年収が思うように上がらない就職氷河期世代は将来不安も大きい。第一生命経済研究所首席エコノミストの永濱利廣さんは「就職氷河期世代は社会に出るときに『割を食って』いるだけでなく、社会に出てからも、年を重ねてからも『割を食う』可能性が高い」という――。
※本稿は、永濱利廣『就職氷河期世代の経済学』(日本能率協会マネジメントセンター)の一部を再編集したものです。
就職氷河期世代は親の介護でさらなる「割を食う」
就職氷河期世代は社会に出る時も「割を食って」いますし、社会人になってからも思うように収入が伸びないという点で「割を食って」いますが、さらに年を重ねて親の介護に直面するようになるとさらに「割を食う」ことになります。
日本のような世界に例を見ないペースで高齢化が進んでいる場合、少子高齢化ということもあり、増え続ける高齢者を減り続ける現役世代で支える必要が出てきます。当然、介護サービスにかかる費用も増え続けています。実際「介護サービス支出」(図表1)を見ると、2021年がコロナの影響もあり突出していますが、それをのぞけば明らかに右肩上がりで増え続けていることがわかります。
介護離職で生活の基盤を失う人も多い
就職氷河期世代は、今まさに親の介護の問題に直面しつつあります。そして介護に要する費用が増えるだけでなく、介護と仕事の両立や、なかには介護と仕事と育児を同時にという難題を抱え、時間的な負担も大きくなってきます。両立が難しく、家族を介護するために仕事を辞める介護離職者も増えており、こうしたケースでは介護に欠かせない経済的基盤を失うことになり、より厳しい状況に追い込まれることになるでしょう。
現在、日本では6000万人以上の人が働いており、その約3分の1は非正規雇用者です。非正規を選ぶ理由のトップは、都合のいい時間に働きたいですが、次の理由は育児や介護と仕事の両立となります。つまり、日本のシステムでは育児と仕事の両立は進みつつありますが、まだ十分とはいえず、「介護か仕事か」を迫られるケースも少なくありません。
日本では人手不足が深刻になっていますが、今後、高齢化が進むにつれて介護の問題はより深刻になり、本来なら働くことのできる人たちが介護のために充分に働くことができないという問題が起きる恐れがあるでしょう。
要介護者が急増し、介護費用が高騰する可能性が高い
働くことができないことは生活の困窮につながります。2018年に日本総研が行った調査によると、2040年には65歳の要介護者は約370万人になると言われていますが、そのうちの約3割が要介護の2か3となるようです。
要介護2というのは、食事や排泄は自分でできるものの部分的な介助が必要な人ですが、要介護3というのは、身体機能の低下が顕著で全面的な介助が必要とされています。
約3割が要介護2〜3ということは、370万人の3割ですから、約110万人となります。これほど多くの人の介護が必要になると、介護サービス事業もひっ迫しますし、介護費用が高騰することも十分考えられます。それでも自分たちが家で介護をしたり、しっかりとした介護サービスを受けられればいいのですが、金銭的負担や時間的負担、また体力精神的な負担の大きさからそれが難しくなるケースもあるでしょう。
就職氷河期世代の約33万人が生活困窮状態に陥る
同じく日本総研が2015年に行った調査によると、就職氷河期世代の親が介護を必要とする時期と、就職氷河期世代が生活困窮状態に陥る可能性がある時期が重なる人数を試算したところ、約33万人が陥る恐れがあるとのことです。
現在は人手不足状態が続いていますから、2015年の試算どおりになるかは分かりませんが、それでも100万人を超える人が要介護2や3になり、親の介護を担うべき就職氷河期世代の30万人を超える人が生活面、経済面で厳しい状況に追い込まれるのは十分にあり得ることなのです。
少子高齢化などの人口に関する予測は、予測というよりは「確実に訪れる未来」です。好景気や移民政策などで劇的な変化でもない限り、こうした数字が大きく変わることはないでしょう。
当然、これらは個人の問題ではなく、社会全体で取り組む課題だけに、経済支援や就労支援を強化する一方で、今でさえ人材不足に悩む介護サービスの現場を充実させ、質の高い介護サービスを提供しながら、その利用にかかる費用は抑制に努めるという難題への対応が求められるでしょう。
