没後350年、大名茶人・片桐石州(かたぎりせきしゅう)
根津美術館で開催中の「特別展 武家の正統 片桐石州の茶」[2025年2月22 日(土)~3月30日(日)]を見て来ました。
江戸時代、武家を中心に広く普及した茶道・石州流(せきしゅうりゅう)の祖、片桐石州は、大和国小泉藩第2代藩主で、利休流の詫び茶を基としていました。 石州は、千利休(せんりきゅう)の実子・千道安(せんどうあん)から茶の湯を学んだ桑山宗仙(くわやまそうせん)の晩年の弟子でした。
本展は、没後350年を経て、武家茶道の地位を確立した片桐石州を顕彰する初めての機会となる展覧会です。
※特別な許可を得て撮影しています。館内は撮影禁止です。
右から、片桐石州像 洞月筆 真巌宗乗賛 1幅 絹本着色 日本・江戸時代 明和4年(1767) 芳春院蔵 前期展示:2/22~3/9、茶杓 銘 時鳥 共筒 片桐石州作 1本 竹 日本・江戸時代 17世紀 根津美術館蔵 通期展示
京都、寛永の文化人との交流、憧れ、親交、心の支え
寛永10年5月、29歳で火災で焼損した京都・知恩院(ちおんいん)再建のため作事奉行に任じられた石州は、約8年間京都に滞在しています。 職務のかたわら寛永の文化人たちと交流し、石州の文化人としての素養もこの時に築かれたとされ、作事奉行の任を終えても京都に屋敷を構えて交流を続けたそうです。
憧れの大名茶人・小堀遠州の《書状 片石州宛(しょじょう かたせきしゅうあて)》、千家との親交《米市手茶入(よねいちでちゃいれ)》
近江国小室藩の初代藩主・小堀遠州(こぼりえんしゅう)は、安土桃山~江戸初期の大名茶人で、石州憧れの茶人です。 江戸幕府の作事奉行も務め、京都の内裏や仙洞御所の造営にも深く関わり、寛永文化のサロンの中心にいる存在でした。
遠州の茶道具は、すっきりとして垢ぬけた綺麗さがありながら、華美な装飾はなく、その奥に利休のわびさびの美意識を感じさせるものがあります。
《書状 片石州宛》(右)は、遠州が石州に昨日の来訪の謝意と、石州が取り上げた茶入れについて 「ふたも随分せいを入、よく取合申候様ニと存知候。袋、事之外見事なるきれにて候。」と記されており「蓋は精を込めて作られ、茶入れとの取り合わせもよく、袋(仕覆)も見事なものである」と褒めています。
憧れの大先輩の茶人の屋敷で、石州自身の茶人としてのセンスが問われる多少なりとも緊張の時間だったのではと想像してしまいました。
《米市手茶入》(左下)は、箱書きに「石州から拝領した茶入れである」と表千家4代江岑宗左(こうしんそうさ)による書き付けがあるそうです。 石州から宗左に宛た書状も伴います。 石州は、千家の茶匠たちとも親しく交流があり、お互いに茶会に招いていたとのことです。
右から、書状 片石州宛 小堀遠州筆 1幅 紙本墨書 日本・江戸時代 17世紀 大和文華館蔵、米市手茶入 瀬戸 1口 日本・江戸時代 17世紀 不審菴蔵 どちらも通期展示
菩提寺・高林庵(こうりんあん)建立と重要美術品《闘鶏図真形釜(とうけいずしんなりかま)》
重要美術品《闘鶏図真形釜》。 肩から胴にかけて「ふっくらと丸く張る真形の釜」で、正面には対峙する2羽の鶏が、背面には1羽の鶏と樹木が表されています。
箱の蓋裏には玉舟宗璠(ぎょくしゅうそうばん)による書き付けが「片桐石州より来る」とあり、石州から大徳寺高林庵(だいとくじこうりんあん)へ譲られたことが分かるそうです。
