献血は輸血を必要とする患者の命を救う重要な行為ですが、実はドナー自身にも思わぬメリットがあるかもしれません。
英フランシス・クリック研究所(Francis Crick Institute)はこのほど、定期的に献血をする人の血液幹細胞に、特定の遺伝的変化が生じていることを発見しました。
この変化は白血病のような血液の病気とは違い、むしろ健康的な血液細胞の生産を促していたのです。
研究の詳細は2025年3月11日付で学術誌『Blood』に掲載されています。
目次
- 献血をしていると「血液の質」が変わる?
- 献血で「健康な血液細胞」が生まれていた
献血をしていると「血液の質」が変わる?
私たちの血液は、骨髄にある血液幹細胞によって常に新しく作られています。
血液を失うと、体はその分を補うために新しい血液細胞を作り出します。
実はこの過程で、血液の質が遺伝子レベルでわずかながら変化することがあるのです。
今回の研究では、生涯で100回以上献血した217名の男性と、10回未満しか献血していない212名の男性の血液を比較しました。
その結果、頻繁に献血を行う人の血液幹細胞に特定の遺伝的変化が生じていることがわかったのです。
なぜこのような変化が起こるのか?
そしてどのような変化を起こしていたのか?
研究者たちは、この疑問に答えるために詳しく調査を行いました。
献血で「健康な血液細胞」が生まれていた
本研究では、血液幹細胞の遺伝的変化が、健康にどのような影響を与えるのかを明らかにするための実験を行いました。
チームは献血を頻繁に行う人々の血液幹細胞を調べ、その遺伝子に着目しました。
その中でも特に「DNMT3A」という遺伝子の変異に注目しています。
DNMT3Aは、血液幹細胞の成長や分化を調整する重要な役割を果たす遺伝子です。
そして解析の結果、頻繁な献血者のDNMT3Aに特定の変異が多く見られることがわかりました。
さらにこの遺伝的変異は、DNMT3Aの変異を持たない細胞よりも、赤血球の生産を促進し、健康的な血液をすばやく作るのに有利な働きをしていることが示されたのです。
チームはまた、遺伝子編集技術を用いてDNMT3Aの遺伝子変異を人工的に導入したヒトの血液幹細胞を作製し、それらを2つの異なる環境で育てました。
1:エリスロポエチン(EPO)を含む環境 – EPOは赤血球の産生を促すホルモンで、血液を一時的に喪失する献血後に増加する。つまり、献血後の環境を模倣したもの
2:炎症性物質を含む環境 – 体内で感染症が発生した際の環境を模倣したもの
実験の結果、頻繁な献血者で見られるDNMT3Aの変異を持つ細胞は、EPO環境でのみ増殖し、炎症環境では増殖しなかったことが確認されました。
一方で、白血病と関連するDNMT3A変異は炎症環境でのみ増殖し、EPO環境では増殖しなかったのです。
これにより、献血による血液の一時的な喪失には、健康的な血液幹細胞の増殖を促進する可能性があることが示されました。
今回の研究から、献血は単に人を助ける行為だけではなく、自分自身の健康にも良い影響を与える可能性があることが示唆されています。
もちろん、献血の健康への影響を確実に証明するには、より大規模な研究が必要です。
しかし定期的に献血をすることで、体がより健康な血液を作り出すように適応するという考え方は、非常に興味深いものでしょう。
参考文献
Regularly Giving Blood Could Benefit Your Own Health, Too
https://www.sciencealert.com/regularly-giving-blood-could-benefit-your-own-health-too
Beneficial genetic changes observed in regular blood donors
https://www.crick.ac.uk/news-and-features/2025-03-11_beneficial-genetic-changes-observed-in-regular-blood-donors
元論文
Clonal Hematopoiesis Landscape in Frequent Blood Donors
https://doi.org/10.1182/blood.2024027999
ライター
千野 真吾: 生物学出身のWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部