「週刊少年サンデー」は3月19日発売の16号で創刊66周年を迎えた。創刊号発売を記念して、ダ・ヴィンチWebでは現編集長・大嶋 一範さんにロングインタビューを実施した。
前半は入社直後に配属されたコロコロコミック編集部のこと、そしてサンデー編集部で最初に担当した『名探偵コナン』の魅力を語っていただいた。
後半となる本記事は『葬送のフリーレン』ヒットの裏側、週刊少年誌の世界で売り上げトップを走る「ジャンプ」の存在。そして「漫画というメディアの魅力」についてお話を伺った。少年サンデー編集長が考える“漫画編集の本質”とは?
『葬送のフリーレン』ヒットの裏に謙虚な編集者
ーー『葬送のフリーレン』のヒットは近年のサンデーの大きなトピックかと思います。
大嶋:超大前提として、すごく才能がある山田鐘人先生、アベツカサ先生という2人の作家さんが頑張ったからこそ、多くの方にご支持頂けたんだと思います。そのうえで編集長としての目線で見ると、担当編集・小倉の存在も大きいと思っています。私の直前の『コナン』担当でもあり、一見、無口でおとなしそうなのですが、熱量と仕事ぶりがなかなかすごい奴です。『葬送のフリーレン』のあとも『ラストカルテ』『ストランド』『廻天のアルバス』とサンデーでぞくぞく話題作を立ち上げています。
ーー大嶋さんは『フリーレン』の連載前にネーム等を見て、ヒットの予感などはありましたか?
大嶋:それは、ここまでのことになるとは予見出来ていなかったですね… 企画の段階で既にすごく面白かったんですが、連載企画に所感を書くシートに、私は「エルフちゃんにもう少し愛嬌があったほうがいい」という、今のフリーレンのヒットを見ると、本当に的外れな指摘をしてしまい(笑)。小倉は「ふざけんな」って思っていただろうなと思います。
ーー(笑)。ヒット作が生まれることによって、サンデー全体の雰囲気が変わったりするものですか?
大嶋:『フリーレン』というアニメ化された大ヒット作が生まれても、編集部が浮かれるようなことはまったくなかったですね。これに続く作品を作るんだ、と、全体としてはより新人作家さんの発掘や打合せに熱が入ったと感じています。これからも有限な書店面積や漫画ファンの取り合いは続いていくので。日本中の新人作家さんが「これからはジャンプじゃなくてサンデーに持ち込みをしよう」と思ってもらえる日まで我々のスタンスは変わらないと思います。
どうやってジャンプとの差を詰めるのか?
ーーここまでお話を伺っていて、ジャンプを強く意識されているのだなと思いました。
大嶋:そうですね。少なくとも私は「ジャンプ」に勝ちたいとめちゃくちゃ思っています(笑)。コロコロ出身で勝負事が好きなのもありますが「どうやってその差を詰めるのか」「サンデーが勝負できるポイントはどこなのか」というのは常に考えながら戦略を練っています。
ーー具体的には、どんなことを考えているのでしょうか?
大嶋:まず、誌面上で目新しく映る、驚きのある作品を、若い編集者と作家さんが送り出せるのが最重要ポイントです。そしてその際に、読者層を狭めない上質さと、品質の高さがブランドカラーとしてあること。また長期連載作品や、大御所漫画家さんの存在はサンデーの強みだと思っています。大好きなこの作品、この作家さんと一緒に雑誌に載りたいんだと、これから漫画を描く皆さんに思ってもらいたいです。一方で、若手の編集者たちには「サンデーうぇぶり」などで作家さんと一緒に連載を立ち上げる、企画を考えるという経験をたくさん積んでほしいと思っています。もしうまくいかなくても、その経験を活かしてまたチャレンジしてほしい。2024年は「週刊少年サンデー」だけで10本の新連載が生まれました。今年もどんどん新連載を始める予定です。
ーー新しい作品が生まれるなかでも、長期連載作がいくつも続いているのはサンデーならではですよね。
大嶋:僕は昔から『水戸黄門』ってすごく強いコンテンツだと思っていて。しっかりとしたものをクオリティを落とさずに作り続け、約束された快感を与えてくれる。そういった視聴者との信頼関係ができる作品、作家さん、雑誌ブランド、編集者は絶対に強いんですよ。サンデーも、一度離れた読者さんがいつでも戻ってきて続きを読めたり、「かつてあなたが好きだったあの作品を描いている漫画家さんは、今も新しい作品を描いていますよ」という環境が作れていたりするのであれば、それはずっと大切にしていきたいと思っています。
愛すべき「原稿料」というシステム
ーーサンデーから少し視点を広げて、業界全体のお話も少し聞かせてください。雑誌の発行部数は長年、減少傾向にありますが、漫画雑誌はこれからどのようになっていくと思いますか?