石州は、芳春院開祖・玉室宗珀(ぎょくしつそうはく)に参禅し、三叔宗関(さんしゅくそうかん)の号を授かり、菩提寺・高林庵を建立しています。石州はしばしば高林庵に宿泊していたとのこと。高林庵での時間は心の支えだったのかもしれません。
重要美術品 闘鶏図真形釜 1口 鉄 日本・室町~桃山時代 16世紀 芳春院蔵 通期展示
武家好み、石州の茶の湯
石州愛蔵の茶入れ《尻膨茶入 銘 夜舟(しりふくらちゃいれ めい よふね)》
石州の茶会はおよそ200の茶会の記録があるそうです。 客の中心は、大老・老中をはじめ大名や旗本、大徳寺の僧侶など幕府関係者が大半を占めていました。
展示会場には石州愛蔵の瀬戸茶入れ3つがそろって展示されていました。
そのうち石州が茶会で最も愛用したのが《尻膨茶入 銘 夜舟》です。銘は『千載和歌集(せんざいわかしゅう)』巻第5の道因法師(どういんほうし)の歌にちなんで付けられたそうです。 茶入れ本体に合わせた付属品の牙蓋(げぶた)や仕覆(しふく)も注目です。例えば《尻膨茶入 銘 夜舟》には遠州好み2点、石州好み4点の仕覆が付属しています。
特に江戸の上屋敷では、道具組はほぼ固定し、多数の客を客組を変えて招く連会が行われていたとのこと。客同士で茶道具について話題になったのではないでしょうか。
右側、尻膨茶入 銘 夜舟 瀬戸 1口 日本・桃山~江戸時代 16~17世紀、ほか付属品 根津美術館蔵 通期展示
右側、尻膨茶入 銘 夜舟 瀬戸 1口 日本・桃山~江戸時代 16~17世紀、ほか付属品 根津美術館蔵 通期展示
将軍への献茶、重要文化財《無準師範墨蹟 帰雲(ぶじゅんしばんぼくせき きうん)》、《唐物肩衝茶入 銘 師匠坊(からものかたつきちゃいれ めい ししょうぼう)》
寛文5年(1665)11月8日、片桐石州は、遠州門下の船越伊予守(ふなこしいよのかみ)と共に、4代将軍徳川家綱(とくがわいえつな)に献茶をします。 石州が家綱に茶を点て、相伴した酒井忠清(さかいただきよ)、阿部忠秋(あべただあき)、稲葉正則(いなばまさのり)、久世広之(くぜひろゆき)の4名の老中が残りを別の茶碗に移して喫したそうです。
石州は将軍家茶道具「柳営御物(りゅうえいごもつ)」から茶道具を選ぶことを許され、中国・南宋の禅僧、無準師範の書で重要文化財《無準師範墨蹟 帰雲》が床の間に掛けられ、茶入れは《唐物肩衝茶入 銘 師匠坊》が使われました。 将軍への献茶は大成功に終わり、古田織部、小堀遠州に続いて石州は茶人の第一人者として世に名を知らしめます。石州61歳の時でした。
右から、重要文化財 無準師範墨蹟 帰雲 1幅 紙本墨書 中国・南宋時代 13世紀 MOA美術館蔵、唐物肩衝茶入 銘 師匠坊 1口 中国・南宋時代 12~13世紀 出光美術館蔵 どちらも通期展示
大名の品格《茶杓 銘 五月雨(ちゃしゃく めい さみだれ)》、武家の正統、石州流の広がり
江戸時代、将軍家や各藩の大名家の茶道職を担った石州の茶の湯は、武家の正統となりました。一子相伝ではなく免許皆伝で継承される石州流は幕末まで細かく分派して広がります。 数寄屋坊主と称される江戸城内の茶の湯の専門職も石州流でした。
片桐石州作の《茶杓 銘 五月雨(ちゃしゃく めい さみだれ)》。石州作の茶杓は人気が高く大名の品格ただようすっきりとした芯の通った姿とされます。
石州流の代表的な大名茶人、松江藩主・松平治郷(不昧)(まつだいらはるさと(ふまい))所持と伝わる茶杓です。 不昧は、18歳で数寄屋坊主の3代伊佐幸琢の門に入り、23歳で幸琢より「真台子」と秘書『南方録』を伝授されています。
茶杓 銘 五月雨 共筒 片桐石州作 1本 竹 日本・江戸時代 17世紀 野村美術館蔵 通期展示