高齢貧困危機に陥る人数は現状の2倍にも
さらに深刻なのが、就職氷河期世代の殆どが60歳を超え、大半が65歳を超える2040年には65歳以上の人口が3900万人ほどに達し、仮に65歳以上の貧困率が2割を超えれば800万人程度が貧困状態に陥るということです。
厚生労働省の国民生活基礎調査(2018年)によると、65歳以上の貧困率は19.1%となっており、約370万人が貧困状態にあるとされています。さらに近年は、高齢者の割合が増加しており、今後さらに貧困率が上昇することが懸念されていますから、それを勘案して推計すると、仮に2040年に65歳以上の貧困率が2割に達するとすれば、2018年時点の2倍以上となる800万人近くが貧困状態に陥ることになります。
就職氷河期世代の貧困問題については、東京都立大学教授の阿部彩氏がまとめた「相対的貧困率」のデータを見ると、10年前の2012年の20代後半から40代くらいの貧困率が他の世代より高いことが分かっています。
2040年には国民の15人に1人が貧困状態に
「相対的貧困」というのは、生きるうえで必要最低限の生活水準が満たされていない「絶対的貧困」と違い、それぞれの国や地域の水準の中で比較して、大多数より貧しい状態のことを指しています。そして所得で見ると、世帯の所得がその国の等価可処分所得の中央値の半分(貧困線)に満たない状態のことを言います。
日本でも相対的貧困は問題になっており、前述のように基準となる貧困線は、総務省の全国消費実態調査では135万円(2009年)、厚生労働省による国民生活基礎調査では122万円(2012年)とされています。
仮に先の推計どおりに2040年に800万人もの高齢者が貧困状態に陥るとしたら、国民の15人に1人は貧困状態ということです。ここに若い世代の貧困者も加わるとしたら、日本という国はもはや豊かな国どころか、人々が貧しい暮らししかできない社会となってしまいます。
高齢者が貧困に陥る4つの理由
これは就職氷河期世代だけの問題ではなく、国が取り組むべきあまりに大きな社会問題です。それにしても、なぜこれほど多くの高齢者が貧困に陥る危機にあるのでしょうか。
その理由は4つあります。
1 低年金
高齢者の多くは、収入の多くを年金に頼っていますが、日本の年金制度は物価上昇に追いついておらず、年金額が低い水準にとどまっています。
2 非正規雇用
最近では定年延長が増えていますが、やはり定年制はあるので、いったん退職してから非正規雇用という形で働くケースも増えています。実際、高齢者の就労率は高いものがあり、その多くは非正規雇用ということで、正規雇用に比べてどうしても賃金は低くなりますし、雇用が不安定なため、貧困に陥りやすい状況にあります。
かつては定年を迎えたら悠々自適の生活を送る人もいましたが、年金が満額で受け取れるのは65歳からということもあり、その間、働くのは今や当たり前になり、65歳以降も「年金だけでは厳しいから」と働く人が増えています。健康で働くことができるうちはいいのですが、次の3、4で触れる家族の問題や健康の問題が生じると、途端に貧困に陥るリスクを多くの人が抱えているというのが現状です。
3 家族の支援の減少
かつての日本は何世代もの家族が一緒に暮らすことで、高齢になってもそれを支えてくれる子どもや孫が身近にいましたが、核家族化が進んだ現在ではたとえ子どもや孫がいたとしても、いつもそばにいて助けてくれるわけではありません。子どもや孫と離れて暮らす人も多く、高齢の夫婦だけ、あるいは高齢の単身世帯が増えたことで、高齢者が家族からの支援を受けにくくなり、貧困に陥りやすい状況が生まれています。
4 健康問題
高齢であっても健康で働くことができれば、年金の不足を補うことができるだけに、ある程度満足のいく生活を送ることができます。しかし、年齢を重ねるにつれ健康に問題を抱えるようになると、途端に働くことは困難になります。
夫婦のどちらかが病気などになれば、老々介護の必要も生じますし、介護費用や治療の費用も負担になってきます。平均寿命は「何歳まで生きるか」ですが、「何歳まで元気で動けるか」という健康寿命は平均寿命ほど長くはありません。その意味では、高齢になれば誰もが健康の問題を抱え、結果として貧困に陥りやすくなるのです。
