小説家・筒井康隆氏の名著のひとつとなる現代SF小説『残像に口紅を』。1989年の刊行から30年以上経った今もTikTokをきっかけに再注目されるなど、その面白さが度々話題となっている。
そんな名著が、漫画家・寺田浩晃氏によってコミカライズ。『残像に口紅を』(寺田浩晃:漫画、筒井康隆:原作/KADOKAWA)として刊行された。小説から漫画へと形式が変わる事で、より一層作品の魅力やユニークさを広める大きな一助ともなるに違いない。
物語の主人公は、“自分がフィクションの世界の主人公である”自覚を持つ男・佐治。彼らが生きる現代社会は、ひとつずつ「ひらがな」が消えていく世界だ。
同時にそのひらがなによって表されるものも、知らず知らずのうちに彼のみならず周囲の人々の意識からも消えていく。そんな中で、佐治はどのような運命を辿るのか。
非常に実験的かつ、ユニークなSF的発想のもとで執筆された本小説。だが中には、次元や言葉の概念を階層的かつ哲学的に描いたこの物語を、小説という文字情報の媒体ではなかなか理解しづらい人も多いだろう。
そんな人にとっては、佐治と物語の“解説役”津田の会話シーンが冒頭に描かれるこのコミカライズ版の存在で、作品自体に触れるハードルはぐっと大きく下がるはず。よりシンプルに、そしてライトに。この物語を楽しむ人も、きっと大勢増えるのではないだろうか。
消えたひらがなが1~2個ならまだしも、その数が10個、15個となってくると、佐治や作中の人々の喋る言葉や生活も、さすがに違和のあるものになってくる。あるいは、消えるひらがなの順番によっても、その光景は大きく様変わりするだろう。
だが、作中人物である彼らはそれに気づけない。その違和感に気づけるのは、彼らの生きる箱庭を、外から覗いている我々読者だけだ。
原作小説を知らない人にとっては、もちろん物語の先行きがどうなるか気になる本作。あるいは原作を知る人にとっても、様々なシーンがどのような形で漫画として描写されるのか。そういった読み比べが楽しめるのも、コミカライズの魅力のひとつだ。
当たり前にあるはずのものがいつしかなくなっていく、恐ろしくも不思議な世界。そこで生きる人々の辿る結末を、ぜひ漫画でも最後まで見届けてほしい。
文=ネゴト/ 曽我美なつめ