同時開催 「百椿図(ひゃくちんず) ─江戸時代の椿園芸─」
同時開催は、様々な器物に生けられた椿の図が鮮やかな《百椿図》です。
江戸初期の椿ブームを背景に描かれたとされています。江戸時代は、椿は特に公家や武家の間で人気がありました。当時は庶民に至るまで園芸が盛んで、品種改良も行われたようです。 江戸時代の園芸の様子が分かる公家日記や園芸書とともに楽しんで観覧できました。
百椿図 伝 狩野山楽筆 2巻 紙本着色 日本・江戸時代 17世紀 茂木克己氏寄贈 根津美術館蔵 通期展示
春情(しゅんじょう)の茶、《彫三島茶碗 銘 九重(ほりみしまちゃわん めい ここのえ)》
春らしい様子のことを春情と言うそうです。 日の温もりが日増しに感じられ、木々が芽吹き花が咲く春の茶の湯の茶道具取り合わせです。
《彫三島茶碗 銘 九重》。彫三島は花文が散らされていることから、春に好まれるそうです。 釉薬をたっぷりとかけられた柔らかい仕上がりは春の茶の湯に相応しい茶碗です。
彫三島茶碗 銘 九重 1口 朝鮮半島・朝鮮時代 16世紀 根津美術館蔵
季節の茶道具取り合わせ展示風景 根津美術館蔵
春めく庭園
観覧の後は冬の終わりの庭園を散策。椿はまだ蕾でしたが、梅が所々で咲いていて少しずつ春の訪れが感じられました。
根津美術館で開催中の「特別展 武家の正統 片桐石州の茶」は3月30日(日)までです。 是非お出かけください。
根津美術館 庭園
ミュージアムグッズ
ミュージアムグッズは、根津美術館オリジナルピンバッチ「未」(2‚000円)、大津絵付箋 瓢箪(550円)、A4クリアフォルダ 秋草図巻(400円)を購入。 オリジナルピンバッチは根津美術館所蔵の重要文化財《双羊尊》をモチーフにしています。
図録『特別展 武家の正当 片桐石州の茶』(2,500円)は、作品写真に添えられた言葉が学芸員さんのミュージアムトークのようで初心者にも分かりやすく読みやすい内容でした。
ミュージアムグッズ 根津美術館
編集:根津美術館学芸部 図録『特別展 武家の正当 片桐石州の茶』 発行:根津美術館 発行年月日:2025年2月22日
〇根津美術館 NEZU MUSEUM
URL:https://www.nezu-muse.or.jp/
住所:〒107-0062 東京都港区南青山6-5-1
TEL:03-3400-2536
開館時間:午前10時~午後5時(入館はいずれも閉館30分前まで)
休館日:毎週月曜日
展示室 / ミュージアムショップ /庭園 / NEZUCAFÉ
〇交通:地下鉄銀座線・半蔵門線・千代田線〈表参道〉駅下車 A5出口(階段)より徒歩8分、B4出口(階段とエレベータ)より徒歩10分、B3出口(エレベータまたはエスカレータ)より徒歩10分
都バス渋88 渋谷~新橋駅前行〈南青山6丁目〉駅下車 徒歩5分
駐車場:9台(うち身障者優先駐車場1台)
〇特別展 武家の正統 片桐石州の茶
会期:2025年2月22 日(土)~3月30日(日)※前期:2/22~3/9、後期:3/11~3/30
※会期中、一部作品の展示替え、頁替え等を行います。
※オンライン日時指定予約
入場料:一般 1‚500円、学生 1‚200円
*障害者手帳提示者および同伴者は200円引き、中学生以下は無料
※当日券:一般 1,600円、学生 1,300円*予約優先のため、当日券利用は待ち時間が発生することがあります。混雑状況によっては当日券販売がないことがあります。
・1グループ 10名まで予約可能。