13年前の2月1日、私は中学受験の真っ最中だった。どうしても女子校に入りたくて、小学校6年間のすべてをかけたといっても過言ではない、本気の受験だった。
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受験日は、午前中に筆記試験、午後は親子そろって面接。試験と面接の間に少しお昼休みがあって、教室を借りて各自が持参したお昼ご飯を食べられることになっていた。
その日の私のお昼ごはんは、父がデパ地下で買ってきてくれた「赤トンボ」の「サンドウヰッチ」と、「銀座あけぼの」の「もちどら」だった。
今でも広く愛されるロングセラー商品だが、ポイントなのは、どちらも一口サイズであることだった。面接前の緊張で、食欲がなくても、少しは食べられるように。面接に備えてエネルギーを補給できるように、少しでも食べやすいものを。一口サイズのかわいらしいサンドウヰッチと、ちょこんとしたどら焼きを見たとき、父の心からのエールをひしひしと感じた。
父は「頑張れ!」と言うタイプではない。どんな時も静かにそっと見守ってくれ、何か困ったことがあればさっと手を差し伸べてくれる。手を出しすぎないけれど、ずっと見てくれている。そんな父だ。
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赤トンボのサンドウヰッチは一切れを一口でぱくっと食べられる仕様になっていて、一パックに4切れのサンドイッチが入っている。父は「ボンレスハム」「エッグサラダ」「野菜」「ツナサラダ・チーズ」などもろもろ4パックほど買ってきてくれた。ともに面接に臨む母と、中学生たちが日々使っている教室の机を借りて、それを食べたことを今でも鮮明に思い出せる。
「午前の試験は、苦手な算数がけっこう解けたのに、得意な国語が難しかったんだよね」
「ええ、そうだったのね。でも算数で手応えありなんてすごいじゃない!まあ、試験の話は置いておいて。サンドウヰッチ食べよう。ほら、みぃが好きなハムもあるよ」
そんな会話をしながら、私たちは面接前の胃にサンドウヰッチをひょいひょいっと入れていった。まさにぱくっと食べやすく、緊張していてもしっかりと味が分かって、私と母は「おいしいね!」と言い合った。面接前の緊張した空気が張り詰める控室で、そんなのんきな会話をしていたのは私たちだけだったので、なんだか面白かった。
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もうひとつ、父セレクトのこだわりが光ったのは「もちどら」だ。これは、父の勝負メシに起因する。父は大事な試験の前に必ずどら焼きを食べていたそうだ。餡子の甘さが、脳の活性化に良いと思うんだよね、と父は言っていた。たしかに私もそんな気がする。チョコレートよりも餡子のほうが、すぐに脳がしゃきっと動きだすような感覚がある。
「もちどら」は一口サイズのどら焼きで、生地にはもち粉が練りこまれており、名前の通りもちっとした食感。大福とどら焼きの良いとこどりみたいなお菓子だ。餡子の優しい甘さが、脳に栄養を送り届けるのを体感しながら、母と面接前の最終調整。塾の模擬面接でのやり取りを思い出しながら、「この質問はこうで……」「うんうん、それでいいよ」みたいなことをぶつぶつ呟き合った。最後には「ま、なんとかなるよね」で終わったのが私たちらしいといえば、らしかった。
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父のエールがたっぷり詰まったお昼ご飯を力に変えて、私は無事に中学校に合格した。冬の空気を吸いながら掲示板を見上げて自分の番号を見つけた瞬間は、きっと私の走馬灯のワンシーンに含まれるはず。
そしてそれ以来、私は何かと赤とんぼのサンドウヰッチと銀座あけぼののもちどらのセットを勝負メシにさせてもらっている。どんな時も食べやすく、栄養補給できる心強いセット。そしてこれを食べるたびに、デパ地下のショーケースでサンドウヰッチの味を選ぶ父の姿を想像して、暖炉の前にいるみたいな、じんわりとした温かさを感じるのだ。
■くまみのプロフィール
エッセイを書いたり読んだり、人を取材したりすることが好きな25歳会社員。夫と二人暮らしの、社会人3年目。宣伝ライター養成講座39期生。趣味はカフェ&パン巡り、夫のごはんを食べることです。
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