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マレーシア「渋いイチゴ」に衝撃…"超速品種改良"絶品イチゴの海外生産販売「売上50億」射程 東大院卒CEOの野心

  • 2025.3.12

おいしい日本のイチゴは海外でも大評判だが、「日本品質のイチゴを世界に届けたい」と、2025年からマレーシアでの現地生産にチャレンジするのが、農業スタートアップの「CULTA(カルタ)」だ。画像解析とゲノム解析により、10年以上かかると言われるイチゴの品種改良期間を2年に短縮。隣国のシンガポールなどで販売を開始し、5年後の2030年には50億円の売り上げを目指すという。同社代表CEOの野秋収平さん(31)にフリーランスライターの水野さちえさんが取材した――。

農業にポテンシャルを感じて起業

「おひとつどうぞ」と差し出されたイチゴを口に入れると、フレッシュで濃厚な甘みと、ほんのり漂う酸味が交互に感じられた。単に甘いだけではない、“本物のイチゴの味”だ。場所は埼玉県某所。農業スタートアップ企業「CULTA(カルタ)」の実験圃場を、代表の野秋収平さん(31)が案内してくれた。

CULTA代表取締役の野秋収平さん
CULTA代表取締役の野秋収平さん
CULTAの実験圃場
CULTAの実験圃場

「ここではラボで品種改良したイチゴを、実際の栽培環境で育ててでき上がりを評価しています。先ほど食べてもらったのは、CULTAで品種改良したものです。甘さと、長距離輸送に耐えうる丈夫さを兼ね備えた品種です」

野秋さんは静岡県沼津市生まれ。地元の高校の周りにイチゴ農家が多く、大学進学にあたっては、学部選びのテーマを「農業」「環境」「エネルギー」に定めたという。

「ちょうどバイオマスエネルギーや、太陽光発電が注目され始めた時期でした。『食料とエネルギーに関わる研究がしたい』と工学部(東京工業大、現東京科学大)に進学しましたが、(東京大学)大学院では農学研究(農学生命科学研究科)に転身しました」

きっかけは大学2年生で参加した、フィリピンでの短期留学だ。食堂で食べたトマトに味がなく、日本産の野菜のおいしさに気づかされたという。一方で、かつては「ジャパン・アズ・ナンバーワン」の代名詞ともされた家電製品が、日本産から韓国産にとって代わられているのも目の当たりにした。

「『日本の農産物のブランドを作る研究がしたい』と考えました。ICT(情報通信技術)を活用したスマート農業が話題になっていたこともあり、東京大学大学院の農学生命科学研究科では、画像解析の研究室に入りました」

並行して農業や流通の現場を理解すべく、東京都中央卸売市場やイチゴ農家での業務を経験。野秋さんは大学院在学中の2017年、24歳でCULTAを起業した。

起業したころの野秋さん。写真上がレタス、写真下がイチゴ生産を経験したときのもの。
起業したころの野秋さん。写真上がレタス、写真下がイチゴ生産を経験したときのもの。
「画像解析×イチゴ」に絞り込んだ理由

起業後の数年間は、強みである画像解析の技術を生かして何ができるのか、トライアル&エラーの連続だったという。

「漠然と、自分たちだけではなく生産者の収益も上がるような事業がしたいと考えていました。そのために、生産者が直接販売できるECサイトを作ったり、画像解析技術を使って野菜の収穫時期を読み取る事業を考えたり。日々の糧を得るために、画像解析の受託業務も数多く担当しました」

「事業の方向性を明確に定めるまでは、外部からの資金調達をしたくない」と考えていた野秋さん。大学院では、画像解析技術を応用すれば、農作物の品種改良の期間短縮につながるところまでは研究していた。しかし、それだけでは生産者の収益向上には至らないのだ。

「誰かに画像解析の技術を売るのではなく、その技術を用いて自分たちで品種改良を行い、生産や流通などのプロセスにも入り込まないと、生産者の収益向上には貢献できないのです。ではどんなビジネスモデルがいいのか。文献をあたるうちに、理想の姿に出会いました」

それは、キウイで知られる「ゼスプリ」。ニュージーランドの生産者協同組合として始まったゼスプリは、キウイの品種改良にとどまらず、生産から流通、マーケティングまでも担っていた。

ゼスプリを手本とした、CULTAのビジネスモデルはこうだ。画像解析とゲノム解析を用いて品種改良を高速で行い、改良された品種の苗を生産者に委託する。できた農作物はCULTAが原則全量買い取って、提携する物流会社が輸送し、卸会社に販売される。卸会社から、スーパーや飲食業といった小売店を経て消費者に届く仕組みである。

