熟年離婚をする夫婦は毎年4万組ほどに上る。夫婦問題などに詳しい、ファイナンシャルプランナーの寺門美和子さんは「離婚を考える主婦の多くは、“スキルの無さ”や“収入の少なさ”を理由に踏み出せないでいる。だが、主婦ならではの経験を生かした、稼げる仕事がある」という――。
※本稿は、個人が特定されないよう、相談者などのエピソードには変更や修正を加えています。
熟年離婚“後”にもお金はかかる
昨年、離婚した夫婦のうち、熟年離婚の割合が過去最高になったというニュースを見ました。熟年離婚とは、20年以上同居した夫婦が離婚することですが、厚生労働省の発表によると「熟年離婚」は、全体の離婚者の23.5%・約4分の1になっているそうです。この20年以上、4万組前後で高止まりしています。
この熟年離婚は、相談の現場では数年前から多く見受けられますが、やはり離婚に至るまでの課題が多く、簡単ではないと思います。筆者自身も、結婚19年半48歳で離婚をしましたが、それまでの人間関係、仕事、収入、財産、夢を手放さなくてはならず、一言では語れない程苦しみました。
熟年離婚の相談にいらっしゃる方は、それぞれの生活背景があるので一概にまとめられませんが、50~60代の熟年離婚には3つの共通項があります。
1:晩婚化で未成年の子どもがいる
2:「寿退社」または「子育て退職」をしていて自ら稼ぐ力がない
3:親の「終活・介護・相続」問題を抱えている
離婚しても、経済的な自立はできないが、子どもの教育費・親の終活もあるのでお金が必要な世代です。「離婚したいけど、子どもや親の介護でお金もかかる。子どもが大学を卒業するまでは我慢する」というサンドウイッチ世代の方がとても多いのです。
“お金のこと”を考えないと、離婚後に破綻する
中には、晩婚で50代でも住宅ローンが数千万円残り、財産分与も期待できない人もいます。専業主婦時代の「空白の無職期間」のため、これから社会へ出るにも、今までの生活水準を保つことはできない。嫌な夫と暮らして生活水準を保つのか、それとも貧乏になっても夫から離れてストレスを軽減するのか、その狭間で数年間苦しんでいらっしゃる方もいるのです。
今回は、専業主婦で長男20歳・長女15歳の子どもがいる、恵美さん(仮名)51歳、専業主婦のケースをお話します。恵美さんのご主人55歳は、上場企業に勤める会社員で営業マンですが、10年前あるプロジェクトで失敗してから第一線を外されました。
その頃から、言葉の暴力(モラハラ)がひどくなり、時には物にあたり、自宅のテーブル・椅子・壁のあちらこちらに、その傷跡が残っています。また、物を投げつけられたことも何度もあるとおっしゃっていました。
人生100年時代、離婚後の人生も長くなってきています。お金のことを考えずに離婚をして破綻するケースもありますから、そこはよく考えて頂きたい。
51歳で離婚しても、人生は約40年もある
女性の平均寿命は87.14歳と言われていますが、平均寿命の中には幼くして亡くなってしまった方も含まれていますので、私はFPとしてお客様とお話しする際に、参考にして頂くものがあります。それは厚生労働省が毎年まとめている性別・年齢別の死亡数です。以下は令和5年のデータから私がまとめたものですが、女性では92歳で亡くなった人が最も多かったことを示しています。
【令和5年 女性の年齢別の死亡数】
1位:92歳
2位:93歳
3位:91歳
4位:94歳
5位:90歳
6位:95歳
参考=厚生労働省「令和5年簡易生命表」
例えば、恵美さんが51歳で離婚をしても、92歳までには41年間もあります。「こんな夫といるくらいなら離婚をした方がまし」という方もいますが、本当にそれで良いのでしょうか?
今や“老後のお金”は社会問題です。昭和時代は「老後の年金暮らし」という言葉がありましたが、年金は当時に比べて受給額が減っています。少ない年金でも、夫婦でいることで多少は太くなるので、生活ができるのです。しかし、離婚をすることでさらに痩せてしまった年金では、将来暮らしていくのはとても困難。また、離婚時に「夫と話し合うのが嫌」という理由で、年金分割をしない人もいます。それは、自らの首を絞めつけるようなものなので、絶対に避けて頂きたいと思います。
これからの時代は“3つの柱”が必要
恵美さんへ私がしたアドバイスは下記の3つです。
アドバイス①:令和版資産形成の方程式「WPP」をお伝え
「1回で受け取る年金受給額が減ってしまった」「長生きするので現預金では足りない」「そもそも貯金ではお金が増えない」。「じゃあ私は一体どうしたらよいの?」と思われると思います。昭和時代の老後のお金は「年金」という大きな柱に支えられてきました。これからの時代は3つの柱「WPP」で考えていけばよいのです。では、3つの柱とはどの様なものなのでしょうか?
