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【2月・3月公開映画】放送作家・町山広美の映画レビュー 『Playground/校庭』、『聖なるイチジクの種』

  • 2025.3.9

InRedの長寿映画連載「レッド・ムービー、カモーン」。放送作家の町山広美さんが、独自の視点で最新映画をレビュー。

校庭も家庭も世界である そのことの絶望と希望と

多様性も公平性も包括性も。もうお払い箱ねと、超大国の大企業や大金持ちがぶっちゃけて、新しい年が始まった。もっと儲かる世の中が来るといわれても先がよく見えないなら、身近なところを見直してみよう。

『Playground/校庭』はわずか72分。観客はその間ずっと、ベルギーの小学校の新入生、ノラに張りつく。ほぼ背後霊の位置で、彼女の耳に届く音、彼女の周囲1メートル弱の視界しか獲得できない。ノラの薄い肩を握るような気持ちで、大人として見守っていられるのは最初だけ、懐かしい恐怖と焦燥感に心を締め上げられ、幼く無力だったあの頃に引き戻される。

なにしろいきなりの号泣だ。知らない人ばっかの場所に行くの、怖い。少しだけ年上の兄アベルが「友達ができるよ」と言うけれど、学校も友達もよくわからない。でも、お父さんとは校門でさよならだ。号泣。

84年生まれのローラ・ワンデル監督が、脚本も書いたデビュー作。7歳の感覚世界を体感させるため、画面も音声も緻密に作り込んだ。大人の全身がほとんど映らないのは、スヌーピーの漫画「ピーナッツ」の世界観を思わす。何度か繰り返される、ノラの後頭部が大半を占める画面は、ナチスの強制収容所でのサバイバルを観客に体感させようとした映画『サウルの息子』を参考にしたようだ。 この映画では、学校という集団に強制的に放り込まれてのサバイブが描かれる。兄アベルがいじめのターゲットとわかり、ノラにとって学校は地獄になる。校庭で行われる子どもの遊びは、ただでさえ排除や死をはらんでいる。大人の社会を模倣しているのか、人間はそもそも集団を、そのようにしか形成できないのか。

7歳の感覚世界に没入していたはずが、人間社会を俯瞰する視点に。原題の「世界」は、大風呂敷ではない。学校教育と軍人教育が双子であった歴史にも思いが及ぶ。この世界はそもそもが、設計ミスではないのか。

靴紐の結び方を教わったノラが、教わったのとは違う自分なりの方法で父親の靴紐を結んでみせる時。抱きしめられていたノラが、力いっぱい抱きしめる時。希望が手繰り寄せられる。

校庭と同様に家庭も、恐怖に支配されるスリラーの舞台になりうる。イラン映画『聖なるイチジクの種』では、予審判事の家庭で、護身用に国から与えられた拳銃が紛失。見つからなければ、懲役は必至だ。妻か長女か次女か、誰がなぜ奪ったのか。

夫が昇進し、妻は広い官舎が与えられると喜んでいた。生活は豊かで、長女は大学に進み、次女は髪を青く染めたいとはしゃぐ。しかしこの暮らしは、革命後の政府に従うことによって守られている。9歳以上の女性はヒジャーブで髪を隠すことが義務づけられており、つい最近22歳の女性がこれに違反したと逮捕され、直後に不審な死を遂げた。道徳警察の暴力を明らかにすべきと抗議の運動が広がり、この家の姉妹もSNSで情報を追いかけている。一方で父親は、抗議運動の逮捕者を、流れ作業で死刑に送り込む日々だ。

モハマド・ラスロフ監督は、22年に起きた不審な死に対して抗議の声をあげた人々、命懸けで抗議する女性たちに触発されてこの映画を撮り、政府に追われながら海外公開までを戦った。そのことと同じくらい着目すべきは、観客を驚かせ身を乗り出させるエンタテイメントの手法を駆使して、この物語を演出していること。

家庭に持ち込まれた拳銃は国家、独占される暴力の象徴だ。ラストはすがすがしい。民主主義の世界的リーダーを任じる超大国が中絶の権利さえも女性から奪おうとしている今、このすがすがしい結末を、理想主義者の夢想と冷笑するのはただ愚かだ。

『Playground/校庭』

21年 ベルギー 72分 監督・脚本:ローラ・ワンデル 出演:マヤ・ヴァンダ
ービーク、ガンター・デュレ、カリム・ルクルー、ローラ・ファーリンデン 3/7
(金)より新宿シネマカリテ、シネスイッチ銀座ほか全国順次公開

© 2021 Dragons Films/Lunanime

『聖なるイチジクの種』

24年 フランス・ドイツ・イラン 167分 監督:モハマド・ラスロフ 出演:ミ
シャク・ザラ、ソヘイラ・ゴレスターニ、マフサ・ロスタミ、セターレ・マレキ 2/
14(金)よりTOHOシネマズ シャンテほか全国順次公開

© Films Boutique

文=町山広美

放送作家。「有吉ゼミ」「マツコの知らない世界」「まさかの1丁目1番地」を担当。江東区森下の書店「BSEアーカイブ」店主。

イラスト=小迎裕美子

※InRed2025年3月合併号より。情報は雑誌掲載時のものになります。
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