【図表1】CULTAのビジネスモデル
CULTAのビジネスモデル

「品種改良の方法は、農作物によって大きく異なります。単価が高くて市場の成長が見込め、品種改良も早くできるという点において、チャレンジする農作物をイチゴに絞り込みました」

山川さんの教え「基本身に付け、未来志向の品種デザインを」

キウイの「ゼスプリ」のようなビジネスモデルをイチゴで実践できるかどうか。最初のハードルは、品種改良の高速化だ。

品種改良の実務経験がなかった野秋さんはイチゴの品種改良を学ぶために、知人の紹介で山川理おさむさんにアプローチした。サツマイモ研究の第一人者であり、あの「べにはるか」の生みの親として業界ではつとに知られる農学博士だ。山川さんは農林水産省勤務の時代にイチゴの品種改良も手がけ、「さちのか」などの品種を生み出していた。

「山川さんからのアドバイスは、『品種改良の基本を習得しなさい』と明確でした。基本なくして、画像解析のような応用技術など役に立たないというのです。品種改良の基本技術を身に付けて、イチゴという商品を自分たちで売り、消費者の声を直接聞きなさいと。『品種改良とは、消費者にも生産者にも新たな価値を提供できるような、未来をデザインする行為です』という話に感銘を受け、山川さんにはCULTAの技術顧問に就任いただきました」

山川さんと野秋さん
山川さんと野秋さん

ところで、品種改良とは遺伝子の変化を利用したものだ。方法は大きく3つある。

1.交配育種(異なる品種をかけ合わせる)
2.遺伝子組み換え(別の生物から、目的とする遺伝子を導入する)
3.ゲノム編集(特定の遺伝子を狙って切断し、変異を起こす)

山川さんの技術指導のもと、CULTAが取り組んでいるのは1番目の「交配育種」だ。

「世界展開を考えた時、ゲノム編集や遺伝子組み換えは、厳しい栽培規制があるか、規制そのものが未整備の国が多いです。さらに消費者の不安も大きく、それを払拭するハードルが高すぎると感じました。また、遺伝子の特性的に、ゲノム編集や遺伝子組み換えが応用できる作物には限りがある上に解明されていない部分が多く、研究開発に莫大な時間とコストがかかっているのが現状です」

その点、交配育種ならば150年あまりの研究の知見がある上に、おなじみの技術のため消費者の不安もない。デメリットとされる「手間と時間がかかる」という課題には、CULTAが持つ画像解析技術で解決できるというわけだ。

CULTAが独自開発した装置で撮影したイチゴの画像
CULTAが独自開発した装置で撮影したイチゴの画像。色情報を正確に残し、形状を数値として保存する。

「まずは栽培の高速化。10種類以上のパラメータ(分析手法の前提条件となる値)を制御し、通常10カ月かかるイチゴの栽培を4カ月に短縮します。次に、できたイチゴを撮影し、画像から読み取れる形や色や重さなどの情報を数値化します。それを、AIによるゲノム解析情報と組み合わせることで、品種改良の精度を上げることに成功しました」

これにより、通常は10年以上かかることも珍しくないとされるイチゴの品種改良期間を、劇的に短縮し、2年とした。だが、その次のアクションがちょっと普通ではなかった。

日本で品種改良したイチゴを、日本国内で販売するのではなく、アセアン諸国に輸出しようと考えた。実は野秋さんは国内生産ではなく海外生産・販売を想定していたのだ。

初めから現地生産・現地販売で勝負する

「初めから海外で生産して勝負しよう」

野秋さんが温めていたこのアイデアはどのような経緯で生まれたのか。

「理由はシンプルに、海外の方が私たちの強みを役立てられると考えたからです。おいしい日本のイチゴを海外に届けるための方法は主に、①日本で生産されたイチゴを輸出する、②日本の品種をそのまま海外で生産して販売する、③日本の品種を、海外の気候に合わせて改良し、現地生産して販売する、の3つです。

①はフードマイレージ(生産地から消費地までの距離と重量を掛け合わせた指標)が大きく、地球環境への負荷も高くなります。②だと、既存のブランドイチゴは種苗法で一定期間保護されていて海外に持ち出せない上に、現地の気候でうまく育つ保証もありません。③ならば、私たちの技術がそのまま役に立つのです」

野秋さんはリサーチを進め、販売国をシンガポールに選定。シンガポールの周辺でイチゴの生産に適したエリアを探し、シンガポールの隣国で陸上輸送が可能な、マレーシアのキャメロンハイランドに狙いを定めた。キャメロンハイランドは熱帯地域にありながら標高は1500メートルほど。年間を通じて冷涼な気候で、日本の軽井沢のようなイメージだ。しかもすでに、アメリカ品種を生産するイチゴ農園も点在していた。