*Working longer ⇒長く働く
*Public pension ⇒公的年金を繰り下げ受給で多く受け取る
*Private pension ⇒iDeCo NISA等でお金を増やす
上記の頭文字をとって「WPP」と言います。まずは、この考え方を覚えておいてください。
アドバイス②:年金の2つの柱の立て方
まずは、年金の柱の立て方をお伝えしました。余談ですが年金の語源Pensionというのがとても興味深いものになります。欧米では一人一部屋持つのが当たり前ですが、子どもが独立した後の部屋を貸し、下宿生活をサポートする代わりに収入を得て、老後資金を得る文化があるそうです。この語源から、老後の生き方の知恵をシェアされたと思います。
60歳で年金受け取りは早い、資産運用も検討を
〈Public pension:公的年金〉
公的年金は65歳支給が一般的ですが、申請により60歳から75歳支給まで変更することができます。前倒しをすることで毎月0.4%減り、遅らせると0.7%増えます。私自身、今年60歳になりますが、まだ年金を受給するのは早いと思うのです。逆に遅らせることで、70歳には142%、75歳では184%増えます(70歳以降は年金受給額が増えることにより、後期高齢者医療保険の金額が増えるので要注意)。
〈Private pension:自分年金〉
恵美さんは「自分には稼ぎがないから貯金はない」とのことでしたが、ヒアリングを重ねると「親からの相続のお金が1000万円あるけど、いざという時の為に大切に預金にしている」というのです。これは勿体ないので、こちらを原資に資産運用をすることを勧めました。「離婚時に夫に増えたお金を渡したくない」というのですが、親から相続でもらったお金は財産分与の対象とはなりません。恵美さんはまだお若いので、10年でも20年でもお金に働いてもらって増やすことができますから。
ちなみに、この1000万円ですが、4%で運用したら10年後には1480万円、20年後には
2191万円、80歳になる30年後には3243万円になります。
また、こちらを原資に積立をした場合等も試算してみて比較し、心配なら月々10万円前後で8~10年くらい積立してみるのも良いと思います。その際は、信頼できる専門家に相談をして、自分が納得してから投資はしてください。まとまったお金がない人は、月々1万円でも良いからNISAを始めてみてはいかがでしょうか? いくらお金が不足するかは、専門家に相談してほしいと思います。
“元夫”から生活費をもらえるかは「わからない」
〈Working longer〉
上記の年金で問題になるのが、年金をもらうまでの間の月々の収入です。恵美さんに離婚後の働き方を聞きました。「29歳で結婚をして、夫は私が仕事をしているのを嫌がり、結婚後しばらくして退職をしました。その後長男を出産し、手が離せる頃に長女を授かったので、パートもしたことありません」とのことでした。
何をして働きたいのか、どの位稼ぎたいのか? そんな話をしましたが、「あ~考えられない。私の取りえは家事くらいなのです。料理や掃除はかなり得意ですが、そもそも夫は“お前は家事しかできないくせに”と馬鹿にします、それが悔しくて……」可哀そうに、恵美さんは自信を喪失しており、私の前でも号泣されていました。
また、恵美さんは無口な方で、自分から積極的に話すのが苦手で、ご主人からも「お前は暗い、ただ黙々と家事をする位しか取りえはないな」と言われており、パートで働くことにはどうしても踏み出せないようなのです。
「離婚後も夫からお金をもらい続けることはできないでしょうか?」そんな風に言われる方は恵美さん以外にも多いのですが、答えは「わかりません」。しかし、非常に確率は低いでしょう。なぜなら、日本では、離婚後の養育費は義務と言っても良いですが、離婚をした妻に生活費の支給を義務とする法律はありません。
「専業主婦スキル」がお金になる
定数を変える努力をしても、疲弊するだけです。確かに、恵美さんはPCスキルも、現代のビジネスルールも知りません。20数年ぶりに社会に復帰するのは困難ですが、実は今の時代、専業主婦のスキルが求められているといっても過言ではないのです。事例を紹介します。
私の知人で73歳になるスーパー主婦だったA子さんは、富裕層の介護兼家政婦をしておられます。その方は、ご主人と理髪店を経営されていましたが、昨今の格安理髪店の出現で経営難に陥っておりました。その後、2020年のコロナ渦の影響で、経営は完全に断念、夫婦揃って転職をしました。
A子さんは、売り上げが落ちたころから家政婦紹介所を通じてパートで家政婦をしており、家計を支えていましたので、所長に話して仕事を増やしてもらったそうです。
