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だから1枚250円のすり身揚げがモリモリ売れる…未経験者が始めた小さな鮮魚店が安売りしないワケ

  • 2025.3.13

この45年ほどで日本の鮮魚店は5万店超から1万店を切るまでに激減している。街から鮮魚店が消え、消費者が一般的なスーパーで手にできるのは限られた魚種の切り身か冷凍もの。魚の知識を教えてもらう機会もなくなった。そんな状況に一矢報いたいとの志でオープンした鮮魚店が鎌倉にある。ライターの大宮冬洋さんが取材した――。

市販品の4倍で売れても無理には作らない

魚のすり身揚げが1枚250円。ちょっと高めの居酒屋メニューにはありそうだが、これは小さな鮮魚店の商品だ。そして、並べると次々に売れていく。

ここは鎌倉にあるサカナヤマルカマ(以下、マルカマ)。すり身揚げは週末には1日で50枚も売れて材料がなくなることも珍しくないらしい。10分に1枚のペースで売れる商品なのだ。

鎌倉にある鮮魚店「サカナヤマルカマ」のすり身揚げ。魚の味がはっきりわかり、後味も良い人気商品だ(写真提供=サカナヤマルカマ)

筆者の近所にある食品スーパーでは4枚入りのさつま揚げが230円で売られている。マルカマのすり身揚げとは大きさが少し違うけれど、単純に比べたら約4倍の価格差。いったい何が違うのだろうか。

「すり身揚げが売れるから作っているわけではありません。魚のすべてを無駄なく活かすことがうちのポリシーの1つなので、すり身揚げは丸魚の最後の出口という位置付けです。刺身の端材とか筋が多い部位などを冷蔵庫にためておいて使っています」

人気商品の意外な背景を教えてくれるのはマルカマで企画・広報を担当している狩野真実さん。すり身揚げ用に安い魚を仕入れているわけでないのだ。

マルカマは遠く鹿児島県阿久根市などからも刺身で食べられる鮮度で魚を輸送している。当然ながら運賃はかさむ。そして、すり身揚げには魚以外には野菜と卵と少量の調味料しか入れない。

「漁価も上がっているので、250円では利益があまり出ないぐらいです」

安さと利便性の追求によって行き着いた魚売り場の現状

ここで2023年4月にマルカマが新規開業した経緯について少し書いておきたい。鎌倉といっても、マルカマがあるのはいわゆる観光エリアではない。今泉台という高台の住宅地であり、JR大船駅からバスに20分ほど乗らなければたどりつけない。キレイな一軒家が多い住宅地だが、商店街は空き店舗が目立ち、車の運転ができない人は買い物難民化しかねない。

大学卒業後の15年間はアパレル業界にいた狩野さんは結婚して鎌倉に移り住み、編集者の夫と共に「○○と鎌倉」という地域間交流プロジェクトを思いつく。鎌倉市と日本各地の地域との交流を促すもので、その一つが地域の基幹産業である水産業の後継者不足や販路開拓に悩む鹿児島県阿久根市だった。

マルカマの運営主体「鎌倉さかなの協同販売所」の代表でもある田島幸子さんは今泉台の元町内会長。水産業界とは無縁だったマダムだが、「住み続けたい場所をつくるのは自分たち住民!」という意思でマルカマの開業に加わった。良質な漁場を持ちながらも販路開拓などの問題を抱える生産地(阿久根)と美味しい魚を食べたいけれど手に入れにくい消費地(鎌倉)の地域課題を持ち寄って解決することがマルカマの主眼なのだ。

「安さと利便性を追い求めた結果が、今の水産業界の状況をつくってしまったのだと思っています。例えば、一般的なスーパーには限られた魚種しか並ばなくなりました。それでいいの? という問題提起の一つがサカナヤマルカマだと思っています」

