非製造業であるANAは、トヨタ式「カイゼン」を取り入れることでさまざまな業務改善を成功させている。ANAでKAIZENとイノベーションの責任者を務めた川原洋一氏は「真因追求によって根本的な“真因”を突き止めることができる。ただ、不安を抱えたままで急激に変化を推し進めると、カイゼン活動が失敗してしまう恐れもある」という――。
※本稿は、川原洋一『ANAのカイゼン』(かんき出版)の一部を再編集したものです。
サービスの質に直結するフライト前のブリーフィング
ANAでは総勢8000人以上のCAが在籍しています。エアバス320やエアバス321などの小型機の場合は4人のCAが、ボーイング767やボーイング787などの中型機の場合は6人から9人のCAが、ボーイング777やエアバス380などの大型機の場合は9人から20人のCAがチームを組んで飛行機に乗務し、お客様にサービスを提供しています。
CAはフライトの直前にブリーフィングと呼ばれる打ち合わせを行い、役割分担を決めたり、安全やサービスに関する情報共有をしたり、搭乗者リストを確認して介助など特別なサポートが必要なお客様の情報を共有したりしています。このブリーフィングの時間の情報共有もサービスに影響します。
CAの主な拠点は羽田空港です。CAの業務は、国内線の場合、主に羽田空港から出発する飛行機に搭乗することから始まります。電車は終点まで行くと同じ車両が折り返し運転になることがありますが、ANAのフライトも同じで、基本的には羽田空港からある空港に飛んだ飛行機は、その空港でお客様を乗せ、また羽田空港に戻ってきます。
CAも原則として搭乗する飛行機と行動を共にするため、例えば羽田空港から福岡空港行きのフライトをするCAは、福岡空港から羽田空港に向かうフライトで帰ってきます。同じクルー(CAの組み合わせ)で飛行機と一緒に動きます。
その日の最終便で羽田空港に戻ってこないフライトも計画されます。飛行機が現地でステイ(停泊)する場合、CAも現地で宿泊し、翌日以降のフライトで羽田空港に戻ります。
なぜブリーフィングの時間が充分に取れないのか
フライト前のブリーフィングは、CAが所属している客室センターのオフィスで行われていました。CAたちは羽田空港に出社すると客室センターに向かい、そこでブリーフィングを行ってから搭乗する飛行機に向かうのです。
このブリーフィングがこれから始まるフライトの品質を決めると言っても過言ではありません。ですが、大型の飛行機はプリフライトチェック(フライト前の最終点検業務)にも時間がかかるため、その分ブリーフィングの時間が充分に取れないことがありました。
プリフライトチェックとブリーフィングの時間の関係を調べてみると、特定のCAに原因があったわけではないこと、フライトの路線や空港によって違いがあったわけではない、ということも見えてきました。
客室センターはこれらを踏まえ、「飛行機の大小や出発便のスポットにかかわらず、効果的にブリーフィングを実施すること」を課題に設定して取り組みました。
基本的に、カイゼンは「現状分析」→「真因追求」→「解決」→「定着」の順に進めていきます。チームを組んで進めるような大規模なカイゼン活動などは特に、この4つのステップで進めることがとても大切になってきます。
思いも寄らないところに解決の糸口が
現状分析を行って課題を設定した後、真因追求では、「なぜ?」を繰り返すことによって、根本的な「真因」を突き止めていきます。ここでは、「移動に時間がかかるスポットのときに、ブリーフィングの時間に影響が出るのはなぜなのか」という課題に対して、「それはなぜか」を重ねていきました。
Q.搭乗に間に合わない →(それはなぜ?)
Q.スポットが遠い →(それはなぜ?)
Q.客室センターでブリーフィングを実施している →(それはなぜ?)
