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橋の上で告白をした。彼女はいつも通りで、それが彼女の優しさだった

  • 2025.3.24

私は昔から、嘘をつくのが下手だった。
素直、正直者、正義感が強い。どれもが学生の頃は褒め言葉だったはず。

新卒で入った会社は10ヶ月で辞めた。上司からの「クライアントに適当に嘘ついといて!」ができなかった。

◎ ◎

第2の職場で、1人の先輩と出会った。年は私の2つ上で、真っ直ぐな黒髪と、少し下がり気味の眉毛。
そんな先輩の話をしようと思うのだけれど、彼女は他の場所で自分の話をされることをすごく嫌がる人だから、バレないように、仮の名で山田さんと呼ぶことにしよう。

山田さんは、いつも黙々と仕事をしていた。いわゆる”一匹狼”で、何となく近寄り難い存在だった。
わからないことを質問しても、「何でそんなこと私に聞いてくるの?」みたいな顔で一応答えてくれる。
これは私の思い込みではなく、後々本人が「何でそんなことわざわざ聞いてくるんだろって思ってた」と言っていたので事実である。

良く言えばクール、悪く言えば無愛想。
そんな先輩と仲良くなりたかった理由は、当時の私の憧れがクールキャラだったから。戦隊モノのブルーとか、学校の屋上でサボって寝ているやつとか、バンドのベース担当とか……。自分とはかけ離れたキャラすぎて、あるあるの設定すら思い浮かばないけれど、とにかくその年はクールな人がカッコいいと思っていた。あと、山田さんの顔がタイプだった。

◎ ◎

当時、ちょうど勇気だけ持ち合わせていなかった私は、外堀から埋める姑息な戦法に出た。

「山田さんが憧れなんですよね」「山田さんと一緒に仕事したいです」

呼吸をするように山田さん、山田さん、と言って回っていた私に対して、当の本人は案外嫌がったりはせず、むしろ話しかけてくれるようになった。ベース担当は、思っていたよりも優しかった。

ある日の仕事中、山田さんとゆっくり話をしながら作業できるタイミングがあった。
職場で仲が良い人、というトークテーマになった際、軽い気持ちを装って

「山田さんの仲良い人に私って含まれてます?」

と聞いたら

「そりゃ仲良いでしょ」

と返された。ぶっきらぼうに聞こえるその言い方が照れ隠しなことを、私はもう知っていた。

◎ ◎

山田さんと話す時は決まって質問攻めだった。部活は何だったか、バイトは何をしていたか、好きなお寿司のネタは何か。
くだらない内容も、小学生の頃に友達と交換していたプロフィール帳を埋めていくみたいで、ワクワクした。

「スーパーでバイトしてた時にね、キャベツとレタスの見分けがつかなくて嫌だったの」
「そうなんだ。大変ですね」

元々下がり気味の眉毛の位置をさらに低くしながら話す山田さんに、絶対思ってないじゃんとツッコまれたこともあった。
多分私がニヤニヤしていたからである。山田さんと話す時は、どうしても口角が上がってしまう。
やっぱり私は嘘が下手らしい。

◎ ◎

職場から最寄りの駅までの道には、大きな橋がある。
特別綺麗な景色ではないけれど、橋の上で告白だなんてロマンチックだなと思った。
終始、山田さんはいつも通りだった。間違えて昨日の夜ご飯の話をしてしまったのかと思うほどいつも通りで、それが山田さんの優しさだった。
別れ際には、来週、休憩時間にオセロをやる約束をした。

オセロをしてからも、私たちはよく話をしながら橋を渡った。
相変わらず質問攻めは続いていたけれど、徐々に私が答えることも増えていた。

いつだったか、山田さんに連絡先を聞いたことがあった。
側から見ても、私たちの仲の良さが周知されていると自負し始めた頃だったからか、快く教えてもらえると思っていた私に、山田さんは「いやだ」と言った。当然ショックで落ち込んだけれど、同時に、職場の誰とも交換していないという新事実に心が少し躍ったことも覚えている。
山田さんはSNSのアカウントをすぐ消す癖があると言っていた。だから、告白した時にこっそり教えてくれた連絡先も、いつか消える覚悟はしていた。

◎ ◎

私のSNSから山田さんが消えた頃、本人から退職することを聞かされた。内心どちらもわかっていたはずだったのに、鈍器で殴られた気分だった。辞めてからも仲良くできるならそれで良い。だけど山田さんが、そうしない人だということは良くわかっていた。一番、私がわかっていた。困ったような顔で私を見つめる先輩に、その時ばかりは何を質問したらいいかわからなくなった。
せめて「ありがとうございました」とか、「出会えて良かったです」とかカッコよく一言伝えられれば良かったのに、最後まで涙を堪えるのに精一杯だった。
私には到底ベースは弾けないな、と思った。

共通の知人と山田さんの話をすれば「誰だっけそれ?」なんてとぼけてみたりする。
職場の最寄駅に行けば、無意識に姿を探してしまうし、もう相手のいないトーク画面を何度も開いてしまうし、1年以上前の瞬間たちを反芻し続けているけれど、

私はこの恋を、見事、完璧に吹っ切れている。

■おかゆいのプロフィール
座高:90cm

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