鮮魚店はこの45年ほどで5万店超→1万店弱に

1980年代には全国に5万店以上あった鮮魚店が現在は1万店を割っている。食品スーパーの魚売り場にはマグロやサーモンなどの人気魚種の冷凍品や切り身、刺身ばかりが並ぶ。はっきり言ってつまらない。鮮魚店が多種多様な魚を仕入れて、地域の客をワクワクさせながら食べ方を教える機能が低下しているのだ。世界に誇る日本の魚食文化の危機、とも言える。

不足しがちなたんぱく源を豊富に獲れる魚で補っていた時代はとっくに過ぎ去っている。海水温の上昇などで漁獲量が減った天然の魚よりも養殖魚や可食部の多い肉を選ぶ消費者も多い。四季折々の幸である天然魚を丸ごと味わう楽しさとありがたさを誰かが伝えなければならない。

鎌倉さかなの協同販売所の田島幸子さん(左)と企画・広報担当の狩野真実さん。狩野さんはすり身揚げの試食中
1枚250円という強気な価格設定でも売れる理由

つい熱く語ってしまったが、マルカマのすり身揚げはこうした店の方針と水産業界の現状を踏まえて作られている。ただし、圧倒的に美味しくなかったら1枚250円では売れない。筆者はマルカマでボランティアスタッフとして働きながら何枚もつまみ食いさせてもらっているが、魚の味をはっきり感じられる味と食感に毎回感動している。なぜこんなに旨いのか。余計なつなぎや添加物を入れていないだけでは納得できない。料理人歴40年のベテラン、松井康さんに企業秘密に触れない範囲で教えてもらおう。

「フードカッターを回し過ぎないことですね。つなぎにもなるミンチの部分と、みじん切りで魚本来の味と食感がわかる部分の両方ができるように工夫しています」

揚げ方も重要だ。このすり身揚げは油が軽く感じられて胃もたれもしない。松井さんによれば、コツは油だけではなく調理用具にあるらしい。

「ドクターフライという最新の調理器を導入しているので、ふっくらと仕上がります。1日の終わりに揚げカスをこして油を補充していますが、油の入れ替えをするのは月1回で済んでいます」

ドクターフライとはフライヤー補助機器の商品名で、電波振動により食材に含まれる水分を安定化する装置。食材から水が出過ぎないために、揚げ物に油が入り過ぎず揚げ油は長持ちする。味も良くなって低カロリーになり、店としてはコストダウンにつながる。飲食店などで導入が進んでいる機器だが、街の鮮魚店で見かけたのは初めてだ。ただし、最新の調理機器でも素材の品質を変えることはできない。料理はあくまでも素材に規定されるのだ。

「サメは脂が多いので入れません。青魚ばかりでもすり身揚げの色が黒くなってしまいます」

淡々と話してくれる松井さん。サクや刺身の他、様々な総菜にも使われた後の「最後の出口」であるすり身揚げだが、商品としての質は守らなければならないのだ。

顧客からのキワドイ意見に店長が返した神対応

店で扱う様々な丸魚から作るため、マルカマのすり身揚げは味が毎日変わる。一期一会の楽しみと言えるが、工業化されて均質化された商品に慣れた消費者と向き合うためには知識に基づいた販売力が必要となる。

ある日、店頭ですり身揚げを売っていたら、上品な老婦人から「こないだ買ったすり身揚げは魚っぽさがちょっと強かったわよ」と声をかけられた。クレームではなさそうだけど、どう答えればいいのかわからない。とりあえず謝ればいいのかな……。すると、筆者の隣で他の作業をしていたマルカマ店長の和田あかねさんがさりげなく接客を代わってくれた。

「そうですよね! うちのはつなぎが少なめで魚がたくさん入っている贅沢なすり身揚げなんです。そのときの魚介類によって味や香りが変わるのも面白くて、タコやイカを入れるときは味が大きく変わります。またぜひお試し下さい」

