テレビアニメ「モノノ怪」劇場版三部作の第二章『劇場版モノノ怪 第二章 火鼠』(公開中)。謎の男・薬売りが、人の情念や怨念が取り憑いたモノノ怪によって引き起こされる怪異を鎮めるため、諸国を巡る物語を描くシリーズで、2024年に公開された第一章『劇場版モノノ怪 唐傘』は、第28回ファンタジア国際映画祭で長編アニメ部門最優秀賞と観客賞銅賞をW受賞した。
【写真を見る】『劇場版モノノ怪 第二章 火鼠』薬売りの設定で、神谷浩史が一番驚いたこととは?
第二章となる本作の舞台は、前作同様、大奥。モノノ怪・唐傘との闘いからほどなくして、薬売りが再び大奥に姿を現す。世を統べる天子のお世継ぎをめぐり大奥内でうごめき出す家柄同士の謀略と衝突、そして翻弄される女たち。業火のごとく燃え上がる情念はやがて異形の存在・モノノ怪を産み落とし、大奥が再び危機に見舞われる。
「自分なりの答えを持って臨んだつもりでしたが、やっぱりなかなか複雑で(笑)」
前作「唐傘」では、これまで詳しく描かれていなかったことなどが明らかに。前作に続き主人公の薬売りを演じている神谷浩史が一番驚いたのは、「モノノ怪を斬ることができる退魔の剣は64本あり、薬売りはときの脅威に応じて最大で剣と同じ数だけ、この世に同時に存在できること」。YouTube番組で中村健治監督(第二章では総監督)より明かされた設定だ。
「そんなにいるんだって思いました(笑)。薬売りは謎多き男。まあ、男かどうかも、人物と言っていいのかもわからない、ちょっと怪しい存在なので、その声をやるにあたって、どういうところに重きを置いてやったらいいのかは気になっていました。監督にいろいろと質問させていただいたうえで、自分なりの答えを持って臨んだつもりでしたが、やっぱりなかなか複雑で(笑)。役作りのヒントにしたのは、薬売りはそもそも64人いて同じ目的を持っているけれど、それぞれ持っている剣が違うから性格設定も多少異なってくる。ただ共通した雰囲気を持っているという点でした」。
薬売りを演じるにあたり、神谷がたびたび口にしてきたのは“引き算”でのアプローチだ。「形」「真」「理」を読み解く力を持ち、モノノ怪を斬る使命を担う神秘的な存在であり、彼の持つ特殊な能力には深い謎が隠されている。謎めいたものであると同時に人間離れした身体能力、その圧倒的な強さの表現も必要であるがゆえに、バランス調整は相当難しかったはずだ。引き算の“程度”に関しては「そのあたりの判断を誰に委ねたらいいのか、実は結構難しいところなんです。画の表情にあわせてアドリブを入れてみようかと考えるけれど、アドリブと言っても言葉ではなく雰囲気としてなにか、ここに存在している息遣いのようなものであったりもする。それを入れることでキャラクターが立体的に見えるんじゃないかと自分は判断したけれど、台本には特別な指定がない、ということもよくあります」と説明。
「息のアドリブをほぼ入れないほうが成立しやすい」
すると台本を開き、具体的なセリフを挙げて解説する。「たとえば『フキ…!!』というこのセリフ。ト書きには“やや力がこもり”と書いてあります。セリフには三点リーダーとエクスクラメーションマークがあって、ここに(イラッ)と指定があれば『なにかしらの息をください』という意味。グッと手に力が入るところで、憤りの息を入れたりすると効果的だったりします。ただ、手の芝居は(画が)してくれているから、なんとなくフキの憤りというのは伝わっているはず。そこにプラスアルファでわかりやすいように息で『ふーっ』って、ちょっと憤った音を入れることにより、キャラクターが立体的に見えたりします。この指定があればともかく、なかった場合の判断が難しいんです」とのこと。
では、指定がない場合の判断は、誰がどのタイミングで行うのだろうか。「役者の気持ちとして入れたほうがいいと判断をするのか、テストをやった段階で監督から『ここに息をください』などと言われるのか、感じたことややろうと思っていることを自己申告したうえでやるべきなのか、それとも誰もなにも言わずに流れでやっていくのか。実はこのハンドリングを誰がすべきなのかは明確ではないんです。こういった指定がないところにどの程度アプローチしていくのかは、もしかしたら役者に委ねられているのかもしれないのですが、そうなると、当然役者によって自分からやる人とそうでない人が出てきます。相談しながらやればいいって話だけど、特に新人さんとかだと、やっていいのか、ダメなのかもわからなかったりするから、判断の難しさはよりあると思います」と、アフレコでのやりとりに触れる。