大嶋:部数低減は世の中の流れ的にやむを得ないというか、雑誌が、その文化を好きな方のためのものになっていくのは間違いないと思っています。一方、アメリカではいま、電子版が苦戦してるんですよね。紙のコミックスが9割、電子が1割の売り上げです。何故そうなんだろう?と現地出版社さんにも聞いたのですが、漫画の単行本は「コレクションアイテム」であり「画集」だ、という扱いだからなんですよ。僕はこれ、本質的だと思っていて。漫画家さんって「画家」なんですよね。
ーーああ、なるほど。絵画を描く画家さん。
大嶋:だからゴッホみたいに、自分が現役でないタイミングで評価をされるかもしれないし、原画には凄まじい価値がつくかもしれない。と考えると、雑誌はパンフレットみたいなものになるはずで、パンフレットをどのようにユーザーさんに楽しんでいただきながら頒布していくのかを考えることが、紙の雑誌が生き残る道かなと思っています。
ーー原画が海外に流出、みたいな話もよく聞きますよね。
大嶋:そうですね。ただ、ここは難しいところで、漫画と原画の価値はイコールとは言えないんですよ。少なくとも日本の出版業界では、原画はあくまでも漫画を生むための中間制作物で、本の形になってはじめて価値が生まれると。そのために「原稿料」というシステムがあります。少なくともサンデーにおいては、ドラスティックに「新人さんの原稿は5円ね、大御所先生は30万円です」ということは絶対にしません。それじゃあ次の人気作家は生まれないよね、と漫画の黎明期に誰かが考えて「原稿料」というエコシステムが生まれたのだと思うんです。将来、凄い作品を描いて、多くの人の心を動かすかもしれない新人さんが業界に参入して原稿料で生活していける、すごく大切な文化だなと思っています。僕はこの漫画雑誌の文化を愛しているんです。
ーーめちゃくちゃ面白いお話です。多少の差はあれど1ページ単価の決まった原稿料があって、高橋留美子先生の作品も『コナン』も、新人さんの作品も並んで載っていると。よく考えるとすごいことですよね。
大嶋:すべての漫画家さんが同じ指標で人気アンケートを取り、毎週フィードバックされるという。新人さんが憧れの漫画家と同じ誌面に載るとか、その中でのランキングを聞かされるとか、そういったなかで自分の進むべき道が見えてくる面もあると思うんです。これは漫画家さんが雑誌連載するメリットのひとつだと思います。
「めくり」の面白さ
ーーちなみに、エンターテインメント業界全体で見ると「漫画誌の競合は他社ではなくYouTubeやTikTok」とも言われています。可処分時間の奪い合いが叫ばれるなかで、漫画というコンテンツはどうなっていくと思われますか?
大嶋:可処分時間の奪い合いというのはその通りなのですが、動画に全て持っていかれて漫画が廃れることはないだろうと考えています。僕は漫画の面白さって「めくり」にあると思っているんです。
ーー自分でページをめくる面白さ、ということでしょうか。
大嶋:そうですね、読者が能動的であるというのも動画との違いです。あとは、漫画って基本的に非連続的なんですよ。コマとコマ、ページとページが飛んでいるので、その隙間を脳内で補完するんです。漫画を自分でめくって、行間からいろいろ考えたりするのは、動画を見るのとはまったく違う心的体験だと思っていますね。
あきらめない者が勝つようにできている
ーー最後に、サンデー編集長として今後の目標などを教えてください。
大嶋:前サンデー編集長の市原武法が「編集長は目先のことをやっていてはダメだ」と話していたことがあったのですが、これは本当にその通りだなと思っていて。サンデーが10年20年後も戦えるように、いま戦うのが僕の役割なので、長期間、漫画作品を送り出す組織を作っていきたい。世の中ってあきらめない者が勝つようにできているなと思っていて、なんとか倒れずに立ち続けられるようにしたいなと。
ーーチームリーダーとして求められるものが多いと思いますが、編集者一個人としてはいかがですか?
大嶋:小学生の娘が2人いるのですが、いま、僕がコロコロのときに担当していた漫画を面白い面白いと言って読んでいるんです。当時、必ずしも評価が得られなかったものもあるのですが、これが自分の仕事の本質だと思っていて。「少なくとも、自分にとっては間違いなく面白い。きっと誰かにとっても面白い。これは載せたほうがいい、出版したほうがいい」と思える作品をしっかり世の中に送り出す。そのポリシーだけは今後もブラさないようにしていきたいですね。
ーー「自分が面白いと思えるものを」というお話は本日、何度も登場しました。ここが大嶋さんのベースにあるのだなと思いました。
大嶋:というか、この基準がないとグラついてしまうんですよね。「明日『鬼滅の刃』みたいに爆売する作品を作れ」と言われても、確実に作れるわけじゃない。でも自分が面白いと信じていることをコツコツと積み上げて、それが時代と噛み合えば結果が出ると信じてやるしかない。だからサンデー編集部は、自身の「面白い」を信じている人がどんどん挑戦できる環境にしていきたいんです。
ーーありがとうございます。これからのサンデーと大嶋さんのご活躍を楽しみにしております。本日は長時間ありがとうございました。
大嶋:ありがとうございました!
取材・文=金沢俊吾、撮影=干川修
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