ほんとうは、はじめから好きだったのだ。
彼はあんまり屈託なく笑うから、会ったその日に心臓を掴まれてしまった。
こんな笑い方、ずるい。
◎ ◎
「きっと気が合うと思うよ」と、友人が紹介してくれたのが彼だった。出会って間もない時から、私の弱いところも魅力だと認め、全肯定してくれるような、包容力のある人だった。海外で旅をするように暮らしたいという私の価値観に共感して、一緒に未来を語ることもできた。生まれて初めて親友ができたような感覚だった。
ある時、彼は私に「好きだ」と言った。
でも私は断った。当時、長く付き合ってきた恋人がいた。高校生の頃から8年近く、色々な体験や記憶を共有して、存在が当たり前になっていた。
だから私が断ったら、そこで終わるはずだった。あとは友達に戻るだけ。
◎ ◎
でも恋人がいると伝えた後も、彼は、「どうして僕と付き合わないの?絶対幸せにするよ」と問うた。何度か尋ねられるその度に、私も分からないよという言葉が、喉の奥で暴れて、でもしばらくは言葉にできそうに無くて、絶望していた。心のどこかで、友達に感じる感情とは違うものを、彼に対して感じていることを、知っていた。
恋人のことは好きだし、初めて親友と思えた彼のことも大事にしたい。その気持ちが矛盾しないように、彼のことは「友達としては好きだけど、恋人としては無理」と思い込ませた。
そうして、慎重に距離を取ってきたはずだった。少しずつ、よき友としての立ち位置を築いてきたはずだった。
◎ ◎
でも、些細な喧嘩で、長く付き合った恋人と別れて、何かが変わった。食べるものも身につけるものも仕事もプライベートも、もう誰にも合わせなくていい、自由な自分の人生。何を大事にして、どんな風に生きたいのか、好きなように生きられる未来の選択肢が、無限に現れた気がした。
前より友達と過ごす時間も長くなり、その中の1人に、彼がいた。2人きりでご飯に行ったり、バーに行ったり、買い物したり、夜中にドライブしたり。ずっと前から親友だったみたいに、段々と一緒にいる時間が長くなった。
そうして、ふと気づくと、彼といる自分は、友達の誰といるよりも、肩の力が抜けていて、みっともない顔で腹を抱えて笑って、騒いで、いつも上機嫌だった。その理由を考えてみて分かった。なんだ、すごく、単純なことだったのだ。
ほんとうは、はじめから好きだったのだ。
ずっと、救われていたのだ。
◎ ◎
私にあまり興味なさそうな恋人との電話や雑な扱いに、静かに傷ついている時、生き方を全肯定してくれる彼の言葉に救われてやっと、立っていられたのだ。
思うように器用に生きられなくて自分を責める声に苦しんでいる時、屈託ない笑顔でただ隣にいてくれるだけで、心が穏やかになった。
自分らしくいられるって、こんなに楽しくて幸せなことなのだ。そしてこの幸せをくれたのは、彼だった。
喉の奥のことば。出てきてはダメだと飲み込んで消したはずなのに、消化しきれなくて、まだ身体の中に残っていた。
認めたくなくて誰にも言えなかったけれど、もう嘘はつけない。
もう今なら、言ってもいいかな。
■Minakoのプロフィール
猫とふたり暮らし。一人旅と川沿いの散歩が好き。