ライターとして活動するべっこうあめアマミさんは、知的障害を伴う自閉症がある10歳の息子と、きょうだい児である6歳の娘を育てながら、発達障害や障害児育児に関する記事を執筆しています。
3月21日は「ランドセルの日」です。日本記念日協会(長野県佐久市)によると、「6年間の思い出をいっぱい詰め込んだこのランドセルに感謝の気持ちを」という思いを込め、思い出のランドセルをミニチュアに作り直す事業を行う革細工職人らが制定したということです。また、「3+2+1=6」で「6年間ありがとう」という意味も込められているといいます。
子どもの小学校入学にあたり、多くの保護者はランドセルを購入すると思います。一般的に入学の半年以上前にランドセルを購入するケースが多いようですが、アマミさんは当初、ランドセルを購入する予定はなく、入学の2カ月ほど前に急きょ購入を決めたということです。ランドセルの購入に至った背景について、アマミさんが紹介します。
リュックの方が便利だったが…
多くの小学生はランドセルを背負って学校に通うと思いますが、特別支援学校の場合、そうとは限りません。私の息子も障害があり、特別支援学校に通っていますが、特別支援学校ではリュックを選ぶ家庭が多いのです。
しかし、私は息子の進学先が特別支援学校であるにもかかわらず、ランドセルを購入しました。そして、1年生から3年生の途中まで、息子はほとんどの日をランドセルで通学したのです。
息子が通う特別支援学校では、リュック派が多数ではありますが、入学式ではランドセルを背負っている子が何人もいました。
特別支援学校に行く場合は「ランドセル不要」と思われることもありますが、実はそうではないのです。ランドセルでの特別支援学校への通学、私はこれはこれでありだったと思っています。
私が息子にランドセルを買ったのには、いくつか理由がありました。
最初は私も、「特別支援学校に行くのだから、ランドセルは必要ない」と思っていたのです。リュックの方が荷物がたくさん入るし、教科書のような本類が必要ない特別支援学校の荷物には、ランドセルのような形は不向きとも思っていました。
そして、これは私の勝手な思い込みなのですが、「特別支援学校に行くのに無理にランドセルで行かせようとするなんて、『普通』にこだわり過ぎている親だと思われそうで恥ずかしい」などと思っていたのです。そのかたくなな気持ちで、ずっと「息子にはリュックを」と思い込んでいました。
しかし、息子の入学の2カ月ほど前になったとき、自分の心の中でずっとくすぶっていたモヤモヤにようやく気付きました。私は、「息子にはランドセルは不要」と思い込もうとしていましたが、実は「息子のランドセル姿を見たい!」という気持ちがずっと捨て切れなかったのです。
そんな気持ちの中で臨んだ特別支援学校の入学説明会が、転機となりました。たまたま隣に座った女性と通学用のカバンをどうするか雑談したときに、「うちはランドセルを買いましたよ」と、その女性は何気なく言ったのです。確かに特別支援学校では荷物も多いし、ランドセルでどれだけ通えるか分からないが、リュックとランドセル、両方を使い分けるつもりだとその女性は言いました。
その言葉を聞いたとき、私の心の中のランドセルに関するもやが晴れたような気がしたのです。
「そうか…別にランドセルを買ってもいいんだ、たった一度の小学1年生、ランドセルを背負わせたいって思ってもいいんだ」
それから私は、自分の中の「ランドセルは不要」というこだわりを捨て、もっと柔軟に考えてみようと思うようになりました。
こうして説明会の数日後、息子のランドセルを見に行くことにしたのです。
ランドセルを背負った息子が笑顔に
私が店に行ったのは2月でしたが、もうランドセル商戦は終わっていて、売れ残ったランドセルが破格の値段で売り出されていました。
普段は大きなリュックで通学させ、ランドセルは荷物が少ないときや入学式の撮影用に使えたらいいなと考えていた私にとって、これは好都合でした。そこで、店でリュックとランドセルを両方買うことに決めました。
ランドセルは正規の値段で5万円以上するものが多いと思いますが、このときはリュックと合わせても4万円いくかいかないかぐらいの値段で買える製品がたくさんあったのです。息子に最初からランドセルを買っていたと思えば、まったくの予算内でした。
そして、目に止まった黒いランドセルを息子に背負わせてみると、息子はうれしそうに笑って、ランドセルを背負い、手放そうとしませんでした。
ニコニコとランドセルを背負って歩く息子を見ると、「息子のランドセル姿を見られてよかった」という気持ちがこみ上げました。
息子は自閉症で言葉を話すことができないので、何も言ってはくれません。しかし、そのうれしそうな表情を見たら、もう即決で買うしかないと思いました。
さらに、息子はなで肩で、いつもどんなリュックでも肩からベルトがずり落ちてしまっていたのですが、ランドセルはかっちりとしたつくりなので、息子の肩にジャストフィット。まったくずり落ちません。体格的にも、息子にはランドセルが合っているのだろうと思いました。
こうして私たちはランドセルを入学ギリギリのタイミングで購入し、息子は特別支援学校に入学しました。
当初はリュックとランドセルを併用させるつもりでした。ところがいざ入学してみると、息子がランドセルをとても気に入って、ほぼ毎日ランドセルで通学することになったのです。
荷物も思ったほど多くならず、夏の水泳がある日や学期末、学期の始め以外は、息子はずっとランドセルで通いました。
ランドセルを卒業した理由
息子は入学してから3年生の途中まで、ほぼランドセルで通学しました。しかし、4年生の現在、ランドセルは使っていません。
一番の理由は、体が大きくなったことです。特別支援学校の荷物のほとんどは衣類です。体が大きくなるにつれ、衣類のかさが増え、だんだんランドセルに収めるにはきつくなっていきました。特に冬は長袖長ズボン、羽織ものも必要になり、大きめのリュックの方が出し入れが楽です。
さらに、骨格もしっかりしてきて、1年生のころは大き過ぎてずり落ちぎみだった大きなリュックも、体にフィットするようになってきたので、3年生の中ごろに、全面的にリュック通学に切り替えました。
しかし、息子が低学年のときは、ランドセルで十分対応できました。
特別支援学校によっては、ランドセルで通学するのを認めていないケースもあるかもしれません。
そして、息子の場合は放課後の居場所である放課後等デイサービス用の荷物を毎日持ち運ぶ必要がなかったからではありますが、特別支援学校に通うすべての子がリュックで通学しているわけではないのだと思いました。
ランドセルを「選ぶ」ことができるという視点
子どもを特別支援学校に通わせることに決めると、親はいろいろな「普通」を手放さなければなりません。それが子どもにとって良い選択だと思うから決めたわけで、「普通」にこだわる必要もないのですが、「ランドセルを背負うわが子を見たい」というささやかな「普通」の願いくらい、諦めなくてもよいと思うのです。
実際にランドセルで通う子だっていますし、学校の決まりに反しない限りは、ある程度柔軟に考えてもいいと思います。
息子が高学年になるにつれ、ランドセル通学が難しくなったことを考えると、特別支援学校に通う子どもがランドセルを背負えるのは、低学年のうちの特権とも言えます。
息子の入学式のランドセル姿の写真を見ると、今でもランドセルを買う選択をしてよかったと思います。6年間は使えなかったけれど、息子のランドセルは十分役目を果たしてくれました。
障害児育児をしていると、いろいろな場面で「普通」にはいかないことが起こり、「普通」にこだわってはいけないという周囲の声が聞こえるように感じることも多いです。
しかし、子どもの成長の一つ一つの思い出は、ときに「普通」にこだわりつつ、大事にしていきたいと思います。
ライター、イラストレーター べっこうあめアマミ