2024年に公開されたインディペンデント系スタジオの作品中でナンバーワンの北米興行収入を上げたサスペンスホラー『ロングレッグス』(公開中)が、ついに日本公開となった。ごく普通の家庭の父親が妻子を惨殺するという凄惨な事件が続発。得体の知れないなにかに操られたかのような事件の捜査に、直観の鋭い新人FBI捜査官のリー・ハーカー(マイカ・モンロー)が当たる。やがて捜査線上に浮かびあがる、ロングレッグス(ニコラス・ケイジ)と呼ばれる不気味な存在。その正体が判明した時、リーはおどろくべき事実と直面することになる。
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意外性に満ちたサスペンスフルな展開、ニコラス・ケイジによるシリアルキラーの怪演など、見どころは多いが、とりわけ目を引くのは不気味なムードに覆われた映像の作りこみ。これは俊英オズグッド・パーキンス(オズ・パーキンス)監督の手腕によるところが大きい。『呪われし家に咲く一輪の花』(16)、『グレーテル&ヘンゼル』(20)などホラーの分野でキャリアを重ね、演出に磨きをかけてきた彼は、本作になにを投影したのか。PRESS HORRORではパーキンス監督にオンラインでインタビューを行い、作品に刻まれた“恐怖”の深淵に迫った。
「1990年代のサイコスリラーに描かれた、カリスマ的なシリアルキラー像に影響を受けました」
――本作には、『羊たちの沈黙』や『セブン』など1990年代のサイコスリラーからの影響が色濃く出ているように感じられましたが、これは意識的なものでしょうか?
「そうですね。私は『羊たちの沈黙』が大好きです。ちょうど16、17歳の多感な時期に観たこともあり、多大な影響を受けました。もちろん『セブン』も大好きだし、デヴィッド・フィンチャーはミュージックビデオを撮っているころから好きな監督でした。彼が手掛けたマドンナの『ヴォーグ』のMVは本当にすばらしいと思います。『羊たちの沈黙』のハンニバル・レクター博士も、『セブン』のジョン・ドゥも非常に独特です。実際の連続殺人犯は負け犬っぽい空気をまとっていますが、彼らはファンタジーの世界の住人で、カリスマ的で詩的で天才的な、遊び心のあるキャラクターです。そこに影響を受けたことは否定できません」
――1990年代という時代背景も、当時の空気感を狙ってのことですか?
「そうです。もともとの脚本の時代設定は1992年でした。しかし、そうするとFBIのオフィスに貼られる大統領の写真がジョージ・H・W・ブッシュになってしまう(注:第41代米国大統領。1989年1月から1993年1月まで在任)。イヤな時代を思い出してしまうので、翌年に変えました(笑)。次の大統領のビル・クリントンも問題はありましたが、まだマシだろうと」
――映像の鮮烈さも印象に残りますが、どんなホラー作品から影響を受けたのですか?
「ホラー映画ということは、じつはあまり意識をしていません。撮影監督のアンドレス・アロチ・ティナヘロと話したのは、ガス・ヴァン・サントの『マイ・プライベート・アイダホ』の雰囲気が、いかにすばらしいかということでした。ポートランドの町の湿った、灰色の空気感です。私たちは、あの美しさを目指そうと思ったんです」
「暗い内容であっても、アートは洗練された美しいものであるべきだと感じています」
――『ロングレッグス』はサスペンスホラー、サイコスリラーであると同時に、オカルトの要素も含んでいますね。これを現実の物語として観せるうえで、どんな点に気を配られたのでしょう?
「私はヨガをやっていますが、その時のようなゆったりした空気のなかにいると気持ちに余裕ができて、インスピレーションが入りやすくなる、そんな気がします。私たちは容器に過ぎず、そこに入り込んできたものを素材にしてアートをつくるような感覚ですね。なので、言葉で説明するのは難しい。プランを立てて出来ることでもないと思います。ただ、これは私自身の物語であり、それを投影したリーと母親の物語でもあります。そこからブレないよう心がけました。連続殺人やオカルトの要素は、私の容器に入ってきたインスピレーションにすぎません。
私たちはアートに対する愛をもって映画を作っています。私の父(注:アルフレッド・ヒッチコック監督作『サイコ』のノーマン・ベイツ役などで知られる俳優のアンソニー・パーキンス)は映画というアートの中心にいましたから、私にもその思いは強く宿っています。アートである以上、たとえ内容がダークなものであっても、洗練された美しいものをつくるべきです。『ロングレッグス』でも、そのようなチャーミングな作品を目指しました」
――劇中ではT・レックスの曲が使われ、歌詞も引用されていますが、これもインスピレーションの一つだったのでしょうか?
「そうです。脚本を執筆している時、たまたまApple TV+で配信していた音楽ドキュメンタリーを観ていたのですが、そこにT・レックスのセクションがあり、それを観て映画のピースとしてハマるのでは?と思ったのが発端です。このとき私は聖書の『ヨハネの黙示録』に出てくる怪物について考えていたのですが、映画の冒頭に歌詞を引用した『ゲット・イット・オン』にもハイドラ(Hydra=ヒドラ)というギリシャ神話の怪物が出てきます。それはこの映画の世界観に一致すると思えたのです」
――その“怪物”を演じたニコラス・ケイジについても教えてください。
「ニコラスはとてつもない映画ファンで、とにかく映画に詳しいんです。それだけに、これまでスクリーンを彩ってきた映画人に対して深い敬意を抱きながら仕事をしています。そこに感銘を受けました。また、T・レックスの話に戻りますが、キャストが決まっていない段階でニコラスと初めて話しました。彼に脚本を送ったら、電話をくれたんです。ニコラスはこの映画に乗り気だったので、T・レックスの曲のような映画にしたいという話をしたら、彼はちょうど前日に息子さんにT・レックスの曲のギター奏法を教えていたとのことでした。これはもう運命ですね」
取材・文/相馬学