日常の中で、目の前に愛らしい謎の生命体が現れたとき、あなたは何を思うだろうか。『人類の半数がちいこになった』(おおつか ちょん/KADOKAWA)は、人類の半数が突然“ちいこ”という謎の生命体になってしまう世界を舞台にした物語である。どうしてちいこになってしまうのか? 人間の姿に戻すことはできるのか? と、さまざまな謎が解き明かされないまま謎に包まれた生命体・ちいこを受け入れ、共に生きていく人々の日常が描かれていく。
ストレス社会で疲弊している人々にとって「かわいい」は重要な癒し要素だ。ちいこの小さな身体からにじみ出る無垢で無邪気な愛らしさや、不器用ながらもどこか愛嬌のある仕草は、私たちにたくさんの癒しを与えてくれる。しかし、その存在はただの癒しでは終わらない。
たとえば、飴を食べ物と認識はしているものの、個包装の開け方がわからず、袋のまま口に入れてしまうちいこ。その姿には、単なる無邪気さだけでなく、失われた知性や不完全な思考が垣間見える。そんな一面は、私たちに癒しを与えながらも、どこか切なさや心苦しさを感じさせる。そして気付けば、ちいこを「守るべき存在」として意識してしまうのだ。
ほのぼのしたストーリーだけではないのも本作の魅力だ。ある家族の引きこもりの長男が、ちいこになってしまうエピソードがある。家族は戸惑いながらも、これまで関わりを避けてきた長男と向き合うことになる。母親は引きこもりの息子を失い、「喪失」と「安堵」の感情を抱いていた。しかし、食器を拭こうと雑巾を持ってくるちいこの姿は、幼い頃の長男の姿そのものだった。このように、ちいこはふとした時に人間だった頃の面影を感じさせることがある。ちいこに向き合う人々は、それぞれ異なる感情を抱き、関係のあり方を見つめ直していく。そんな心の揺れが、物語にいっそう深みを与えている。ちいこと共に生きることは、単なる癒しではなく、新たな価値観を受け入れることでもあるのだろう。癒しを求めている人だけではなく、何気ない日常に変化が欲しいと考えている人にも、ぜひおすすめしたい。
「もし突然、身近な人がちいこになったら?」そんな問いを投げかけながら、ちいこと共に生きる人々の姿を温かく描いた本作。可愛らしさに癒されつつ、じんわりと心に残る読後感を味わってほしい。
文=ネゴト / mimu