輪島便り~星空を見上げながら~ 文・写真 秋山祐貴子
北しぶきのなかに響く「りりりーん」
2024年(令和6年)の地震より前に、輪島の中心部で暮らしていたときのこと。松の内が明けてから寒の時期にかけて、静寂な町のなかに「りりりーん、りりりーん」と厳かで趣のある音が響いていました。「何の音だろう?」と、ずっと気になっていたある日。当時の家の近くで、その音がぴたりと止まりました。
後日ご近所さんに伺ってみると、となり町にある總持寺(そうじじ)の僧侶達が寒修行の托鉢をして、家々を回っているときの合図の音とのこと。この鈴(りん)と呼ばれる仏具の響きが聞こえてくると玄関を開けて、網代笠と雨コートに身を包んだ僧侶にお布施をするそうなのです。
門前町の人々の拠りどころ
この僧侶たちが修行する總持寺祖院は、輪島市の中心から約20㎞南に位置しています。2007年の能登半島地震で大きな被害を受けたあと、十数年掛かりの修復を終え、3年経たずして起きた2024年の地震で、またもや建造物が倒壊したり境内で地割れや地滑りが発生したりして大変な状況にあります。まだ再建の見通しが立たないなかですが、2024年10月、この寺院における16棟の建造物が国の重要文化財に指定されました。
神奈川県の横浜にある大本山總持寺とともに、曹洞宗の禅の修行道場として智慧を伝えています。700年に渡る歴史を刻んできた古刹は、この門前町の象徴であり、住民にとっての心の拠りどころでもあります。お膝元にある門前總持寺商店街では、各商店が仮設の店舗などで営業を再開して、復旧復興に向けた歩みを進めています。
總持寺から西へ2~3㎞の海沿いの敷地には、大規模な仮設住宅の団地があります。その地区の団地全体で約360戸もあるそうです。その1戸に、昨秋私も入居しました。地震前にグランドゴルフ場だった敷地には、仮設住宅のコンテナハウスが区画ごとに整然と並んでいます。
住宅の場所は行政によって割り当てられ、同じ区画のなかには近隣の色んな地区の方々がいます。被災の状況も様々ですが、程よい距離感を保ちながら、肩を寄せ合って暮らしているような雰囲気があります。
仮設住宅でのミニマムな暮らし
世帯の人数によって、割り当てられる住宅の間取りが変わります。単身者の私の場合は1Kの住宅。入口に雨よけのスペースがあり、玄関の扉を開けるとすぐに2.5畳のキッチン兼ランドリースペースと風呂・トイレ・洗面所があり、その奥に4.5畳の部屋と収納棚があります。ビジネスホテルのシングルルームくらいの広さに、冷蔵庫や調理器具、洗濯機、寝具や衣料品など、日常生活を送るのに最低限の品々を所狭しと並べて暮らしています。
玄関の半畳のスペースが調理場兼ダイニングであり、脱衣所も兼ねています。例えば、ごはんの時間には、この半畳に折り畳みの台を広げて調理して、その台をそのまま机代わりにして食事をしたら速やかに片付け、次は洗濯物を…といった具合の生活動線です。キッチンは備えつけのコンロと流し台のみで、毎食ごはんをつくって食べる者にとっては今まで通りのやりかたで料理をすることが難しく、限られたスペースでの調理方法や献立の工夫が必要になってきます。
その奥の4.5畳は、寝室兼書斎。突き当りにある窓の外には、物干し竿を取りつけることができるようになっています。この部屋にはエアコンが備えつけられているので、天気がよくないときは物干しスペースにもなり、洗濯物を干すことで部屋の湿度も調整できます。雪国で一般的なストーブやヒーターなどの暖房器具を置くスペースがないため、暖をとるにはエアコンに頼らざるをえないけれど、この住宅は気密性が高いうえ冬場に隙間風などもなく助かります。
暮らしの所感
