただき!』と思うことを自分のなかにメモしておく。そんなことは意識しています」
「まだまだいい仕事がしたいの」と前を向く草笛さん。俳優という仕事の何が、そこまで心を捉えるのでしょうか。
「どうしてでしょうね。自分でもわからないけれど、私の場合は、終わってからも自分の芝居がこれでよかったのかと悩むんです。次はもっと上手くやりたい!という思いを持ち続けているせいかもしれません。それと若い頃に観たブロードウェイのミュージカルで、80歳くらいの俳優が、音程やリズムそっちのけで歌って踊っていて。でも、ものすごい大歓声を浴びていたのを目の当たりにしたことがありました。素敵だな、自分もあんなふうになりたいなって。日本にはそういう光景って、なかなかないでしょ? ヨロヨロと踊って、セリフも『あ、間違えたからもう1回』なんて言ってもいい。年相応に演じる女優がいたっていいじゃない? そんなことをやってみたいと、思っているんですよね」
PROFILE 草笛光子(くさぶえ・みつこ)
1933年生まれ、神奈川県出身。1950年に松竹歌劇団に入団、1953年にスクリーンデビューし、数多くの舞台、映画、ドラマに出演。最近の主な出演作に舞台『ドライビング・ミス・デイジー』、ドラマ『まだ結婚できない男』、『その女、ジルバ』、NHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』、映画『ある船頭の話』、『アイミタガイ』。映画『老後の資金がありません!』(2021年)で日本アカデミー賞助演女優賞、会長功労賞受賞。映画『九十歳。何がめでたい』(2024年)で日本アカデミー賞優秀主演女優賞受賞。1999年に紫綬褒章、2005年に旭日小褒章受章、2024年に文化功労者に選出された。
映画『アンジーのBARで逢いましょう』
●監督:松本動
●脚本:天願大介
●出演:草笛光子 松田陽子 青木柚 六平直政 黒田大輔 宮崎吐夢 工藤丈輝 田中偉登 駿河メイ 村田(とろサーモン) 田中要次 沢田亜矢子 木村祐一 石田ひかり ディーン・フジオカ 寺尾聰
●配給:NAKACHIKA PICTURES
● 4月4日(金) 新宿ピカデリー/シネスイッチ銀座 ほか全国公開
©2025「アンジーのBARで逢いましょう」製作委員会
撮影/中西裕人 スタイリング/市原みちよ ヘアメイク/中田マリ子(ヘアーベル) 取材・文/浅見祥子
この記事を書いた人
大人のおしゃれ手帖編集部
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