乃木坂46の3期生としてデビューし、近年は大河ドラマ「どうする家康」や初主演映画『左様なら今晩は』(22)、W主演の『誰よりもつよく抱きしめて』(25)といった話題作に次々に出演、俳優としても注目を集めるようになった久保史緒里。そんな彼女が平祐奈とW主演した『ネムルバカ』(公開中)は、大学の女子寮の同じ部屋に住む後輩と先輩の日常を描いたもの。ゆる~いけれど、焦りとモヤモヤした気分も伴う大学生特有の時間が、久保が平と一緒に紡いだ自然な芝居でリアルに映しだされ、映画そのものの魅力にもなっている。そこで本コラムでは、『ネムルバカ』で見せた久保のなにげない芝居のすばらしさを具体例を挙げながら紹介。彼女の新たな魅力に迫っていく。
【写真を見る】先輩のルカとルームシェアする入巣を久保が演じる
心地よくも切実な”大学生の時間”をリアルに描く『ネムルバカ』
「それでも町は廻っている」、「天国大魔境」などで知られる石黒正数が29歳の時に描き始めた同名コミックを、「ベイビーわるきゅーれ」などで知られ、当時の石黒の年齢に近い28歳である阪元裕吾監督が実写映画化した『ネムルバカ』。大学の女子寮で同じ部屋に住む、後輩の入巣柚実と先輩の鯨井ルカ。いつも金欠のルカはインディーズバンド「ピートモス」のギターボーカルとして自らの夢を追いかけているが、入巣は特に打ち込むものもなく、古本屋でなんとなくバイトをする日々を送っていた。安い居酒屋でダラダラ飲んだり、古い海外ドラマを暇つぶしに観るゆるくて心地よい2人の日常。そんなある日、ルカに大手レコード会社から電話がかかってきて…。
久保が自分らしさを見つけようともがく入巣を自然体で演じ、平祐奈が才能の壁に悩むルカを人生初の金髪&ギター演奏で体現。さらに「騎士竜戦隊リュウソウジャー」などの綱啓永、「爆太郎戦隊ドンブラザーズ」などの樋口幸平といった注目の若手俳優や、人気お笑い芸人ロングコートダディの兎、ロックバンドのthe dadadadysの儀間陽柄といった異色の個性派キャストが参戦。心地よさと切実さが同居する大学生時代を描いた石黒ワールドが、なんでもない日常を脱力系の笑いで映しだすことに定評がある阪元監督のリアルなタッチで立ち上がる。平が劇中で鯨井ルカとして歌う、主題歌「ネムルバカ」の作詞も原作者の石黒が担当。漫画では表現できない心に響くサウンドも、映画の魅力を増幅させている。
惰性で生きているようでエネルギッシュな後輩、入巣
入巣は音楽の夢を追いかける先輩のルカと違い、目的もなく、毎日をダラダラ生きているように見えるけれど、金銭感覚や日々の生活はきちんとしていて、湧き出る感情に素直で好奇心も旺盛。ルカに「あいつ(綱啓永が演じた同級生の田口は)、オマエのこと好きだよね」って言われただけで「そうですよね」とその気になるし、バイト先の先輩(兎)から食事に誘われた時もナメられないための武装メイクで出かけていく。自分がやりたいことや生きる目的がわからないから自己肯定感は低いものの、そんな自分が嫌で常にもがいていて、それが深酒を招くこともしばしば。人を純粋に好きになるので、その反動もあって、裏切られた時は自分の爆発する感情を抑えられずに思わず手が出てしまうこともある。
そんなイマドキの若者が抱えがちな日々の“倦怠感”と、時に炸裂するエネルギーを、久保が嘘のない芝居で演じ分けていて見逃せない。なかでも、「この音が私をよみがえらせる」と言って缶ビールのプルトップを開ける時の表情や、「(ルカ先輩は)私とは住んでいる世界が違うんだと思いましたよ」とグダグダ嘆く酔っぱらいの芝居は共感できる生々しさ。思いがけないところで強烈なパンチを繰りだすシーンや口から思わず本音が漏れるクライマックスも、体温を感じる久保の芝居や表情でより胸に染みるものになっている。
女子の会話を横目に見ているようなリアル
本作では石黒と阪元監督が共に得意とする、“普通の日常をおもしろく切り取った”数々の名シーンが次々に登場する。入巣が腹ペコで帰ってきたルカに“特製エビ天丼”を作ってあげる冒頭のくだりから、居酒屋で交される会話や当たると酒がメガサイズになるチンチロのひとコマ、ルカが説く“ダサいくる”な自称アーティストたちのことを入巣が「かわいそうな人たちですね」と一喝する一連、炊飯ジャーの米を慌てていた入巣が床にまき散らしてしまうトラブル、さらに驚愕の+αまで、どこにでもある日常が独特の空気とテンポで映しだされる。それらに思わずクスッと笑ってしまうのは、どれも誰もが一度は経験していて“あるある”と思えるエピソードばかりだから。
それらを久保がアイドルの時のオーラを消し去り、平との絶妙なかけ合いや飾らない自然な芝居で体現しているのも大きい。2023年の『探偵マリコの生涯で一番悲惨な日』では、恋をしたホストに入れ揚げるキャバ嬢をどうしようもない人間の欲望を感じさせる芝居で演じていたが、すでに確立しているその“さりげなさ”や“普通さ”こそ久保の魅力。本作でも“素”とも思える普段着の姿で入巣になりきっているから、観る者はまるで彼女の普段の生活を覗き見ているような感覚で一喜一憂できるのだ。
魅力を覚醒させ輝きを増す久保史緒里
ここまで読んでいただければ、“夢”や“才能”といったテーマも秘めた本作が、久保史緒里という“俳優”の魅力の上に成り立っているのがわかるはずだ。逆の言い方をするなら、それは「『ネムルバカ』という作品と出逢い、この世界を愛しすぎた」という公式コメントを残している彼女の本来の魅力が覚醒した証。俳優としてのキャリアはまだまだ浅いものの、自らの感情に正直な芝居と独自の佇まいでこれからますます輝きを増していくはずだ。次はどんな顔を見せてくれるのか?まだまだ目が離せない。
文/イソガイマサト