A子さんは本当に働き者で、一日中腰をかけることなく動き続けていました。また、お料理も上手で何より早い。理髪店で散髪をする合間に、料理・掃除をしていたので、要領よく家事をすることが身についたのでしょう。
A子さんの働きぶりは評判で、所長から「ある著名な方が、自宅介護を望んでいる。あなたを推薦したいのだけど、介護の資格を取得してもらえないか」と相談を受けました。チャレンジ精神があるA子さんは、即資格を取得。ある著名人のお宅で介護を担当したのです。
年収は“約700万円”で、夫の倍
その方がお亡くなりになるまで担当をし、現在はまた違う著名人の方を担当しております。多くの方が「終の棲家は自宅で」と願っていますが、なかなかそれは叶いません。それは費用がかかるからです。しかし、富裕層の方は介護費用を賄う資金力があります。24時間体制で、3人交代制で行う現場があるそうです。
勤務は8時間拘束で週に5回、早番と深夜見守りです。かなりきついかと思いましたが「深夜はお休みになっているから、読書タイムもあるのよ」と笑っていました。
一方、A子さんの勤務先となる「お相手」との相性が合わないと“即クビになる”……などという厳しさはあるそうですが、年収は約700万円で「夫の倍よ」とのこと。家庭では「無能」と言われることも多い主婦業で、そんなにも稼げるのかと目から鱗でした。
今までは、専業主婦の方が仕事をみつけるハードルは高かったのですが、時代は大きく変わり、専業主婦のスキルそのものが求められています。また、「介護」の仕事を掛け算することで価値がさらに大きくなります。努力次第では富裕層のお客様がつき、ギャランティも破格になる可能性を秘めています。
「家政婦」の平均年齢は60代から70代
私自身は恵美さんだけでなく、数人の熟年離婚候補者から相談を受けているので、公益社団法人日本看護家政紹介事業紹介にも話を聞いてみました。
やはり、家政婦業界は人手不足で、多くの家政婦紹介所で求人募集をしているそうです。
家政婦の平均年齢は60代~70代が主流で、80代でも現役で働いている方もいらっしゃる様です。利用者の方と相性があいマッチングが上手くいけば、長く働くことも可能です。利用者の方も、何も言わなくてもツーカーで家事や介護をしてくれる人はありがたいでしょう。
また、求められるのは「お客様のプライバシーを守れる人」。人様の家庭に介入するのですから、おしゃべりな人は好まれないようです。この条件、恵美さんは合格です。さらに、家政士検定という国が認定する試験があり、この資格取得者は紹介所によっては時給が高くなるとのこと。働く時間も、利用者さんとの話し合いで自由に設定ができるのも、良い点です。おまけに、無料の研修があり、家事スキル・調理スキルをUPするセミナーもあるとか。また、万が一の場合の賠償補償制度もあるそうです。
“専業主婦”は使えるスキルである
恵美さんにスーパー主婦のA子さんの件などについて話したら、早速近所の紹介所に登録に行き、現在介護の資格取得に向けて勉強されているようです。15歳の長女が、大学に入学するまでは自分のスキルをあげることを優先し、少しずつ働く時間を増やしていくとか。「自ら稼ぐ」という覚悟が固まり、未来を向いて進んだら、表情も明るくなり雰囲気も変わってきたように見えます。
2025年現在、認知症の高齢者は471万人いるとされていますが、2040年には高齢者の約15%にあたる584万2千人にのぼるだろうとNHKが報じています。
今後ますます、自宅での介護の需要は高まるのではないかと思います。もし「将来的に離婚を考えたい」また「四六時中、定年後の夫と過ごしていると息がつまる」という方は、まずは得意な家事に加えて介護の資格を取得し、W資格の勉強に励んでみてはいかがでしょうか?
何も専業主婦だからと卑下することはないのです。そのスキルはご自身が長年培われ、磨いてきたものです。自立に向けて素晴らしいスキルをさらに磨き、一歩踏み出そうとする皆さんを応援しています。
寺門 美和子(てらかど・みわこ)
夫婦問題コンサルタント、ファイナンシャルプランナー
1965年生まれ、東京都出身。48歳で離婚を経験し、失意の底から資格を取得し起業。運営する「Miwa Harmonic Office」では、お金の問題に加え、終活や相続、夫婦問題の専門家として相談者の悩みや不安に寄り添う。一般社団法人夫婦問題診断士協会代表理事。保有資格はファイナシャルプランナー2級(国家資格)、AFP、公的保険アドバイザー、夫婦問題カウンセラーなど。著書に『別れても相続人』(光文社)など。