2023年の新発売以来、ヒットを続けるカレールウ「X-BLEND CURRY(クロスブレンドカレー)」(ハウス食品)。ハウス食品の開発担当者に取材した上島寿子さんは「いまや家庭向けのカレーにもスパイスのたしかな風味は欠かせない。『クロスブレンドカレー』がその風味と1皿32円というコスパを両立した秘密について聞いた」という――。
2023年8月の発売から1年で1000万箱を出荷
年間500億円超とされるカレールウ市場。消費者は同じ商品をリピート買いする傾向があり、新商品をヒットさせるのは難しいといわれてきた。ここに斬り込んだのがカレールウのトップメーカー、ハウス食品の「X-BLEND CURRY(以下、クロスブレンドカレー)」だ。同社では10年ぶりとなる大箱カレールウの新ブランドである。
従来品との違いは「スパイス感」。ルウカレーならではのコクやまろやかさをベースにしながら、スパイスの香りやうま味を重ねて家族で楽しめる新たな味わいが追求されている。
驚くべきはその売れ行きだ。2023年8月に甘口と中辛を発売すると、わずか5カ月で累計500万個を突破。翌年2月に新たに辛口を投入し、発売から約1年の売り上げも累計1000万個を超える躍進が続いている。
「クロスブレンドカレー」の開発者は週8回カレーを食べることも
このクロスブレンドカレーの開発を担った一人が、食品事業本部の髙田浩平氏だ。子供の頃からカレー好きで、大学生のときには自作のルウカレーを先輩に振る舞って作る喜びにも目覚めたという髙田氏はカレーの申し子のような人物。ハウス食品を就職先に選んだのも、カレーに関わる仕事に就きたかったからだと話す。入社後は社内資格である「スパイスマスター」の称号を取得し、「仕事を含め週8食カレーを食べるときもある」というから驚く。
そんな髙田氏がかねて目を向けていたのは、家庭料理におけるスパイスの浸透度だった。
「コロナ禍をきっかけに内食(家庭で作る食事)が見直されるなか、家庭でのスパイス購入金額は着実に伸びています。また中食(コンビニやスーパーの総菜など)や外食でスパイスを使った料理を口にすることも多く、スパイスは馴染みのある存在になっているのです。こうした嗜好の広がりによって、家庭のルウカレーにもスパイス感が求められているのではないか。そう考え、スパイスを主役にしたカレールウの開発に着手することになりました」
「ジャワカレー」と「こくまろカレー」の間に空白地帯があった
もう一つ、新たなルウの開発は従来品ではカバーできない領域を埋める役割も担っていた。そもそも同社の大箱カレールウには、「バーモントカレー」「ジャワカレー」「こくまろカレー」の三本柱が存在している。マイルドな「バーモントカレー」は小さい子供のいる家庭を中心に支持され、スパイシーな辛さを特色とする「ジャワカレー」は大人向け、「こくまろカレー」はまろやかでコクのある食べやすさとコストパフォーマンスを重視する層に向けた商品だ。
「空白になっていたのは『ジャワカレー』と『こくまろカレー』の間。小学校高学年ぐらいのお子さんがスパイスにチャレンジできて、なおかつスパイス好きの大人も満足できる味わいを目指しました」
開発がスタートしたのは2022年2月。スパイスのエキスパートが集まる開発研究所のメンバーと議論を交わしてまずは方向性を模索した。お互いにそれまでに食べ歩いたカレーの記憶をたどりつつ、気になる店を片っ端から食べに行き、生み出すカレーのイメージを膨らませたそうだ。
その上で使うスパイスを選定していくのだが、「一筋縄ではいかない作業だった」と髙田氏は振り返る。
「コーヒー豆は産地や煎り具合で風味が変わりますよね。スパイスも同じで産地や焙煎など加工度を含めると組み合わせは無限。そのなかから最適なスパイスを選定するだけで7カ月と、通常の3倍以上の時間を費やしました」
結果として配合したスパイスは数十種類。同社のカレールウでは最多級だ。
スパイス選定に7カ月をかけ、ルウの試作は3000回以上
そのスパイスを基にした味づくりも容易ではなかった。試作はなんと3000回以上!
