あなたは「サザエさんの父親・磯野波平は54歳」と聞いて驚かないだろうか? 「人生100年時代」のいまどきは50代なんてまだまだ折り返し地点で、波平さんみたいに老けこんでる場合じゃない。とはいえ「定年」の文字もちらつきはじめ、「この先、どうする?」と未来への漠然とした不安が頭にちらつくようにもなってくる。
宇宙飛行士の野口聡一さんの新刊『宇宙飛行士・野口聡一の着陸哲学に学ぶ 50歳からはじめる定年前退職』(主婦の友社)は、そんな悩み多き50代に向けて、「惰性でそのまま定年を迎えると収入・モチベーション・存在価値の低下に苦しむこともある。だったら〈転職〉して前向きになろう!」と力強くメッセージをおくる1冊だ。実際、野口さんも現役の宇宙飛行士を引退し、2022年にはJAXAも退職した「定年前転職」体験者。なぜ転職したのか、何が大変だったのか、結果どうだったのかなど自分の体験を例にしつつ、ミドルエイジをめぐる労働環境問題なども総括しながら、「転職の(心理的)壁」をひとつひとつはがしてくれる。
転職経験者といっても「野口さんは宇宙飛行士だし、有名人だし、自分とは違うだろう」と思う方もいるかもしれない。たしかに宇宙飛行士は後輩に道を譲るために「卒業した」ともいえるが、JAXAという組織を退職した直接のきっかけは「中間管理職的なデスクワーク中心の日々」にやりがいを感じられず未来が見えなくなったから。10年悩み抜いて定年前転職を決意するまでの心理状況は、普通のサラリーマンにも「わかる!」ことだらけ。本書には、そんな野口さんが影響を受けた言葉や考え方もさまざまに紹介されている。
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「君が今いる部屋を飛び出さないと、次の部屋の扉は開かないよ」
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これは悩んでいた野口さんに大きな衝撃を与えたNASAの先輩飛行士の言葉だ。つい「今のキャリアをなんらかキープしつつ次に進んだほうが安全だし確実」と考えがちだが、先輩は新しいキャリアのためには「現在のキャリアを捨てて次に行け」と言ったのだ。なぜなら現在をキープしたままで見えるのは「今いる場所から手の届く範囲」でしかないから。いざ外に出てしまえば広い世界がある――野口さんも外に出て実感したという。
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本物のやりがいを得るためには、自分の棚卸しを行い、生きる方向性や果たすべきテーマを自分でみつけなければいけない
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40代後半〜50代前半、人は人生の意味や目的に疑問や不安を感じる「ミッドライフ・クライシス」に陥りがちだという。実際、野口さんも2度目の宇宙飛行から帰還した後に目標ややりがいを見失い10年にわたって苦しみ続けた。そして発見したのは「組織や他者の価値観や評価軸を基に、自分のアイデンティティを構築してきただけだった」という自分の状況であり、「自分軸」の大切さだった。
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危ないかもしれないけど、目の前の川を飛び越えてみる
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前向きに「定年前転職」をすすめる野口さんだが、そうはいってもJAXAを辞めると決意するまでは大変だった。だが一度決めてしまえば、あとはトントン拍子。「今の職場に迷惑が…みたいなのは退職届を出したその日だけであって、その次の日から何もなかったように組織は動いていく。それなら、自分がやりたいことをやった方が、いいじゃないですか」と野口さん。決断するからにはリスクは取らなければならないが、動かなかったことで失ったベネフィット(利益)とちゃんと比較してみたほうがいい。思い切って川を渡ったら、新たな景色が見えるかもしれないのだから。
結局、この先の人生をどうしたいかは自分次第。具体的に転職までは考えていなくても、漠然とした将来の不安を抱えている50代には本書がなんらかの刺激になるのは間違いない。野口さんの前向きさも、きっと背中を押してくれるはずだ。
文=荒井理恵