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エネルギー価格が落ち着いても米の価格は全然下がらない…エコノミストが危惧する"減反政策のツケ"

  • 2025.3.20

なぜ、物価上昇が止まらないのか。食料品価格の高止まりを懸念するエコノミストの崔真淑さんは「今後の経済政策には、単なる賃上げだけでなく、実質的な購買力の向上につながる対価意識がさらに必要になる」という――。

CPI上昇をつくるエネルギー価格の高騰

新年度が始まろうとする中、消費者物価指数(CPI)の上昇が続いています。

止まらない物価の上昇に苛立ちと不安を抱きながらの春を迎える人も多いのではないでしょうか。かく言う私がそのひとりです。スーパーに行けば、いつも買う食料品が以前よりも高くなっている、葉物野菜が同じ値段で量が減っている……などなどに愕然としてしまい、お米や旬の野菜を買うのをためらってしまうほどです。

全国消費者物価指数の推移 1月全国物価3.2%上昇(月別の全国消費者物価指数の推移)

こうした物価上昇の背景には、エネルギー価格の高騰があります。電気代やガス代が上がることで、食品の生産や輸送にかかるコストが増え、その結果として店頭価格も上がってしまうのです。今回はトランプ第2期政権の影響もふまえながら、この背景を明らかにしたいと思います。

2025年1月の消費者物価指数のデータによると、総合指数は2020年を100として111.2となり、前年同月比で4.0%の上昇となりました。生鮮食品を除いた同指数は109.8で3.2%の上昇、生鮮食品とエネルギーを除いた同指数は108.5で2.5%の上昇となっています(*1)。

農水省によると、2024年末はキャベツの価格が平年比3.4倍になったという報告もあり、食料品価格の上昇は昨年より継続している状況です。先述の通り、主な要因の一つが「エネルギー価格の変動」です。詳しく見ていきましょう。

*1 統計局ホームページ/消費者物価指数(CPI)全国(最新の月次結果の概要)

天然ガスの異常な値上がりによる影響

エネルギー価格は主に、「資源価格」と「為替」の2つの要因によって決まります。

実は今、原油価格そのものは下がってきています。たとえば、2025年1月時点のWTI(ウエスト・テキサス・インターミディエート)原油先物価格は、1バレル当たり約80ドルでしたが、2月には70ドルを割り込み、60ドル台に。3月時点で約67ドルです。ここ10年のトレンドを見ると、原油価格は50~60ドルを行き来しているので、そろそろ通常運行に戻りつつある。つまり、原油自体はかなり安くなってきていると言えるのです。

その一方、異常な値上がりを見せているのが天然ガスです。2025年2月には天然ガスの先物価格が大幅に上昇し、日本国内のガス代にも影響を及ぼしました。

その要因として、アメリカ北部で氷点下の寒波が発生し、暖房のための燃料需要が急増したことが挙げられます。さらに、天然ガスの在庫統計が急減したことを知らせるアメリカのエネルギー省(DOE)の発表によって、「ガスの供給が逼迫ひっぱくするのではないか?」という懸念が広がり、それが日本のガスの価格の上昇につながりました。

「掘って掘って掘りまくれ」のトランプ政権

もう一つの要因である為替については、2025年3月時点で1ドル=150円を切る水準となっており、昨年夏の160円と比較すると円高傾向にあります。円高になると輸入コストが下がるため、ガス価格の影響を除けば、他の資源価格は落ち着く可能性があります。

こうした資源価格と為替の両翼に影響を及ぼすのが、時の政権です。エネルギー価格の直接要因にトランプ第2期政権の政策があるのは言うまでもありません。

具体的には2月の日米首脳会談が挙げられます。この会見でトランプ大統領は、アメリカ産LNG(液化天然ガス)の日本への輸出について言及しました。LNGはマイナス162度まで冷却して液化した天然ガスで、火力発電の主力燃料として使われています。石炭や石油に比べて燃焼時の二酸化炭素の発生量が少ないため、環境に優しいエネルギーとして期待されているものです。

そもそもトランプ大統領は、バイデン前大統領のグリーンエネルギー政策を転換し、「掘って掘って掘りまくれ」と石油や天然ガスなど化石燃料の増産を推進しています。2000年代後半のアメリカを思い出してみましょう。当時のアメリカは、シェールオイルガス革命によって積極的に掘削事業を推し進めていました。一気に供給が増えたことで、1バレル40~50ドルの水準でエネルギー価格が推移し、アメリカ中小の掘削業界が回復していきます。しかし2021年にバイデン政権がグリーンエネルギー政策を掲げてからは、掘削企業はまたしても閉鎖されていきました。それがまた今回のトランプ政権によって復活し始めているという流れです。

それでも食料品の高騰が続くのはなぜか

世界の石油会社も、トランプ政権によるグリーンエネルギー政策の放棄に反応を示しています。

その一つが、イギリスを代表する石油会社BP(旧称British Petroleum=ブリティッシュ・ペトロリアム)。2025年2月27日付の「The Economist」によると、BPは石油とガスの掘削の生産量を削減すると約束していたのに、それを撤回すると宣言しました。石油やガスに関して、どんどん立て直すと言い始めている。こうした動きによっても、先行きエネルギーの価格上昇はおさまるのではないかと考えられます。

とはいえ現状のエネルギーの価格、特にガス価格の上昇が、食料品価格の上昇に跳ね返っていることは間違いありません。特に米の高騰には、エネルギー価格の上昇だけでなく、そもそもの供給の逼迫が考えられます。