「特に難しかったのは弊社の持ち味であるコクやうま味とスパイス感のバランスです。両者は相反するものでスパイスが尖りすぎるとコクやうま味は薄く感じられ、お子さんやお年寄りの口には合わなくなってしまう。逆に、コクやうま味が強いとスパイスの香りはマスキングされ、特色が薄れてしまうんですね。どうしたらほどよく融合させられるのか、試行錯誤の連続でした」
スパイスの香りを伝えるために、油や小麦粉の量、調味原料などベースの部分から見直したという話でも、いかに力を入れていたかがうかがわれる。
もちろん、甘口、中辛、辛口ではそれぞれ味の組み立ても異なり、甘口は辛味のスパイスを抑えて構成。中辛はほどよい辛味と香り・うま味をバランスよく配合している。後発の辛口はよりチャレンジングな構成となり、華やかな香りとシャープな辛さの粗挽き黒胡椒、爽やかな香りと清涼感のある辛さの青唐辛子、香ばしく舌に響く辛さの焙煎唐辛子と3種が複合的に使われている。特に粗挽き黒胡椒と青唐辛子は同社のルウカレーでは初の採用だ。
スパイスの鬼才・黒澤功一が「クロスブレンドカレー」を試食
こうして誕生した新たなルウカレーをプロの料理人はどう評価するのか。スパイスカレーの旗手と称される東京・千歳船橋にある「Kalpasi」の店主、黒澤功一氏に辛口から試食してもらった。
「辛味のスパイスのなかで珍しいのは青唐辛子。僕はよく使いますが、ルウカレーでは初めてです。粗挽きスパイスが目視できるほどたっぷり入っているのも特徴的。一般的なルウカレーに比べてうま味や粘度は控えめですが、その分、スパイスの香りと刺激をダイレクトに感じます。特にブラックペッパーの刺激がほかのスパイスを引き立て、バランスもいいですね」
中辛や甘口もさらっと軽やかな食べ心地という点で印象は同じ。口に運ぶとスパイスの香りがふわりと立ち上がり、後の余韻も心地いい。小学生ぐらいの子どもなら喜んで食べそうだ。
ルウは1皿分32円で「ジャワカレー」より3割安い
プロも納得の味わいが冒頭で紹介した売れ行きに結びついていることは間違いないが、加えて見逃せないのが価格である。スパイスが香るカレーと聞くと高価な印象があるが、1箱8皿分で希望小売価格(税別)は258円。1皿当たりで換算すると、ロングセラーの「ジャワカレー」より3割ほど安く設定されている。
髙田氏によれば、価格を抑えられたのは、スパイスが持つ力を最大限に引き出すことができたためだという。
「例えば、従来の製法では50%しか出せていなかった香りやうま味を100%まで引き出せたら、スパイスの量は半分で済みますよね。そうした技術力で生産コストを抑えています。創業者が大正2年に薬種問屋として創業して以来、長年培ってきたスパイスやルウの加工技術を総動員した成果といえます」
さらに、ブルーとゴールドをイメージカラーにした高級感のあるパッケージも売り場で目を引く。発売時にはスーパーで販促企画を展開し、テレビCMやSNSなどによる情報発信も奏功して異例のヒット商品となったのである。
2025年2月にリニューアルし、味もブラッシュアップ
そんな人気商品でありながら、今年2月には早くもリニューアルした。スパイス感は維持しながら、加熱したスパイスとオニオンでコクを高めたという。大箱ルウカレーの第4の柱を大切に育てていきたいという同社の熱意の表れなのだろう。
「このカレーの発売によって、『スパイス感が物足りない』などの理由でルウカレーから離れていた層を取り戻せたように感じています。今はいろいろな食を気軽に楽しめる時代。そのなかでカレーのおいしさを改めてアピールできる商品になったかなと。そもそもカレーは経済性に優れたメニューなので、これを契機にルウカレー全体を活性化していきたいですね」
「クロスブレンドカレー」の成功が後押しとなり、同社ではスパイス感をフィーチャーした商品開発にも積極的だ。今年2月に発売された「ジャワカレーシェフズアレンジ」はその一つ。ネーミングの通り、一流シェフの技で「ジャワカレー」のおいしさを追求したこの商品では、焙煎による香りと深いコクを生かしたタイプと鮮烈で爽快な香りを生かしたタイプをリリースしている。2通りのアプローチでスパイスの魅力を表現したカレーというわけだ。
子育て家庭向きのルウ、単身&夫婦世帯向きのペースト
しかも、このシェフズアレンジシリーズは、ペーストルウによりフライパンなどでわずか10分で調理が完了。1包は2〜3皿分で単身者や夫婦2人世帯のニーズに応えた商品でもある。
「ライフスタイルや嗜好により求めるカレーは異なり、それぞれのお客様に最適なものを届けたいと常に考えています。例えば、『バーモントカレー』と『ジャワカレー』では、粉末ルウでカロリー・脂質オフのプライムシリーズを約20年前から販売しています。当初は年齢が高めの方に支持された商品ですが、最近はボディメイクに関心のある若い方にも人気があるんですよ」
スパイス感を打ち出したクロスブレンドカレーもまた、ニーズをキャッチして生まれたもの。その成功にはトップメーカーとしての使命が込められているのだろう。
上島 寿子(うえしま・ひさこ)
フリーライター