思い出のごはんというフレーズを聞いて真っ先に思い出したのが、学生時代に旅先の居酒屋で〆に食べたオムライスだ。しかし、そのオムライスはきっともう食べられない。
◎ ◎
学生時代、私は1人旅にハマっていた。長期休みの度に青春18きっぷや高速バスのチケットを買い、できるだけ安く楽しそうに泊まれるゲストハウスを探しながら、東京から西や北へ終わりを決めずに旅をしていた。
1人旅の良いところは、誰にも気を使わずに自由に旅程を決めたり、一度決めた計画を変更できたりするところだと思っている。だからこそ、旅先で新たな出会いがあれば柔軟に計画を変更するし、途中で行きたいところ、食べたいものが見つかれば気の向くままに立ち寄ったりする。
関東出身の私にとって、食をはじめとした様々な文化が異なる西日本はとても魅力的で、とりわけ近畿地方は何度も訪れていた。
そんな中で、私は滋賀県のとある場所を大学2年生の春、訪れていた。
◎ ◎
道中にて、気軽に泊まれそうなゲストハウスの予約を済ませ、この時の旅の目的の1つにもしていた夜桜を見た後、予定よりも少し遅い時間に宿へ向かった。
時間が遅くなってしまったこともあり、最寄駅からゲストハウスまでの道のりには、夕食が食べられそうなお店を見つけることができなかった。仕方がないのでこの日の晩ご飯は近くのスーパーかコンビニへ買いに行き、宿で食べて済ませようかなどと考えながら、宿へ向かった。
宿に到着すると、私と同世代であろう女性がちょうどチェックインをしていた。一歩後ろで待っていると、そこでチェックインについての説明をしていた宿のオーナーが「お姉ちゃん、もう晩飯食べたんか?」と声をかけてくれた。
私がいいえと答えると、私のチェックインの手続きを差し置いて、そのオーナーは私と先ほどチェックインをしていた女性の2人に向けて、すでに用意してあった地図を使い、この時間でも開いていそうな近所のおすすめの居酒屋を2、3軒紹介してくれた。その女性も私と同じく腹ペコだったようだ。
その後私は急いでチェックインを済ませ、初対面の彼女と一緒に、さっき教えてもらった数軒の居酒屋からどこに行くかを相談して一緒に向かった。
◎ ◎
アーケードのある商店街から小路に入り、少し奥まったところにあるその居酒屋は、とてもふらっと訪れた旅人が見つけることはできそうもない佇まいで、外観はだいぶ年季が入っていた。Google mapにも載っておらず、グルメサイトにレビューも書かれていなかったが、なんとなく直感で美味しそうだなと感じた。
暖簾をくぐると、私の祖父と同じかそれより年上に見えるおじいちゃんが1人で切り盛りしていた。常連と思しき先客が数組いたが、空いていたカウンター席に案内してもらい、私たちは腰掛けた。
カウンターの中にかけられたホワイトボードにメニューが書いてあったので、私たちは食べたい物をそれぞれ数品ずつ注文した。ビールを飲み、食事を食べながら、私たちはお互いの出身地のことや、どういう経緯であの宿に泊まることを決めたのか、翌日以降の旅の予定などの話で盛り上がった。
そして、好きな料理の話でお互いが共通してオムライスだと意気投合していると、カウンターの中にいた店主が「オムライスならすぐ作れるよ」と、突然声をかけてきた。ホワイトボードには書かれていなかったオムライスを提案してくれたのだ。
ちょうど注文した料理を食べ終わろうとしていたタイミング、私たちは迷わずそのオムライスを注文し、シェアしながら食べた。なんの変哲もない普通のオムライスだったが、最高だった。
◎ ◎
数年後、同じ土地を訪れる機会があったので、またあの時のゲストハウスに宿泊することにした。折角だから例の居酒屋にと目の前を通ると、私が記憶していた暖簾や看板は跡形もなく消えていた。もちろんお店が開いている様子はない。仕方なく別の店で食事を済ませて宿に帰りオーナーに聞いてみると、どうやらあの店は1年程前に閉めてしまったらしい。
旅先での偶然の出会い、カウンターに座る私たちの会話を実は聞いていた店主、メニューには無かったオムライス――。
別にこのオムライスは滋賀の名物だったわけでもなく、これまで食べてきた他のオムライスと決定的に何かが違ったわけではないが、この全部をひっくるめて私にとって1番のオムライスだったことに違いは無い。しかし、あのオムライスを食べることはきっともう二度とできないだろう。
■瀬戸内あずきのプロフィール
お酒と旅行が好き。時々一人でふらっと旅に出ます。