photography: ©2024 PAGE 114 - WHY NOT PRODUCTIONS - PATHÉ FILMS - FRANCE 2 CINÉMA, ©Shanna Besson
『ディーパンの闘い』(2015年)でカンヌ国際映画祭パルムドール(最高賞)を受賞し、名実ともにフランス映画界を代表する監督となったジャック・オディアール。
近作でもホアキン・フェニックスとジョン・C・ライリーというハリウッドスターを起用した西部劇『ゴールデン・リバー』(18年)、ミレニアル世代の恋愛模様をモノクロで描いた『パリ13区』(21年)など、意表を突くとほど異なるジャンルで成功を収めてきた。そして、72歳の名匠が手がけた最新作がミュージカル、クライムアクション、人間ドラマを融合した『エミリア・ペレス』である。
「コロナ禍に読んだフランスの作家ボリス・ラソンの小説『Écoute』(原題)に、身分を変えたいと考える麻薬密売人について語られる章があった。小説の中ではそれ以上は発展しないアイデアだったけど、私はそれを映画にしたいと思ったんだ。オペラのようなスタイルで描きたいと思いつき、結果的に映画化するのにずいぶん時間がかかってしまった」
舞台はメキシコ。男性上司やクライアントに搾取され不満を抱える有能な女性弁護士リタは、ある日、麻薬カルテルのリーダーであるマニタスから「女性として新しい人生」を歩むための手助けをして欲しいという依頼が舞い込む。多額な報酬と引き換えに依頼を手際よく済ませたリタもまた、新しい人生をスタートさせる。だが、4年後、エミリア・ペレスとして生きるマニタスと再会したリタは、「子どもたちと再び暮らしたい」というエミリアの願いを叶えるため、かつての妻と子どもたちを呼び寄せメキシコで暮らすための手筈を整えてほしいという新たなる依頼を引き受けることに......。
「私たちは過去を捨て切れないことを知っている」
アンソニー・ヴァカレロが率いる映画会社サンローラン プロダクションが制作に携わる本作はフランスで制作されたフランス映画だが、ストーリーのほとんどはメキシコで展開され、スペイン語が大半を占める。
「フランス語だと文法や単語の選び方、句読点など、ほとんど意味がないような細部に注目しがちだ。かわりにほとんど話せない言語で制作を行う時、映画のセリフと私との繋がりは完全に音楽的なものになる」
オディアールは映画というメディアにおける言語に、独自の距離感を解く。ワールドプレミアされた第77回カンヌ国際映画祭では、マニタス/エミリアを演じたトランスジェンダー女性役のカルラ・ソフィア・ガスコン、弁護士役のゾーイ・サルダナ、マニタスの妻役のセレーナ・ゴメス、エミリアと恋に落ちるエピファニアを演じたアドリアーナ・バスが4人で女優賞を受賞した。審査員長だったグレタ・ガーウィグは「4人はそれぞれ秀でていたが、一緒になると超越していた」ことによる異例の対応だと説明した。実際にこの物語は4人の女性たちが「自分らしく生きること」を求める旅路を描いており、フランスの国民的歌手カミーユによる楽曲により、その生き方を高らかに歌い上げる女性讃歌でもある。そしてサルダナは、第97回アカデミー賞にて助演女優賞に輝いた。
「俳優たちが与えられた役柄を解釈していく様子に驚かされ、多くを学んだ。複雑ではないけれど矛盾に満ちた映画を作りたい、と思っていましたが、4年前に執筆を始めた頃とは、役柄に対する解釈も変わって行きました」
自由や欲望を礼賛する一方、決してハリウッド的なハッピーエンドにはこだわらず、人間が生きていく苦みを見せつけるのも、オディアールらしさ。
「人は何度、人生を生きる権利があるのか?別の人生を生きるためにどれほどの代償を払わなければならないのか?結局、私たちは過去を捨て切れないことを知っている。こうした矛盾がこの映画にはあふれているのです」
ジャック・オディアール
1952年、パリ生まれ。1994年『天使が隣で眠る夜』で監督デビュー。『ディーパンの闘い』(15年)ではコーエン兄弟、グザヴィエ・ドランら審査員の満場一致でカンヌ国際映画祭パルムドールを受賞。『ゴールデン・リバー』(18年)ではセザール賞4冠、リュミエール賞3冠、ヴェネチア国際映画祭銀獅子賞に輝いた。本作ではカンヌ国際映画祭コンペティション部門で審査員賞、またサルダナやゴメスは女優賞を受賞している。
『エミリア・ペレス』
メキシコの麻薬カルテルのボス・マニタスは、本当の自分になりたいと願い、性別適合手術で「エミリア・ペレス」という女性として、新たな人生を歩み出す。かつての非道を悔い、慈善事業を開始するエミリア。手術を手助けした弁護士リタ、元妻ジェシーと愛する子どもたち、そして彼女らに関わった人々の運命は複雑に絡み合っていき......。
●監督・脚本/ジャック・オディアール●出演/ゾーイ・サルダナ、カルラ・ソフィア・ガスコン、セレーナ・ゴメス、アドリアーナ・パスほか●2024年、フランス映画●133分●制作/サンローラン プロダクション by アンソニー・ヴァカレロ●配給/ギャガ●3月28日より、新宿ピカデリーほか全国で公開
*「フィガロジャポン」2025年5月号より抜粋