ある年代の女性に鮮やかなピンクの洋服を勧めたところ「私にはピンクはちょっと可愛すぎるかな」とやんわり却下されたことがある。その言葉の不思議な響きだけが記憶に残っているのだが、発言の主はあのときどんな意図でそう言ったのだろう。ピンクはどうして「可愛すぎる」のだろうか?
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ピンクといえば「女の子の色」と結びつきやすいが、複数のAIチャットに質問してみると、そのイメージが人口に膾炙したのは20世紀に入ってからのことであるらしい。企業のマーケティング戦略やファッション業界の影響で、バービー人形やマリリン・モンローといったアイコンのもとピンクが「可愛らしさ」「優しさ」「ロマンチック」のような女性的なイメージと結びつくようになったそうだ。
また一方で、女性がピンクを好みやすいと言われることへの生物的な根拠も示唆されていた。
赤ちゃんが授乳の際に注目する部位、すなわち乳首や唇はピンクに近い色をしているから本能的に安心感を与える色として認識される。子宮の中の色がピンクであることから、女性ホルモンの分泌を盛んにする若返りの色と言われている…。
情報をまとめると、ピンクは”子を産み育てることができる健康的”な女性の色、もしくは「女性性」や「可愛らしさ」という“概念そのもの”を象徴する色として認識されてきたらしい。それをふまえると「私にはピンクはちょっと可愛すぎる」発言は、言外に「中年女性の」という修飾語が隠れていたのかもしれない。年齢にそぐわないと自分が感じる色をあてがわれるのは誰だって居心地が悪いだろう。
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私は会社員のかたわらダンサーをしている。ダンスイベントに出演するときは会場やパフォーマンスする演目に合わせて衣装を自由に決められるが、ピンクの衣装は自分では好んで着ない。それは自分のダンススタイルが「可愛らしさ」「優しさ」「ロマンチック」という要素をあまり持たないことも大きいけれど、”素肌に近いところにピンクをまとう”ことにそもそも抵抗感があるのだった。さらには、ダンス衣装のみならずランジェリーや水着など、素肌に近ければ近いほどにピンクを身につけることへの抵抗感が強まることに気付く。
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ある世代以上の女性に「私にはちょっと可愛すぎる」と言わしめる色。ピンクはときに「若い女性」の記号として認識されうる色なのではないだろうか。覆うことでかえって裸を強調し、いやが応でも子宮や乳首を連想させる色として。
とはいえ、ピンクのパフォーマンス衣装やランジェリーを身につけている人を「子宮や乳首の色を身につけるなんて、知性のかけらもない下品な人ですね!」などと糾弾するつもりはない。自分がテンションの上がる、好きな色を身にまとっているだけでそんな好奇の目で見られてはたまったものじゃない、という女性も多いことと思う。
そうと分かっていても。
ピンクに対してほとんど本能的に苦手意識を抱いてしまうのは、「その記号を身につけることで“女性と認識”されたくない」という性自認に端を発しているように思われる。
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私は女性じゃない。けれど男性にもなれない。女性の身体を持って生まれた悦びと、同じかそれより大きい悲しみを知っている。これまで周囲が私との関係性を説明するさい「娘」や「妹」や「彼女」という言葉を耳にするとき、その時々で強弱を変えながら私の中に疼いた違和感は、大人になって「ノンバイナリー」というジェンダーを知ったことでいくぶんか和らいだ。
女性の身体を持って生まれた悦びと、同じかそれより大きい悲しみと共に、私はこれからも生きていくのだろう。
そんなわけで、ピンクを「可愛いから」といって当たり前みたいに軽やかに選び取れる女性たちを、羨望と軽侮がないまぜになった気持ちで眼差してしまう。
女性じゃない。だけど男性にもなれない。ノンバイナリーの私に彼女たちは、女性としての“正しさ”を誇示するかのようにすら見えるのだ。
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ある日、知人が出演するダンスイベントを鑑賞しに出かけた。その日の私のコーディネートは、コットンカシミヤで編まれたショッキングピンクのニットに淡いピンクのインナーを重ね、ノンウオッシュのデニムにブーツ、というものだった。洗練された冷たさをもつピンクのグラデーションに、やや無骨なボトムスと足元でバランスをとった。
私は結局、ピンクという色そのものが嫌いなわけではなかった。「女性性」から切り離され自立してさえいれば、ピンクという色彩そのものを毛嫌いする理由はどこにもない。
また別の日には、とあるレディースブランドの展示会で、鮮やかなフューシャピンクのリネン織ブラウスに目を奪われた。力強く、それでいて可憐なピンクを宿したブラウスが軽やかに風を抱き、初夏の日差しに映えるさまを想像する。
私は「可愛すぎる」ことのないセンスの良いピンクの色彩と、それを颯爽と取り入れる人のあり方に強く、心惹かれる。
■Eraのプロフィール
東京でフュージョンベリーダンスを踊ったり教えている駆け出し会社員ダンサー。お笑い | ファッション | ポケモン | 短歌が好きです。instagram:@wkk0