このように仮設住宅は、コンパクトで機能的な仕様になっていて、何から何まで整っていてありがたいです。おかげさまで安心して冬を越すことができ、感謝の思いでいっぱいです。しかし、ずっと住宅内にいると、まるで缶詰のなかで暮らしているような、心身が委縮して煮干しのようになってしまう寂しい感覚があります。
手足を伸ばして体操やストレッチをしようと思っても、必ずどこかにぶつかってしまい痛い思いをします。そんな毎日なので、天気のいい日には、玄関前の屋外で思いっきり呼吸して体を動かしています。すると、お隣りさんをはじめ巡回活動やボランティアの方々とのコミュニケーションが生まれるきっかけになります。
雪が降る前には玄関前に凍結による滑り止めのためのコモ(稲藁のマット)を敷いてくださったり、雪が積もれば雪かきや車の養生をしてくださったり、雪国ならではの思いやりの対話をこころから暖かく感じています。
仮設団地から、新たなコミュニティへ
仮設住宅の団地内には、集会所があります。図書スペースが開放されていたり、交流イベントなどが開催されていたりします。団地内の各所に掲示板があって、暮らしの情報を得ることができます。そして、団地周辺には生活必需品を販売する店がないため、總持寺周辺の店へ買いものに行けるように定期的にバスが巡回したり、移動販売車がやって来たりします。
さらに、2025年5月には、この集会所に隣接してコミュニティセンターが開設される予定です。集会所の方によると、このセンターには運動施設、食事処、銭湯などが入るそう。住宅内にいると孤立してしまうことも多いですが、このようなセンターを通じて人と人が日常生活のなかで関わり合う空間や支え合う関係性を築くことができれば、この団地の住民に元気な笑顔も増えていくのではないかと期待しています。
能登では、2月の大雪のあと、石蕗(ツワブキ)の花が咲き、蕗の薹(フキノトウ)が顔を出しはじめました。今までの日常を思い出すように、季節を楽しんでいます。雪が舞うなかでも、すこしずつ春めいていく様子に、命のきらめきを感じる日々です。
秋山祐貴子 Yukiko Akiyama
神奈川県生まれ。女子美術大学付属高校卒業。女子美術大学工芸科染専攻卒業。高校の授業で、人間国宝の漆芸家・故松田権六の著作『うるしの話』に出合ったことがきっかけとなり漆の道に進むことを決意する。大学卒業後、漆塗り修行のため石川県輪島市へ移住する。石川県立輪島漆芸技術研修所専修科卒業。石川県立輪島漆芸技術研修所髹漆(きゅうしつ)科卒業。人間国宝、小森邦衞氏に弟子入りし、年季明け独立。 現在輪島市黒島地区で髹漆の工房を構えた矢先に、1月1日の震災に遭遇する。
関連リンク
『輪島便り~星空を見上げながら~』とは…
輪島に暮らす、塗師の秋山祐貴子さんが綴る、『輪島便り~星空を見上げながら~』。輪島市の中心から車で30分。能登半島の北西部に位置する黒島地区は北前船の船主や船員たちの居住地として栄え、黒瓦の屋根が連なる美しい景観は、国の重要伝統的建造物群保存地区にも指定されてきました。塗師の秋山祐貴子さんは、輪島での16年間の歳月の後、この黒島地区の古民家に工房を構え、修復しながら作品制作に励もうとした矢先に、今回の地震に遭いました。多くの建造物と同様、秋山さんの工房も倒壊。工房での制作再開の目途は立たないものの、この地で漆の仕事を続け、黒島のまちづくりに携わりながら能登半島の復興を目指し、新たな生活を始める決意を固めています。かつての黒島の豊かなくらし、美しい自然、人々との交流、漆に向ける情熱、そして被災地の現状……。被災地で日々の生活を営み、復興に尽力する一方で、漆と真摯に向き合う一人の女性が描く、ありのままの能登の姿です。