「『休職』という言葉を聞くと、周りからは『甘え』のように聞こえてしまうだろう」
でも、私は、これは捉え方なのかと思った。
私は社会人2年目にして、長時間労働をしながらも、土日の休日もどちらか一方の日に出勤して、どちらか休みをとる日々をおくっていた。
皆さんも、学校の先生の仕事についてある程度分かるかもしれないが、その仕事の実態はかなり過酷なものだった。
特に、中高の先生の場合は、小学校と異なり、部活動が土日にあるため、休みをとってお出かけをしたり、病院に診てもらったりする余裕がなかった。部活動になると、平日の朝と放課後の練習に加え、土日の練習の監督、あとは、大会の監督等の仕事を課せられた。
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2年目のはじめは、1年目の初々しい時期ということもあり、仕事を覚えることだけでも必死だったため、余裕が少しできて、逆に、楽しくやれていた。やりがいも感じて、「先生をこれからも続けていけたらいいのに」という気持ちでいっぱいだった。
しかし、職場の急な環境の変化と同時に、職場の人間関係の変化に上手く順応出来なかった。そのため、丁度昨年の2月頃から、平均4時間という睡眠不足で、朝起きてから酒を飲んでいないのに2日酔いのようなめまいや動悸、あとは頭痛と腹痛が続いた。朝からその調子のため、通勤で使っていた電車の中で今にも吐きそうな調子で毎日通勤した。
それでも、仕事をやり続けようと、周りに迷惑をかけないように応えていたが、その時期に仕事でのケアレスミスも多くなった。なんとか、3月までは仕事をやり切ったけど、4月の時にまた新しい職場になっても、研修から自分のやりたくない仕事が多く課せられるようだった。
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しばらくして、私は、そこから、仕事を「休む」ことにした。といっても、一緒に住んでいた母の言葉から決断したことだった。病院に行って診てもらったところ、適応障害と診断された。
はじめは、自分の好きなようにして過ごした。しかし、何にも変化しなかったため、心配してくれた家族の助言から、読書をしながらも、ジムに通って運動したり、ゴミ捨てや皿洗い、買い出しと料理をするといった家事をしたりして過ごすようにした。
結果、仕事の復帰まで行けるぐらいに良くなってきた。しかし、いざ、仕事の復帰になると、職場に足を運ぶことすら勇気が無くなった。一度、復帰をしようと意気込んでいた時もあったが、私が今まで仕事に向けた姿勢を思い起こすと、「なんで、また、私は、あの仕事に戻ろうとしているのか」と思った。
2年目の講師にして、教員採用試験を合格したから休めているが、もし、受かっていなければ、また、講師を続けることからもっと危ないことになっていたのかもしれないし、復帰しても、次は、その仕事の多さと仕事量に追い付かずに、命を犠牲にしてしまうのではないかと思った。ずっと休むつもりではなかったが、あの時、休んで良かったと思った。
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私は、もし、仕事が辛くて休みづらい方がいれば伝えたいことがある。それは、「休む」ことは「甘え」でも「ズル」でもなく、自分を変える「チャンス」だと思ってもらいたい。
そして、「休み方」を知るために休んでいる。そう思っていただければ少し肩の力も落とせるかと。
そして、仕事に復帰する場合は、同じ職場に復帰することと、違う仕事に転職をすることの選択を自分でできるようにした方がよい。焦らずに復帰ができることが大切だ。
あとは、自分の人生は、誰かでなく、自分で決めることが大事だ。自分の体も同様、自分のものの為、大切にするべきだ。
今は、適応障害はなくなりつつあり、他の症状の薬を処方してもらっている。他の仕事にも興味を持って転職活動を始める段階だ。転職活動をこのまま頑張っていこうと思った。
■あいちのプロフィール
海を眺めるのが好き。実家の海には一日中眺めていられます。アメリカに行った経験があり、英語が好き。大学では進路がいまだ定まっていない。