このように真因追求をしていくと、CAの中に「客室センター内でブリーフィングをしなければならない」という固定観念があることが見えてきました。
羽田空港ではずっと、ブリーフィングは客室センターで行われていました。ブリーフィングを行ったあと、それぞれのCAが自分の荷物を手に取って、搭乗する飛行機に移動していました。それが当たり前のことだったので、誰も疑問に思わなかったのです。
航空業界やCAが働く環境は大きく変化していますが、ブリーフィングのやり方は昔のまま変わっていませんでした。真因追求を進めたことで、思いも寄らないところに解決の糸口があることが見えてきたのです。
「効果」「スピード」「実現性」から機内に出退社することに
真因追求ができたら、あとは解決策を立案して実行に移すだけです。客室センターでは解決策として、いくつかの案を出し、その中から効果的だと思われる解決策を絞りこんでいきました。
「客室センターでブリーフィングをしなければならない」という先入観に対して出てきた解決策としては、次のようなものがありました。実際にはもっと多くの案が出たようですが、今回は抜粋して4つを載せます。
・ゲートに近い場所に部屋を借りて、そこを出社場所にする
・手荷物検査場の手前を出社場所にする
・チーフパーサーがその都度、出社場所を決める
・機内に出退社する(ダイレクトシップ)
客室センターでは、「効果」「スピード」「実現性」という3つの視点から、それぞれの案を評価しました。
皆さんなら、この4つの案の中でどの案を採用しますか? CAたちが選んだのは「機内に出退社する(ダイレクトシップ)」でした。「効果」「スピード」「実現性」という3つの視点から評価したときに、ダイレクトシップが最も評価が高かったのです。そこで、羽田空港に出社したらそのまま搭乗する飛行機に直行し、そこでブリーフィングを行うという運用を開始しました。
急激な変革を避けるために
とはいえ、客室センターにCAが出社しているのはそれなりの理由がありました。例えば、紙で印刷されたDHチケット(CAやパイロットたちが勤務の際に使用する航空チケット)をチーフパーサーが受け取り、同乗するCAに配布するという運用だったため、CAが客室センターを経由せずに飛行機に出社するとなると、紙の書類のやり取りに不具合が生じます。
「だったら紙をなくそう」ということで、CAは各自が支給されているタブレット端末でDHチケットを受領することにしました。これにより、ペーパーレスに向けても動いていきました。まさに、現状をよくするためのカイゼン活動を行っていったのです。
といっても、8000人ものCAが最初からダイレクトシップに賛成していたわけではありません。当然のことながら、出社場所を機内にするという案に不安を抱くCAもいました。チームメンバーが不安を抱えたままで急激に変化を推し進めてしまうと、カイゼン活動そのものが失敗してしまう恐れもあります。
そこで客室センターでは、まず少人数でのトライアルを行うことに決めました。その後、徐々にトライアルの人数を増やしつつアンケートやヒアリングによって現場の声を吸い上げながら、PDCAを回してカイゼンを重ねていきます。
また、ダイレクトシップの導入前にはオンライン説明会も開催。説明会には2600人ものCAが参加したそうです。さらにカイゼン中は6000人がフィードバックやディスカッションに参加するなど、CA全体を巻き込んでのカイゼンが進んでいったのです。
取り組みを定着させる仕組みを構築
このように、今回のカイゼンは高い成果を上げました。この取り組みを定着させるため、客室センターではダイレクトシップを前提とした業務設計を取り入れました。
チャットやチャットボットを導入し、CAたちが客室センターのオフィスにこなくても、スタッフに相談や問い合わせができるような仕組みを構築しました。
このカイゼン事例では、多くのCAが6カ月間にわたってアンケートやディスカッションなどを通じ、活発なコミュニケーションを重ねました。ダイレクトシップにより、CAが客室センターに立ち寄る機会が減少することから、フライト前後の会話や面談をオンラインで気軽にできるようにするなど、さらにさまざまな試みを続けています。そして現在は羽田空港だけでなく、日本全国の空港でもCAのダイレクトシップの運用をしています。
ANAの事例からもわかるように、非製造業であってもトヨタ式「カイゼン」は有効です。ぜひうまく取り入れてみてください。
川原 洋一(かわはら・よういち)
ANAビジネスソリューション講師
1985年ANA入社。航空機の整備現場、航空機部品の購買・修理管理、整備本部の戦略策定などの部門運営に携わる。整備本部企画チーム・マネジャー、部品事業室長などを経て、2018年にKAIZENイノベーション推進室長。2022年ANA退職。現在は講師として「ヒューマンエラーを起こしても事故にならない仕組みづくり」「安全をつくる取り組み」などについて、他業種の方々に研修や講演を行っている。