ニセコで日本語を使ってみた
こんにちは。アンヌです。
春は引っ越しシーズン。私は新居に向けて、表札のカタログと向き合っていました。「イタリア産天然石に英字刻印でラグジュアリーに? それとも、アイアン素材のアルファベットでスタイリッシュに?」。いずれにしても漢字はなくて良い。
そこまで決めると、夫と表札カタログを後にして、息子と私はウィンタースポーツヘ。行き先は北海道のニセコです。
千歳空港のバスターミナルは、外国人スキー客でごった返していました。そこから支笏湖(しこつこ)の静かな湖畔を回り、広大な雪景色に聳える羊蹄山(ようていざん)を越えて到着。キンと張り詰めた空気。ギュッギュと軋む足元の雪。一刻も早く滑りたい!
ホテルに駆け込みチェックインを急ぐと、マレーシア国旗のバッチをつけたスタッフが出迎えてくれました。黒曜石のような目を輝かせて「Hello!」。
つられて私も「Hello!」。
そして「Could I have the reservation (なんとかかんとか)…」と尋ねられました。
フランス語なら分かりますが、英語は苦手な私。カタコトを絞り出してみましたが、申し訳なさと劣等感に襲われました。すると、こんな思いが頭をよぎったのです。
ーーここは日本で、私は日本語を話す人。英語が流暢でなくても屈辱を覚えることはない。自信を持って日本語で話そう。
そこで奮い立って言いました。
「チェックインをしたいのですが」。
しかし相手の対応は英語のまま。この国の言語はできないようでしたが、私は日本語を貫きました。
しばらくすると背の高いフロントマンが、スウェーデンバッチを胸に駆け寄ってきました。
「申し訳ございません。チェックインですよね」。
流暢な日本語です。
それから素晴らしい銀世界を滑り倒し二泊三日を満喫。ニセコの魅力は世界中の人に知ってもらいたい一方で、右も左も英語だらけ。看板の平仮名や漢字は、訪日外国人のエキゾチスムに寄せた装飾程度。インバウンドはありがたいですが、日本語が公用語でないかのような有り様に手放しで喜べない自分がいます。
ふと、ホテルのフロントマンたちを思い出しました。彼らにもそれぞれ母国語があるでしょう。以前、デンマークの知人が、自国の言語で読める小説は少ないと嘆いていたのを思い出しました。先日のテレビでは、モンゴル文字の復活に全力を注ぐ人物がドキュメンタリーに。言語が消えればその国の文化は瞬く間になくなると訴えていました。近い将来、日本語も過去の言語になってしまったら……。
私は再び表札カタログを開きました。やっぱり美濃焼素材に苗字を漢字で表記したものにしよう。
今回ご紹介する絵本は、この2冊。グローバル化と多様性がバランス良く共存した、より豊かな世界を夢見て。
*アンヌさんのおすすめ2冊をご紹介します
『もし、世界にわたしがいなかったら』
文/ビクター・サントス
絵/アンナ・フォルラティ
(1,980円 西村書店)
何百年も前に生まれ、世界中どこいでもいて、あなたを過去へ、現在へ、未来へとつれていってあげられる「わたし」。さあ、だれでしょう?これほどの発明はなく、人が人であるがための大切なものとは。今、世界では7000以上もの言語があり、その半数は2100年までに消滅するといいます。危機感を漂わせつつも、驚きと発見に満ちた文章と、柔らかい色彩が織りなす哲学的傑作絵本。人類が乏しくならないよう、どんなに小さな文化も丁寧に残してゆくべきだと感じないではいられません。
『せかいのひとびと』
作・絵/ピーター・スピアー
訳/ 松川 真弓
(1,650円 評論社)
身体の大きさ、肌や目の色、鼻や耳の形。おしゃれや遊び方、食べるもの、感情表現。言語ひとつとっても、伸びやかなモンゴル文字や、くるんくるんとしたシンハリ語などと多種多様です。この世界はあらゆる「違い」で溢れているということを、さまざまな角度から描いた壮大な一冊。見比べて楽しく、豊かさに驚き、差別や経済格差などへの気づきも。そこにはすべての人がこの地球で存在する権利があるという強いメッセージが。じっくり読めば、1時間はかかるだろう大型ロングセラーです。
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この記事を書いた人
モデル、絵本ソムリエ
アンヌ
14歳で渡仏、パリ第8大学映画科卒業。 モデルのほかエッセイやコラムの執筆などで活躍。 最近は地域で絵本の読み聞かせ活動も行っている。