日本の農業は、生産者の平均年齢が65歳を超えており、農家の95%が赤字経営という厳しい現状があります。農業融資が十分に行き渡っていない、政府の減反政策によって生産意欲が削がれたことなどが要因として挙げられますが、こうした背景に加え、投機家が市場を動かしていることも拍車をかけていると言われています。

出典=農業労働力に関する統計:農林水産省

私も同感です。この構図は、ロシア・ウクライナ戦争が勃発した3年前と非常に似ているからです。戦争が始まったからといって急に原油の供給量が減るわけでもないのに、原油価格が一気に100ドルを超えました。それは戦争による懸念なり期待なりで、投機家が動いたから。今回の日本の米騒動も、こうした投機の動きと似たものを感じずにはいられません。

エンゲル係数は43年ぶりの高水準

今後、日本国内のCPIはどのような動きを見せるでしょうか。

先述の通りトランプ政権の影響によって、エネルギー価格は落ち着くかもしれません。そうなれば米や野菜、果物の生産コストは下がるかもしれませんが、一方で先の減反政策のツケが回り、食料品価格は高止まりする可能性があるのではないかと思うのです。

総務省が発表する家計調査によると、日本の「エンゲル係数」は43年ぶりの高水準となり、先進国の中でも最大です。エンゲル係数とは、家計の消費支出に占める食料品の割合ですが、2024年は年収1000万~1250万円世帯は25.5%、年収200万円未満の世帯は33.7%でした。ちなみに「43年ぶり」とされる1981年は約29%でしたが、その後徐々に低下し、2000年には約23%になりました。40年ほど前の1980年代から2005年にかけて少しずつ下がってきたエンゲル係数。つまり、日本人の家計にゆとりが生まれてきたということですが、2005年を境にまた上昇していき、先月公表された28.3%となりました。誰もが家計が厳しくなったと感じるのも当然です。

こうしたエンゲル係数上昇はどうして起きるのでしょうか。それは単に食料品価格の高騰だけが原因ではありません。端的に指摘されているのは、「労働の交易条件」の悪化がここ10年以上続いていることです(*2)。

*2 なぜ、実質賃金が低下しているのか?:新型コロナ禍後の内外の経済環境を踏まえて

出典=阿向 泰二郎「明治から続く統計指標:エンゲル係数」総務省統計研究研修所
労働の交易条件から見えてくること

一般的に「交易条件」は、輸出品価格と輸入品価格の比率を示す指標として使用されます。これを労働に適用した場合、賃金と物価の変化を比較することで、労働者の購買力の変化を評価することができるわけです。

ですから「労働の交易条件」を示すことで、労働の価値がどれだけの財やサービスと交換できるかを測れます。たとえば賃金が上がっても物価がもっと上がれば、実質的に買えるものは減るので、労働の交易条件は悪化。一方で、物価があまり上がらず賃金だけ上がれば、労働の交易条件は改善される。つまり、「働いて得られるお金で、どれだけのモノやサービスが手に入るか」を示す重要な経済指標が「労働の交易条件」です。そして日本は名目賃金が上がっても、それが生活費の上昇に追いついていないのが現状だということです。

こうした状況を踏まえると、今後の日本経済の鍵は「労働の交易条件」の改善にあると言えるでしょう。単なる賃上げではなく、実質的な購買力の向上につながる対価意識が求められるということです。政府は賃上げを推進する一方で、エネルギーや食料品の安定供給に向けた政策を打ち出し、家計の負担を軽減する必要があるのです。

トランプアレルギーからトランプエネルギーへの転換が必要

また、長期的な視点では、日本の農業・エネルギー政策の抜本的な見直しも避けては通れません。農業の生産性や食料自給率の向上を促す施策が不可欠であり、それと同時にエネルギー供給の多様化を推進させつつ市場の変動リスクを抑えていくことが求められます。

さらに、トランプ第2期政権の政策動向にも注目する必要があります。前政権時と同様に、化石燃料の増産を推進する方針が示されていることから、短期的にはエネルギー価格が安定する可能性がある一方で、環境規制の緩和による長期的な市場の不確実性も懸念されます。

特に、日本にとって重要なLNGの価格動向は、米国の政策変更によって大きく影響を受ける可能性があり、エネルギー調達の戦略的な見直しが求められるでしょう。

結局のところ、CPIの上昇が続く中で最も重要なのは、経済の構造改革を進め、国民の実質購買力を確保することです。トランプ政権に振り回されるのではなく、「トランプアレルギー」から「トランプエネルギー」へと視点を変えること。トランプ政権の政策が日本のエネルギー市場や貿易関係にどのような影響を及ぼすかを慎重に見極めつつ、短期的な価格変動に振り回されずに中長期的な視点で経済政策を見直す必要があるのではないでしょうか。

トランプ大統領、2025年ポートレート(写真=Daniel Torok/PD-author/Wikimedia Commons)

構成=池田純子

崔 真淑(さい・ますみ)
エコノミスト
2008年に神戸大学経済学部(計量経済学専攻)を卒業。2016年に一橋大学大学院にてMBA in Financeを取得。一橋大学大学院博士後期課程在籍中。研究分野はコーポレートファイナンス。新卒後は、大和証券SMBC金融証券研究所(現:大和証券)でアナリストとして資本市場分析に携わる。債券トレーダーを経験したのち、2012年に独立。著書に『投資一年目のための経済と政治のニュースが面白いほどわかる本』(大和書房)などがある。

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