「僕もキャリアを重ねてきて『ここは入れたほうがよさそう』『ここは入れなくていい』という判断を自分でしたうえで、1回テストをやってみる。そこでなにも言われなければそのままやるし、リクエストがあれば調整するし、なにか気になることがあれば質問をする。そういうやり方で息のアドリブの“差し引き”をしています。薬売りの場合はほぼ入れないほうが成立しやすいというか、よりなにを考えているのかわからない感じがするんですよね(笑)。ものすごい跳躍しているシーンがあったとしても、ジャンプをするきっかけの『うっ!』という息のアドリブを入れないほうが、とんでもない超人的な力を表現できる。筋肉の能力で飛んでいるのではなく、超自然現象のなにかで跳んでいるようなニュアンスが出せるんです。その跳躍をどう見せたいのか。身体能力の高さなのか、彼の力の不思議さなのか。“見せたい”のバランスは監督次第ではあるんですよね」とニッコリ。
「もちろん相談しながらやるんですけれど」と前置きし、「役者である僕が表現できるのは音でしかないから、(息のアドリブを)入れたほうがおもしろい、薬売りの身体的な能力の強さを見せたいと感じたら足しています。いらないと言われたら消すし、入れておいてダビング時の判断に委ねることもあります。だから極力引き算で作っておきながらも、自分なりに入れられるところは入れておく。あとは、監督に引き算してもらうケースもありますね」と息遣いひとつをとっても細部まで調整されて出来上がっている作品であることがわかるエピソードを明かした。
「制作サイドにもきっと不安のようなものはあったはず」
本作のアフレコは、前作の公開記念舞台挨拶の翌日から始まった。劇場版の公開を待ちに待ったシリーズファンの熱量を直接浴びたあとでのアフレコは、ひと味違ったものになったのではないだろうか。「この作品に限らず、近年のアニメーションのアフレコ事情って、全話収録してしばらく経ったあとに、テレビで放送、配信されたりということがあります。なので、お客さんの熱量というものを感じられないまま、手応えがない形で淡々とアフレコが進んでいくっていうことが結構あったりします」と近年のアフレコ事情を明かす。
「古い話をすると老害って言われかねないけれど(笑)。たとえば『機動戦士ガンダム00』をやっている時は、『来週どうなるの?』みたいな雰囲気を感じながらアフレコをしていました。ファーストシーズン、セカンドシーズンと2クールずつ2年にわたって放送した長い作品というのも理由の1つですが、視聴者のみなさんは放送を楽しみ、僕たちは放送の何週目か先をアフレコするという状況。『僕はみんなよりちょっと先の話も知ってるんだよな〜(笑)』なんて思いながら、ファンのみなさんの期待値や関心度を肌で感じながら作業できていたんです」と笑顔で懐かしむ。
「近年は1クールの作品も増えてきたので、作品に対する視聴者の熱量、反応を感じながらアフレコをする機会も減っています。そんななかで、この『モノノ怪』は幸いなのかどうかはわからないですが(笑)、公開初日の翌日という一番ホットなタイミングでの収録。これはすごく大きいことだし、なかなかない経験です」としみじみ。「テレビシリーズから劇場版までかなり時間が空いていたので、お客さんの期待がどのようなものになっているのか、どう膨れ上がっているのか、制作サイドにもきっと不安のようなものはあったはず。自信を持ってお届けした作品の、観た直後の空気感を直接受け取り、受け入れてもらえたという安心感のなかで、次の作業に移れたんじゃないかなと思っています」と、根強い人気を誇るシリーズでありながらも、劇場版として新生するうえでの制作サイドへの想いにも寄り添っていた。
取材・文/タナカシノブ