こうした「高齢者貧困」について政府は、年金制度の改革や介護サービスの充実、さらには低所得者向けの支援の拡充などに取り組んではいますが、まだ十分ではありません。
就職氷河期世代は老後生活でも「割を食う」
今後、かなりのペースで高齢者が増え、貧困に陥る高齢者が増えることを考えると、さらなる支援の拡充が求められます。
ましてや、就職氷河期世代が高齢者になる頃には、状況はさらに深刻になります。現在の高齢者や団塊の世代あたりまでは日本が成長期にあり、収入も増えて、退職金なども充実していただけに、ある程度の資産を持っている人が少なくありません。
それでも貧困に陥る高齢者もいるわけですが、収入が抑えられ、雇用が不安定で、十分な退職金や年金などが期待できず、資産の蓄積も少ない就職氷河期世代の場合、これまでの高齢者よりもはるかに貧困に陥るリスクは高くなっています。
その意味では、就職氷河期世代は社会に出る時はもちろん、社会に出てからも、そして高齢になってからもずっと「割を食う」状態が続くと言えるかもしれません。
空き家の増加などで親の遺産価値が減少の危険性
就職氷河期世代は、親が団塊の世代などが多く、ある程度の資産を持ち、住宅などの不動産を所有しているケースが少なくありません。こうした不動産が都市部にある場合はともかく、地方にある場合、最近は少子高齢化の影響もあり、空き家が増えたことで、不動産価格が下落するケースもあります。
バブル崩壊のあと、「不動産が負動産に」という言い方がされましたが、空き家が増え、不動産価格が下落すると、自分が住む予定のない親の不動産を相続することがプラスではなく、マイナスになるケースも少なくありません。
住む予定があれば、もちろん利用価値はあるわけですが、将来にわたって住む予定がなく、かといって売却するのも難しい場合、維持管理にそれなりのお金がかかるうえ、固定資産税を負担する必要も出てきます。
特に最近では、放置されたままの空き家対策が課題になっているだけに、相続をした以上は何もしないで放っておくというわけにはいかなくなっています。さらに地方では、住宅だけでなく、親が所有していた山や田畑などをどうするかという問題も起きています。
これらの不動産が安くても売れた時代はまだ良かったのですが、今のペースで人口減少が進めば、相続した子どもたちにとってはお金のかかる「負動産」でしかなくなってしまいます。
親が元気なうちにやっておくべき対策とは
そうならないためには、親が元気で相続が差し迫った問題ではなくとも、親が所有している不動産の現状をしっかりと把握して、早めに適切な対策を検討することが必要になってくるでしょう。
最近ではキャンプブームの影響もあり、山を買う人などもいるようですが、売る・売らないはともかく、家や山、田畑がどこにどれだけあり、売却は可能なのか、税金はどれくらいかかっているのかを把握しておくだけでも将来、慌てずにすむかもしれません。
その際、自分1人ではどうにもならないことも専門家に相談すれば、適切なアドバイスが得られることもありますし、場合によっては生前贈与や遺言書の作成をしておくことで、いざという時に慌てることなく対処できるようになります。
就職氷河期世代の多くは、これから親の介護という問題に直面するわけですが、同時に親が亡くなった後の相続対策についても検討しておくことが必要になります。日本では親が元気なうちに相続について話をするのは不謹慎と考える人たちもいますが、日本が少子高齢化、そして本格的な人口減少社会に向かう中では、これまでの常識とは違う事情が起きてくるはずです。
不動産の負動産化もそうですが、こうした将来の変化を予測しながら適切な対応をとることも就職氷河期世代には必要なことなのではないでしょうか。
永濱 利廣(ながはま・としひろ)
第一生命経済研究所経済調査部 首席エコノミスト
1995年早稲田大学理工学部工業経営学科卒。2005年東京大学大学院経済学研究科修士課程修了。1995年第一生命保険入社。98年日本経済研究センター出向。2000年4月第一生命経済研究所経済調査部。16年4月より現職。内閣府経済財政諮問会議政策コメンテーター、総務省消費統計研究会委員、景気循環学会理事、跡見学園女子大学非常勤講師、国際公認投資アナリスト(CIIA)、日本証券アナリスト協会検定会員(CMA)、あしぎん総合研究所客員研究員、あしかが輝き大使、佐野ふるさと特使、NPO法人ふるさとテレビ顧問。