マレーシアのキャメロンハイランド。
マレーシアのキャメロンハイランド。アメリカ品種のイチゴが生産されている。

「自分でも足を運んでみて、『これはいける』と直感しました。幸い、初めから海外で生産する事業計画は投資家に高く評価され、資金調達も進みました。さまざまなツテをたどって現地のイチゴ生産者を集め、キャメロンハイランドでCULTAの事業説明会を開催しました。2023年のことです」

マレーシアのイチゴ生産者たちと野秋さん
マレーシアのイチゴ生産者たちと野秋さん
既存のシステムを尊重し、あるもので作れる品種を生み出す

マレーシアで生産されていたイチゴは、学生時代に野秋さんがフィリピンで口にしたトマトのように、日本産のおいしさや風味にはほど遠いものだったという。

「見た目こそイチゴですが、食べると硬くて酸っぱくて渋味まであります。現地の人たちは、地場のイチゴにチョコレートを盛大にかけて食べることが多いですね」

そのため、シンガポールやマレーシアには輸入イチゴも多い。スーパーの売場では、日本産は味も値段も高根の花。そのため、日本産の約半値で、地元マレーシア産より2倍以上高価な韓国産が棚の多くを占めていた。

「マレーシアの生産者たちに、こう説明しました。『私たちCULTAが、日本のイチゴをマレーシアの環境で生産できるように品種改良します。それを、まずは皆さんが現在生産しているイチゴの10%ほどでいいので育ててみてくれませんか。生産したイチゴはCULTAが原則全量買い取って、責任を持って販売します』」

日本品質のイチゴをマレーシアで生産し、韓国産並みの価格で販売すれば、消費者は日本ブランドのおいしいイチゴが従来よりも安く手に入り、生産者も収入アップできる。そうするとCULTAの事業も成立するという「三方よし」のビジネスモデルだ。生産者たちは経営意識が高く、話が早かったという。

「私たちCULTAはあくまでも既存のシステムを尊重して、生産者に無理のない範囲で品種を切り替えていってもらえればと考えています。環境に適応した品種改良は私たちの得意分野ですが、この『環境』は気候や土壌だけではありません。現地で手に入る農具や資材は、日本と比べると格段にバリエーションが少ないものの、それでも日本品質のイチゴが生産できるような品種に改良していきました」

日本のイチゴ生産は、ほとんどがビニールハウスの中で温度や湿度を制御しながら行われる。対してマレーシアでは、設備は簡素な雨除けのみ。それでも育てられる品種改良がなされた。

キャメロンハイランドのイチゴ生産の様子
キャメロンハイランドのイチゴ生産の様子

「想定外だったのは、日本からイチゴの培養苗を輸出したものの、マレーシアでの輸入に10カ月もかかったことです。両国の植物防疫所から『日本からマレーシアに、正規の輸出入手続でイチゴの苗を持ち込んだ記録がない』と告げられ、マレーシア側では一から検疫プロセスを作ったそうです。待っている間に苗は何度も枯れてしまいましたが、前例のないことをしていると実感しました」

起業後、仕事を進めているうちに、大学院でつながりのあるメンバーが野秋さんの会社に関わるようになり戦力も充実。2025年からは現地生産を開始しており、すでにシンガポールで販売も始めている。「5年後の2030年には50億円の売り上げを目指しています」(野秋さん)

未来の適地適作とは

農作物の生産には、「適地適作」という原則がある。その土地に合った作物を作るという考え方だ。野秋さんは気候変動が進んでも、品種改良によって持続可能な生産を実現する、「未来の適地適作」を提唱する。

野秋収平さん
野秋収平さん

「日本でも、気候変動で農作物が不作になり、生活にダイレクトに影響することが増えてきました。この地球規模の課題解決に、私たちの技術が役立つと考えています。熱帯地域のマレーシアでのイチゴ生産のノウハウや知見が、いずれ日本のイチゴ生産に応用できるかもしれません」

マレーシアを皮切りに、生産地の気候に合ったイチゴ生産をベトナムやオーストラリアなどでも開始したいと話す野秋さん。強みを生かすその歩みに、迷いはない。

水野 さちえ(みずの・さちえ)
ライター
日系製造業での海外営業・商品企画職および大学での研究補佐(商学分野)を経て、2018年からライター活動開始。ビジネス、異文化、食文化、ブックレビューを中心に執筆活動中。

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