客の意見を否定するわけでもなく、適当に謝って済ませるわけでもなく、多様な鮮魚を使ったすり身揚げという商品の性質をアピールしている。すごい接客だ。

阿久根や小田原などから多種多様な魚を仕入れて、食べ方を客に伝えながら売っているサカナヤマルカマ。「魚の知識やおいしく食べる技術を伝えます」も店のポリシーの一つ
店長は元水族館スタッフ

東京海洋大学出身の和田さんは学生の頃からダイビングのインストラクターや水族館スタッフのアルバイトをした女性。「魚を見せるだけではなく魚を食べさせる仕事」をやってみたくてマルカマに入った。客として来店したときに上述の狩野さんが食べ方を丁寧に教えてくれて、実際に美味しかったので働くことに興味を持ったという。その経験と経緯があるから、魚好きの客目線に立ちながらも媚びやごまかしのない接客ができるのだろう。

魚好きの老若男女が集まるサカナヤマルカマ。ボランティアスタッフもいるので余裕のある接客ができる
鮮魚店経験者はほとんどいない

新規参入組であるマルカマには鮮魚店勤務経験者はほとんどいない。その経営方針に共感した魚好きが集まって力を出し合って運営している。仕入れ、魚さばき、値付けなどの全般を指導するのは、元水産庁職員で「魚の伝道師」の異名を持つ上田勝彦さんだ。すり身揚げは「小さな手間の集積体」であり、手間を惜しまずに素直に作れば美味しく仕上がるのだと語る。

「すり身揚げの要件は3つです。1つ目は、あの弾力を何で作るか。冷凍のタラのすり身を入れたり、砂糖を加えることで弾力を出す方法もありますが、味は落ちます。2つ目は、片栗粉などのつなぎをどの程度入れるのか。まったく入れないとバラバラになりますが、入れすぎると単なるかさましの材料になります。3つ目は、やはり魚の種類です。すり身揚げは1種類ではなく、複数の種類の魚を入れることが奥行きのある味になるのです」

日によっては10種類以上の魚が入ることもある(写真提供=サカナヤマルカマ)

刺身で食べられる鮮度の天然魚の端材をふんだんに使い、添加物や不必要なつなぎは入れないマルカマのすり身揚げ。まさに小さな手間の集積体だ。来店する客もその愚直な姿勢を求めている人が多いと感じる。

適正な価格で売るには「いいものを作る」だけではダメ

カカオ豆(Bean)から板チョコレート(Bar)ができるまでの工程を一貫管理して製造するスタイルをBean to Bar(ビーン・トゥ・バー)と呼び、その板チョコは1枚2000円程度が普通だ。コーヒーのシングルオリジン(生産国ではなく農場単位でコーヒー豆の品質を評価する)と似たような考え方で、コショウなどの安価に大量生産されがちな食品にも広がってきている。

すり身揚げなどを販売中の筆者。POPも書かせてもらい、販売の奥深さを体験中

ビーン・トゥ・バーやシングルオリジンは口先だけでは成り立たないし、「いいものを作れば売れる」ほど市場は甘くない。高品質の商品を作るためには素材を供給してくれる産地との共存共栄が不可欠で、工程を含めたストーリーをしっかり伝えられるか否かが適正な価格で売るための鍵となる。

魚を通じて産地と消費地をつなぎ、魚のすべてを無駄なく活かすという理念をスタッフ全員が共有しているマルカマ。だからこそ、「魚のビーン・トゥ・バー」であるすり身揚げは1枚250円でも売れるのだ。

大宮 冬洋(おおみや・とうよう)
フリーライター
1976年埼玉県生まれ。一橋大学法学部卒業後、ファーストリテイリング(ユニクロ)に就職。退職後、編集プロダクションを経て、2002年よりフリーライターに。ビジネス誌や料理誌などで幅広く活躍。著書に『私たち「ユニクロ154番店」で働いていました。』(ぱる出版)、共著に『30代未婚男』(生活人新書)などがある。実験くんの食生活ブログ http://syokulife.exblog.jp/

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