真夜中。心が重くなっているのを感じる。理由はいくつか思いつく。今日のあれ、数日前のあれ、30年前のあれ。だけど正体を探るうちにどれも後付けな気がしてくる。ほんとうの理由はいつも自分自身さえ騙そうとするから。
昼間は太陽の影となっていた寂しさが闇の中に染みだして、辺りはもう真っ暗だ。残る輪郭は自分だけ。この星でたった一人生き残ってしまったような恐ろしさを感じる。
眠れない夜、闇払いの呪文のように。私は短歌を一首、心の中で復唱する。
引用----
砂のない砂漠と水のない海と私をめぐる淡いかなしみ
笹井宏之『てんとろり』より
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この歌に出会った時、私はコンタクトレンズの度数が左右ぴったり同じ人を見つけたような気持ちがした。世界の見えかたがまるで一緒の運命の人が存在する。そんな幻が浮かんだ。
真っ暗な世界に、もしくは真っ白な世界に、砂のない砂漠を敷いてみる。水のない海を広げてみる。そこに肉体はなく、あるのは孤独な旅を続ける魂のみ。永遠とはこのような場所にあるのだろう。
その何もない世界は、私が彷徨っていた心象風景へとすり替わる。人の形を忘れてずっと遠くへ、この重い体では到底辿り着けない場所へ。会ったこともない誰かの淡いかなしみに包まれた世界。
目を閉じてそんな景色を思い浮かべる時、私は心から癒される。勇気を出して、少しだけ孤独を甘んじてみる。よく知っている、慣れ親しんだ寂しさだ。私が抱きしめてやらないで、誰が受け止められるというのだろう。
いつの間にか、夜の帳はしっとりと優しく揺れていた。じきに瞼が重くなるだろう。真夜中にお守りをとなえる。何度もとなえる。こうして明日も生きていける。